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第二十一話 おっちょこちょいな神官ジーナ

 き、気まずい。場の空気を変えようと食事にしたが失敗だった。

 何をどう失敗したかというと、昼食をパスタにしようと思い、俺はカルボナーラを振る舞うことにした。

 失敗なんてするはずがないレトルトのカルボナーラを使用したが、それがまずかった。

 味が濃すぎると言われてしまったのだ。二人前の一袋のタイプを使用したのだが、ソースの量が多かったため味が濃くなってしまったのだ。牛乳やホワイトソースで味を整え直してから出せばよかったのに、そのまま出してしまった。

 その味は俺からしても少し濃いなと思う程だったので、ジーナさんからしてみればかなり濃い味だったかもしれない。ほうれん草など追加すればよかったと、後悔したが時すでに遅しだった。

 完食してはくれたものの、食事で場の雰囲気を変える予定が台無しになった。何を話そうか悩んでいるところ救いの声が聞こえてきた。


「ヌァーオ、ヌアァーオ」


 ハチが外で鳴いている。この時初めてハチがこの場にいなかったということに気がつく。

 俺はシャッターを開けハチを中に入れる。


「ハチおかえり。今までどこに行っていたんだい?」


 ハチの口元には、黒い物体が咥えられていた。咥えていた黒い物体を俺の足元に置く。


「どうしたんだハチ? それは……」


 しゃがんで確認すると、コウモリの翼だった。しかし、ダンジョンで俺が倒したコウモリより大きな翼だ。


「ナーン」


 その様子は褒めてと言っているようだ。はて、ハチは犬だっただろうか? いやいや。そんな冗談はさておき、ハチを観察するが怪我をしている様子はないので一安心だ。しかし何かが引っかかる。とりあえず俺はハチを抱き上げて褒めることにした。


「ありがとうハチ。凄いじゃないか! 前回は、コウモリ倒せなかったもんな。偉いぞハチ」


 ハチが少し重く感じた。最初に抱き上げた時に比べて大きくなっている気がする。


「ハチ。お前大きくなってないか?」


 ゴロゴロと喉を鳴らすばかりでハチの返事はない。身体強化の影響だろうか?このまま大きくなり続けたりしないだろうか……。さすがに、虎やライオンのような大きさになってしまうと養うのが大変そうだな。まさかね……。


「そちらのハチさんは、クロウ様の獣魔でしょうか?」


「ハチは家族ですよ。ところで獣魔とは何でしょうか?」


 色々な人物から獣魔と言われたが、なんのことやらさっぱりだ。ちょうどいいタイミングなので聞いてみることにする。


「獣魔とは、普通の獣より高い魔力を持った獣のことを言います。高い魔力を持っている獣は知性も高く、人語を理解できたり魔術を使えたりするなど出来ると言われています。ハチさんからは、かなりの魔力を感じることが出来ますので間違いないと思いますよ」


 なるほど、これで納得した。やはり、ハチは俺達の言葉が理解できるらしい。


「そうなのかハチ?」

「ナゥ」

「ハチは賢いんだな」


 ハチの頭を、わしゃわしゃと撫で回す。頼りになりそうな家族だ。


「あー疲れた。クロウ何か甘い物をくれ」


 入り口から声がした。エネルドがダンジョンから帰ってきたようだ。今日は昨日より早いお帰りである。


「おかえりなさい。今日は早かったですね」

「ああ、ハチを見かけたからな。気になって帰ってきたんだよ。で、そいつは誰だ?」


「初めまして。私は、ディル神教の神官ジーナ=ニーヴェンヌと申します。貴方こそどちら様ですか? 教皇から聞いた話だと、クロウ様とハチさんだけだと聞いていますが」


「俺は、こいつの護衛みたいなもんだ。お前こそ本当に神官なのか?ディル神教の神官なら、右手に白い腕輪をしているはずだが……」


 その言葉に釣られて右の手首を見るが、確かに何も着けてはいない。そういった決まり事は分からないので、気がつきもしなかった。


「……たんです」


 その声は弱々しく、何を言っているのか聞き取れなかった。エネルドが耳に手をやって聞き返す。


「何だって?」

「忘れてしまったんですっ」

「――っ、耳元で大声出しやがって……。忘れただぁ? 物忘れするほど婆さん寄こしたのかよ」

「私、そんなに年取ってません! まだ百歳になったばかりです」

「なんだ、ガキじゃねぇか」

「貴方にガキなんて言われたくないですっ」


 二人の言い争いが遠くに聞こえる。

 百歳なのか……。予想はしていたことだ。エルフは長命種族。百歳なら若い方だろう。見た目は十代後半から二十代前半だ。そう考えればありだろう。そんなことを考えていたら、いつの間にかジーナさんが涙目になっている。

 俺は慌てて仲裁に入るため、エネルドを抑さえようと考えたその瞬間、俺の右手の印が赤く光り出した。


「痛ってぇ。クロウ何しやがるんだ」


 エネルドが頭を押さえて顔を歪めている。抑えたいと考えただけでも、力が発動するようだ。


「エネルド、ジーナさんが可哀想だろ。その辺にしといてあげなよ。彼女も、悪気が合ったわけじゃないんだから」

「そう言うけどな、あの腕輪はディル神教の連中にとっては肌身離さず持ってないといけない物だぞ。見習い神官だって忘れたりしたら大目玉だ」


 エネルドは溜め息をつく。肩をすくめ呆れた様子だ。


「祝福して頂くために、預けていたのです。重大な役目を背負ったので……」

「で、忘れたんだろ」

「うぅっ」


 それほど重要な物を忘れてきてしまったらしい。車乗るのに免許証忘れたり、出かけて財布忘れたりより上だろうか? 旅行先でパスポートを忘れた位かもしれない。でもここでは必要無い気もするのだが……。


「まぁ、ここでは必要無いですし? 無くても大丈夫ですよ」


 俺は慰めようと言葉を掛けたが、遂にジーナさんは泣き出してしまう。


「あーあ。泣かした。あの腕輪無いとディル神教で使っている魔術が使えないから、必要無いってことは……つまりそういうことだな」

「えっ? いや違いますっ。ジーナさんが必要無いわけではありません。居てもらわないと困ります。だから泣かないでください」


 どうやら追い打ちをかけてしまったらしい。知らなかったとはいえ迂闊だった。俺は、近くにあったティッシュを差し出す。


「……ありがとうございます。大丈夫です。忘れた私が神官失格なだけですから」


 すっかり落ち込んでしまったジーナさんを慰めるために、俺は紅茶とケーキを用意することにした。紅茶でも飲んで落ち着いてもらおう。女性には甘い物が一番だと聞くし……。


「今お茶用意しますから、待っててください。エネルド、これ以上何か言ったらプリンは無しだからね」

「へいへい」


 エネルドの反省する気配の無い返事に少しムッとしたが、キッチンにお湯を沸かしに向かう。その後、ケーキを取りに売り場に向かった。




「さぁ、お茶でも飲んで落ち着いてください。後、このケーキも美味しいですよ」


 淹れたばかりの紅茶をジーナさんの前に置く。その隣には、白い皿に移し替えたショートケーキだ。


「俺のは無いのかよ」

「悪いなエネルド。このケーキ二人分しか無いんだ」


 ここぞとばかりにニヤリと笑う。エネルドにはこういった方法のが効果があると思ったからだ。


「分かった、悪かったよ。謝るからそのケーキ俺にもくれよ……」

「なら、ジーナさんに謝って」

「悪かったな。少し言い過ぎたよ」

「いえ、気にしないでください。私も少し大人げなかったですから」


 俺の前に置いておいたケーキと紅茶をエネルドに渡す。元々そのつもりで用意した紅茶とケーキだ。別に、シュークリームを用意しているので問題ない。


「良いのか? クロウの分足りなくないか?」

「元々ケーキは二個入りだったからね。俺はこっちのシュークリーム食べるから、気にしなくて大丈夫だよ」


「ナーウ、ナーゥ」

「ハチには、猫缶あげるから」


 そう言って、しらす入りのマグロの缶詰を少しだけお皿に入れる。残りは夕食用だ。ハチは美味しそうに食べている。


「なんだよそれ、そっちの方が大きいじゃねぇか」

「値段ならそのケーキの方が高いから。それに、在庫も僅かだからね」


 そう言いながら、席に戻りシュークリームを食べる。こういった時間も良いものだ。ジーナさんとエネルドも、美味しそうにケーキを食べている。気まずかった雰囲気も、今では和やかだ。

 俺達は、そのまま夕方まで色々と雑談をした。この世界のことだったり、魔術やダンジョンについてだ。この世界の常識を知るには、良い時間だった。

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