第三話 第一住人は勇者候補者でした
立てかけた刺又を両手で握りしめ、腰を低くし構える。防犯訓練で対人用の使い方は習ったが、それでも習っただけだ。相手は素早い獣。取り押さえるのは無理だろう。叩き込むしかない。
そう思っていると、前方から何者かが飛び出してきた。凄まじい勢いで獣の前まで近寄ると下から上へと一閃が走る。
後ろを取られた獣は、反応することが出来ず何者かに斬りふせられた。一撃で獣は息絶えたようだった。
その光景を直視し、体が硬直する。前方に居るのは人らしい。しかし、その右手には赤い血で染まった剣。
その人の前には胴が斜め切りされた狼っぽい獣と、その獣の血だまり。
前方のプレートメイルに身を包んだ人物が、剣の血を振り払い鞘にしまう。そしてこちらにゆっくりと近づいてきた。
ゆっくりなのは敵意が無いと思わせるためだろうか? 俺はゆっくりと構えを解いて相手を見る。
白銀のプレートメイルに、真っ赤なマント。茶色の髪でショートカット。少年か少女か分からないあどけなさが残る、中性的な顔立ちだ。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
その声を聞いて驚く。まだ幼い子供のような声。そして、言葉が分かるということ。しかし、それが日本語ではないということだ。何故だかそう頭が理解したのだ。
「え、ええ。ありがとうございます。お陰で助かりました」
「いえ。困っている人が居たら、助けるのが勇者の役目ですから」
目の前の人物が、ニコリと笑う。
それにしても相手の言葉が分かるし、こちらの言葉も相手に伝わっている……。いったいどうなっているんだこれは? しかも、勇者とは。日本では漫画やゲーム等でよく見る役職だ。
「……勇者ですか?」
「あっ、まだ勇者じゃないんです。勇者候補なんです。今は、依頼で仲間とこの辺の魔物を狩っているんです」
魔物とか言ってますよ。やはり、異世界で間違いないらしい。しかも、勇者候補とか。とりあえず会話の基本、オウム返しで情報収集を得ることにした。
「魔物ですか」
「ええ、定期的に魔物を討伐して治安維持をするんです。ところで、見慣れない服装ですが何者ですか? 戦闘経験も無さそうですが……」
突然すぎて、何も考えていなかった。いきなり核心を突かれてしまった。まずい。もう少し様子を見ながら考えるはずが出来そうにない。見ず知らずの人になんて説明すれば良いか。取りあえず、下手に嘘はつかない方が良いだろう。当たり障りのない内容を話す。
「ある店の店長をやっていました」
「商人さんですか」
「ええ、最近こちらに来たばかりでして。何一つ分からないのですよ」
「なるほど。この辺の方じゃないんですね」
「はい。遠くの方からやってきました。黒沢と申します」
「クロサワ? 珍しいお名前ですね。私の名前は、リコラと言います」
お互いの自己紹介をすると、前方から誰かが近づいてくる。リコラが言っていた仲間だろうか?
「リコラ、面白い洞窟があったぞ。で、その人何者だ?」
第一印象は、がたいの良いおっさん。身長は二メートル位はあるだろうか? 金色で短く切り揃えられた髪。赤と黒の法衣が印象的だ。
「こちらは、商人のクロサワさんです。ホーンウルフに襲われているところを助けました」
「どうも、初めまして。黒沢と申します。この度はリコラさんに助けて頂きまして、誠に有り難うございます」
「俺はバールセン。バールって呼んでくれ。なに、困った人を助けるのも俺達の役目だからな。兄ちゃん、ひょろっこいもんな」
笑いならが、バシバシと肩を叩くバールさん。ちょっと痛いです。
「面白い洞窟って何?」
「すぐそこの洞窟なんだがな。なんか強い力を感じるから入ってみたらよ、追い出されちまったんだ」
「えっ」
その洞窟は、俺の居たところだろうか。思わず驚きを声に出してしまう。強い力? そんなの分からなかったが。
「そういや、兄ちゃんも同じ力を感じるな」
「えっ。そうなんですか? 多分その洞窟は、俺のねぐらにしている場所です」
「へぇ。私も入ってみたい!」
「よろしければどうぞ。助けて頂いたお礼もしたいので」
ここで営業スマイルだ。ニコリと微笑み相手を誘う。二人は貴重な情報源だ。勇者候補というなら、それなりの人格者だろう。建物の中に入られるのは困るが、その手前までなら問題ないか。入れないっていうのも気になる部分だ。
俺は、二人のお礼と話を聞くことに決めた。
「先に行っててくれ。俺は、こいつの処理をしてから行く」
バールさんが、ホーンウルフとやらの前に立って言う。何をするのだろうか?
「はーい。ではクロサワさん行きましょうか」
何をするのか気にはなるが、俺はバケツを回収しリコラと共に洞窟へ向かった。
「何これー。面白い」
俺は、目の前の光景に立ち尽くしていた。これはいったいどういうことだろうか? リコラは、キャッキャと子供らしく遊んでいる。
洞窟に手を入れると、入れた部分の手が出てくるのだ。何とも気味悪い光景である。いったいどうなっているか訳が分からない。
「これならどうだっ」
リコラがその辺にあった石を投げると、勢いを維持して戻ってきた。
「突撃っ」
少し離れて助走をつけ、ダッシュして洞窟の中に入ろうとするが、反転して出てきてしまう。俺は、その光景を呆然と見ていた。
どうやら、俺以外は入れないのかもしれない。もしそうなら、いざとなったら洞窟に逃げ込めば大丈夫だろう。
近くに落ちていた石を、洞窟に投げ込んでみる。石は戻ってくることもなく、地面に落ちた。
「音も聞こえないですね。今度は、クロサワさんが入ってみてください」
リコラの横に立ち、同じ様に洞窟に手を伸ばす。反対側に出ることはなかった。洞窟に入った手もばっちり見える。しかし、リコラには違って見えるようだ。
「凄い。本当に入れるんですね。私にはクロサワさんの手が、境目から先の部分が見えません」
「お前達、なんか楽しそうだな。俺も、この通り入ることが出来ないんだ」
いつの間にかバールさんが戻ってきていた。同じ様に手を入れると、やはり手が出てきてしまう。
「やはり、強力な力を感じるな。この先には神殿か、祭壇でもあるのか?」
「神様の加護を感じますね」
「祭壇ですか?」
そんな物があったかと考える。しいて言うなら神棚だろうか。商売繁盛のお札を飾るために用意したものだ。しかし、その神棚がそこまで強い力を持っているとは思えない。神棚はオープン前にホームセンターで買ってきたやつだ。
「それっぽいのはありますね」
「なら、お祈りをするといい。捧げ物があれば喜ばれるだろう。想いを込めて祈れば神様に届くかもしれないぞ」
「こう見えても、バールは神官なんですよ! だから間違いないと思います」
「俺は、戦の神アボックを信仰しているからな」
聞いたことない神の名前だった。通りでがたいの良い訳だ。戦の神様なら戦士のようなムキムキの神官でもおかしくはないのだろう。
「なるほど、ありがとうございます。後で確認してみます。先程のお礼に、食事などいかがでしょうか?」
「もうそろそろ日も落ちるし、そうさせてもらおうかな」
「何か食べてはいけない食材はありますか? パンや肉や酒とか」
この世界の食事情を確認する。魚や卵なんかは、生で出したらどうなるか分からないので出すつもりはない。生食は、海外で予想以上に避けられている。流石に弁当の半熟玉子で、クレームがくるとは思わなかったが。駄目な人は駄目なのだろう。
そういったことを考えると、ここでも生物は避けるのが無難である。
「そういや、肉が食えないところもあるんだったな。俺達は問題ないぞ。主食のパンが食えなかったら飢えちまう」
「最近、新鮮な野菜食べてないなぁ」
「この依頼が終わったら、街でいくらでも食べられるだろ」
二人は笑いながら会話をしている。主食がパンというのが分かったのはラッキーだ。
「それでは、食事の準備をしてきます」
「この辺で、野営の準備をしても良いですか?」
「はい、どうぞ」
「やったねバール。そろそろ日も暮れるから準備しよう」
二人は、野営の準備をするために森の中に入っていった。俺は、夕食の準備に取りかかるため売り場に向かう。




