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第三十話 商売をするには申請書が必要です

「クロウ様は、勇者候補者なんですよね?」

「えっ」


 次の日、無事ホットケーキをスラークさんに納品した後、俺は一息ついていた。

 大金貨という大金に、実感が湧かないでいると来客があった。それが、今会話をしている人物だ。


「ちょっと待ってくださいリトールさん。俺は……」

「大丈夫、内密ですよね。理解していますから」


 微妙に話がかみ合わない人、リトールさんだ。

 この人もエルフのようで耳が長い。椅子に座って麦茶を飲む姿は、正に絵になる。この世界にプロマイドがあるなら大人気間違いなし。もしかしたら、エルフは全員こうなのかもしれない。ジーナさんも容姿端麗だし、白みがかった金髪も同じだ。


「俺は、ディル神教でどういう扱いになるのでしょうか?」


 これは気になっていたことだ。聖人等と言われてちやほやされたくはないし、迷惑もかけたくは無い。自分の立ち位置は、理解しておかなくてはいけないだろう。


「身分証に開示制限が付いていますので、基本はディル神の《啓示を受けし者》として扱われます」

「《啓示を受けし者》ですか」

「啓示を受ける方はそれなりに居ますので、そこまで珍しくはありません」


 そこまで珍しくないと言われて、少し安心する。出る杭は打たれる、なんてことにはなりたくは無い。もう手遅れかもしれないが……。


「身分証は、どうすれば見ることが出来ますか」

「身分証と身分証をこのように重ねると、詳しく見ることが出来ます。見たい者の身分証をこのようにかざすと、自分の身分証に映ります。試してみますか」


 俺は説明を受けた通りに、リトールさんの身分証の上に自分の身分証をかざす。バーコードやQRコードをスキャンする感覚だ。スキャンすると身分証に文字が浮かび上がってきた。

 身分証には、名前、性別、年齢、役職と備考欄が書かれている。


 名前 リーリッシュ=リトール

 性別 男

 年齢 二百十歳

 役職 ベチアール支部長

 備考欄 《啓示を受けし者》《統率者》《???》《???》《???》


 年齢は、二百十歳か。種族や細かい能力等は書かれないんだな。流石にゲームのステータス欄のように万能じゃないらしい。《???》の部分は何だろうか。


「この読めない部分は、何て書いてあるのですか」


 俺はリトールさんに確認すると、リトールさんが薄らと笑みを浮かべる。


「その部分は、上層部だけ見られる箇所ですね。実は、私も読めないのですよ。噂だと個人評価とか言われていますが、上層部の知り合いに聞いたらあだ名みたいなものだから気にしないで良いよと言われましたね」


 自分自身も見ることが出来ないのは、少し気持ち悪い。恐らく、俺が陰で苦労人店長とか言われていたようなものだろう。害は無いのかもしれないが。気にはなる。

 俺は、どのように書かれているのだろうか?


「ちなみに、俺はどのように書かれていますか」

「クロウ様は、名前、クロウ。性別、男。年齢、記載無し。役職、一般信徒。備考欄に《啓示を受けし者》《試練を受けし者》《???》《???》ですね」


 年齢が記載無いのは、こちらの世界で産まれていないからだろうか。その辺を聞いてみる。


「産まれ時期が分からない者や、年齢を秘匿したい者は記載がありませんね。長命種は千年位生きていますから。教皇も、もうすぐ千歳ですね。盛大なお祝いが予定されています」


 千歳という言葉に驚く。この世界の住人は長命種ばかりらしい。


「千歳ですか……。かなり長生きですね。教皇はどういったお方なのでしょうか」

「教皇は古竜と呼ばれる竜族ですね。神と呼ばれてもおかしくないお方です」

「それは凄いですね。経緯も気になります」

「その辺は沢山の書物がありますから、そちらをどうぞ。私が全てお話ししても構いませんが、最低でも数日間は必要ですからね」


 生きている年齢が年齢だ。膨大なストーリーがあるに違いない。数日間拘束されるのは辛いので、余裕があるときに書物を読んでみることにしよう。


「分かりました、機会があった際には色々と書物を読みたいと思います」

「ええ、是非とも。この国の成り立ちも垣間見られますよ」


 俺は話を戻し《???》について、もう少し詳しく聞く。


「《???》の部分を見ることが出来る人物は、どれ位居るのでしょうか」

「教皇と枢機卿。後は、本殿の少数ですね。上層部の面々です。それと、信徒以外には《啓示を受けし者》の部分。つまり、備考欄を見ることが出来ません」

「なるほど。それでリトールさんは、《???》の部分が《勇者候補者》だと考えているわけですね?」

「ええ、もちろん。ディル神がわざわざダンジョンを創り出すとしたら、それ位しか考えられませんからね」


 あのダンジョンはそういう扱いらしい。勇者候補者が、勇者になるための試練。その為に神が用意した試練(ダンジョン)だと。


「他の人達の考えは」

「上層部は、クロウ様を全力で支援すると言っています。ですので、私もそれに従うのみです。何かありましたら、ジーナだけではなく私も、リトールも是非に」


 支援すると言っているが、何に対してか言っていない。教皇もサポートすると、手紙に書いてあったので支援するのは間違いないのだろう。このままだと、とんでもない方向に支援されそうだが。

 俺は、勇者ではないと念を押す。


「俺は、勇者や候補者じゃないですから。そこは、勘違いしないでください。勇者ではありませんよ」

「ええ、分かってます。分かっていますとも」


 本当に分かっているのだろうか……。微笑んで分かってます感漂わせているけど、俺は勇者じゃないから。エネルドが勇者だから、エネルドのお目付き役ですからね。

 ハッキリ否定したいが、エネルドのことは言えないのでこれ以上は諦めることにした。


「では、お言葉に甘えて。いくつか困っていることがありまして――」


 俺は、気持ちを切り替えて現状困っていることを伝える。

 それは、この世界の衣類や家具等だ。お金も手に入ったので、揃えておきたい品だ。スーパーの中ならペットボトルのまま飲んだり出来るが、このログハウスは来客も多い。なのでログハウスの中はこちらの世界の物で統一したかった。


「分かりました。こちらで最高級の物を準備致します」

「いやいや、このログハウスに合う物でお願いします。それに、資金も限られていますので」

「分かりました。このログハウスに合った最高の品を用意致します」


 分かってない。分かっていないぞ、この人はっ。

 俺は、頭を抱えたくなるのを抑える。

 徐々に話し合うのは慣れていた。クレームで色々言われても、お互いの言い分が理解できれば和解することは出来る。頭ごなしに言う人や、ただの嫌がらせには通用しなくても。

 それに、リトールさんから見れば俺は重要人物だ。その辺の一般庶民と同じ扱いは出来ないのかもしれない。要人がファーストクラスの座席ではなく、エコノミークラスに居たら驚くだろう。格式を重んじる社会ならその可能性は高い。

 俺は、そう結論する。郷に入っては郷に従えだ。


「その他にはありませんか?」


 この際なのでやりたいことを伝える。こればかりは、自分の力だけではどうにもならない部分があった。


「商売を始めたいと考えているのですが――」


 主な内容は、ダンジョンの品の買い取りである。エネルドが黒ずんだ魔石を集めているので、それの回収を手伝うつもりだ。それに、オーブの回収もしたい。

 オーブは初回確定で入手出来き、それ以降はどうやらランダムドロップらしい。ゲーム等ならば、レアアイテム扱いになるだろう。

 俺は、商売を始めたい理由を説明する。


「黒ずんだ魔石の買い取りと、オーブの回収ですか……」

「ええ、どうしても必要でして。俺達だけでは手が足りないので、買い取っていこうかと」

「分かりました。その辺は私だけでは対処出来ませんので相談してみます。商売は、申請書が必要ですからこちらで用意しておきます」


 その言葉を聞いて、血の気が引いていくのを感じた。既に、取引して大金を得ている。このままではまずいかもしれない。


「……今朝、取引してしまったのですが大丈夫でしょうか?」

「確か、スラークという商人ですよね?」

「ええ。彼と、お酒等の取引をしました」


 リトールさんが、お酒と聞いて少し困った顔をする。少し思案した後、リトールさんが椅子から立ち上がった。


「お酒ですか……。分かりました。今日中に申請すれば、間に合うでしょう」

「本当ですか」

「はい。私は急いで申請してきますので、身分証だけお借りしても宜しいですか?」

「よろしくお願いします。俺は、行かなくても大丈夫ですか」

「お借り致します。身分証だけで大丈夫ですので、ご安心を。では」


 そう言うと、リトールさんはログハウスを出て行った。少し余裕の無い様子を見ると、酒を売るのは早計だったのかもしれないと、後悔する。

 日本でも、法律で酒の製造や販売は許可がいる。この世界でもあってもおかしくないことだ。


「なんで、売る前に気がつかなかったんだ。後は、リトールさんが何とかしてくれることを祈ろう」


 売ってしまったことには変わりないので、リトールさんに任せるしか無い。後日何かお礼をしなくては。


「ナーゥ」

「ハチ、なんかとんでもないことになってるよ。色々と失敗だったかな……」


 俺は、側に寄ってきたハチを抱き上げ頭を撫でる。ハチを撫でると心が癒やされるので、最近は何かあるたびにハチに話しかけていた。

 エネルドやジーナさんとは価値観が違うので、話が合わない部分もある。ハチなら気楽に愚痴をこぼすことが出来た。

 ハチは、少しずつ大きくなっていた。最初に抱き上げた頃に比べると、肉付きがムチムチとしている。何というか、前脚が徐々にライオンや虎のようにがっしりとしてきたというか……。それでもまだ体重は、十キロも無いはずだ。しかし、いつか越えてしまうのではないかといささか不安になる。

「なぁ、ハチ。最近大きくなってきているけど、加護のお陰なのかい」

「ナゥ」

「そうか。大きくなるのは構わないけど、その内入れる段ボール箱無くなるかもな」

「!?」


 トイレットペーパーのが入っている段ボール箱なら問題ないけどな。と、思いつつハチを見るとハチが固まっていた。どうやら段ボール箱に入れないのがショックだったらしい。実際今使っているポテチの段ボール箱は多少の余裕があるものの、このままだと入れなくなるのは間違いないだろう。


「俺は、ハチが大きくても小さくても好きだから。ライオン位の大きさになったら、一度背に乗ってみたいな」

「ナーゥ」


 そんな日は流石に来ないだろうと思いつつ、いつか映画で見た少女が大きな獣の背に乗る姿を思い浮かべていた。


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