第十九話 出会いは黒歴史のページが増えた瞬間だった
翌日、俺はエネルドをダンジョンに送り出した後、寝る前に考えていた行動に移る。そう、魔術の練習だ。
修行を積めば誰でも使えるのなら、俺にも十分可能性はある。しかも、ディル神の加護もあるのだ。魔素とやらも見ることが出来たし、案外簡単に出来てしまうかもしれない。詠唱は分からないが、それっぽい物は幾つか知っている。まずそれを試してからでも遅くはないだろう。
外に出て目を閉じる。魔力を注ぐイメージだ。さらに俺は、昔を思い出しながら言葉を紡ぐ。そう思い出せ、黒歴史の賜物を――。
思い出せる限りイメージする。アニメやゲームに夢中だった子供の頃、近所の友人とロールプレイングごっこをした。その時は各自で覚えた呪文の詠唱を、いかに格好良く発動させるか競っていた。もちろん魔法なんて発動するなんて思っても居なかったが、完璧にコピーするとちょっとしたヒーローだった。
今となっては黒歴史だが、今ならその黒歴史を有効活用することが出来るかもしれない。
「黄昏よりも昏きもの――」
当時夢中だったファンタジーアニメからだ。案外覚えていたのでさらっと唱えることが出来たが、よくよく考えると力を借りる存在が居ないので無理だと気がつく。
「全ての力の源よ――」
こっちは炎の矢を放つ詠唱だ。しかし、反応がない。次だ次。
「天光満つる処に我は在り――」
当時オープニングで感動したゲームだ。開幕の戦闘シーンは未だに鮮明に覚えている。思わず「これで最後だ」と言ってしまったが、やはり反応がない。
「我は放つ――」
こちらもアニメの影響だ。短かったので覚えやすいのが人気だった。赤いバンダナを巻いてたのが懐かしい。しかし反応はない。
「求めるは雷鳴――」
こちらはたまたま深夜アニメを見たときだ。この頃は夜遅くまで起きていることが多かったので、息抜きに見たものだ。この頃から、録画やDVDを借りて色々なアニメを見ることが増えた。こちらも反応がない。
「かーめー」
こうなったら破れかぶれだ。魔法とは一切関係ないが、気を放つ構えをとる。過去には何処かの国で大会が開かれた位、有名な動作だ。戦闘民族でなくても出来るかもしれないと思ったが、やはり修行していないので何の反応もなかった。
「やっぱり駄目だったか……」
誰も見ていないのを良いことに、恥を捨て大声を出して試したが残念な結果に終わった。ストレス発散は出来たかもしれないが……。まぁ、予想していた結果でもある。
「何処かで学ぶことは出来ないだろうか」
用意していたレジャーシートに座り、水を飲む。
「あ、あの。すみません。クロウ様でしょうか?」
誰かに急に声をかけられて、思わず驚きむせかえる。こんな場所に人が来るとは、思ってもみなかったからだ。
声がした方を振り向く。そこにはプラチナブロンドの女性が居た。よく見ると耳が長く尖っている。笹の葉のような長い耳は心当たりがあった。
エ、エルフ? まさかあのエルフだろうか。初めて見る目の前の女性に心を奪われる。そしてこの世界に来たことを、神に感謝した。
しかし、そんな思いもつかの間。目の前の女性は俺を現実に呼び戻す。
「先程のは、いったい何でしょうか? 魔力が高ぶるのを感じましたが……」
「ま、まさか……見ていましたか」
「はい。洞窟から出てきたところを声掛けようとしましたが、何やら真剣な様子でしたので」
なんてことだ。俺は全身が燃えるように熱くなる。恥ずかしくて仕方がない。穴があったら入りたいほどだ。初対面の女性に、俺の黒歴史が見られてしまった……。しかも、聞いた限りだと最初から見ていた様子だ……。
「申し訳ございませんっ。新しい魔法の開発中でしたよねっ」
「へっ」
「今までに聞いたこともない詠唱を聞かせていただきました。色々な魔術を研究してきましたが、詠唱を聞き取ることができませんでした。やはり貴方様は、神に導かれた存在なのですね」
いやいや、ちょっと待ってほしい。確かに、神に導かれたという言葉は間違っていない。しかし、目の前の女性の反応は過剰な気がする。凄い勢いで謝罪のお辞儀をしてきた。四五度を通り越し、九〇度だ。謝罪会見でも中々見ることが出来ない角度だろう。
「頭を上げてください。ちょっと練習していただけですから、気にしないでください」
俺は、慌てて目の前の女性に言う。そして、彼女が何者かの確認を取った。
「ところで、あなたはどちら様でしょうか? 私の名前を知っているみたいでしたが」
クロウという名前は、ディル神から頂いた名前だ。この名前を知っているということは、ディル神との繋がりがある人物ということになる。
「はっ。名乗りもせずに申し訳ございません」
起き上がったかと思ったら、また凄い勢いでお辞儀をしてきた。この世界にもお辞儀の文化があることに驚く。さすがに土下座をされてはたまらないが……。
「ジーナ=ニーヴェンヌと申します。ディル神教の神官を務めています」
ジーナと名乗った女性は、プラチナブロンドのロングヘアーに、白色を基調とした法衣に身を包み、所々を緑色の刺繍が施されていた。すらっとした細身のラインは綺麗だったが、やはりエルフだからか、胸は残念な感じだ……。いや、胸が全てではない。エルフというだけでも大満足だ。ないよりはあった方が嬉しいが。いや止めておこう。
白に近い金髪と緑色の瞳が、少し神秘的な雰囲気を漂わせる女性だ。
「初めましてジーナさん。俺の名前は、クロウと申します。……つかぬ事を伺いますが、エルフですか?」
もしかしたら聞くのは失礼に値するかもしれない。それでも俺は確認を取りたかった。エルフ、人とは違う高貴なる存在。二次元にしかいなかった種族。しかし、今目の前に居る。
「はい。その通りでございます、クロウ様」
心の中で思わずガッツポーズをする。エルフは実在したんだっ。なるべく喜びの表情を表には出さないようにして、ジーナさんが来た要件を確認する。
「本日は、どのようなご用件でしょうか」
「はい、本日はガーディア教皇の命により、クロウ様の身分証明書をお持ち致しました。ご確認ください」
そう言って、小さめな鞄の中から封筒を取り出す。受取人は俺らしい。書いてある文字は全く読めないが、意味を感じ取ることが出来た。それによると、差出人は教皇ガーディアと書いてあるようだ。
教皇だなんて、もの凄く偉い人物ではないのか。教皇と聞いて思い浮かぶのは、芸術的なほど写真写りが悪い。と呼ばれた教皇だ。ネットの影響が強いせいもあるが……。
そんな存在が、俺の為に直筆で手紙を書いた。恐る恐る、封筒の中を確認する。カードみたいな物と、手紙が入っていた。
『初めましてクロウ殿。私は、ディル神教の教皇ガーディア。ディル神から、貴方のことは色々と聞き及んでいます。我々は、貴方のことを全面的にサポートすることになりました。何かありましたらニーヴェンヌに申し付けください』
手紙の内容を読み取ると、その様に感じ取れた。意訳されているので、実際はもっと硬い文章かもしれないが。そういった意味では、文字が読めないのは不便だと感じてしまう。本音と建て前で内容が違う場合、果たしてどちらを感じ取るのだろうか。近いうちに検証した方が良さそうである。
手紙を読み終えると、カードの確認をする。
「このカードが、身分証明書になるんですか?」
カードを手に持ち裏表を見る。ガラスのようなツルツルした手触りに、何やら文字のようなものが書かれている。これが俺の名前だろうか?
「はい。そのカードに魔力を注いでみてください」
俺は、昨日の説明を思い出しながら魔力を流すイメージをする。コップを傾けて水をカードに注ぐイメージだ。
すると、文字の部分が赤く光りだした。光が消えると、カードの文字が彫り込まれたようになっていた。
「それで完成です。その身分証明書があれば、街に入ることも簡単にできます。教団の施設もその証明書があれば、色々と利用することができます。大事に保管しておいてください。肌身離さず持っていることを、お勧め致します」
パスポートみたいなものだな。それが俺の第一印象だ。これさえ持っていれば身分を保証され、不自由なく過ごせるだろう。何かあった場合は頼ればいい。
「なるほど。ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
俺はとりあえず胸ポケットにカードをしまった。さてこれからどうしようか。取りあえず、ジーナさんを建物の中に案内できるか試すことにした。
結果は、失敗だった。ジーナさんは「資格が無いなら仕方がありません」と言っていたが……。その後話を聞くと、この世界のことを教える役目も担っていたので、やはり、建物の中に入れないのは不便だと感じた。ジーナさんには少しの間外で待っててもらうことにした。
俺は条件を緩和してもらうため、お供え用の酒を見繕ってから神棚に向かった。




