第十四話 デザートにプリン
「お、目が覚めたか」
どうやら気を失っていたらしい。体を起こし周りを見渡すと、見覚えのある場所。どうやら店長室に運ばれたようだ。側ではハチが心配そうにこちらを見ている。
「なぁ、そいつに俺は悪くねぇって説明してくれないか。さっきから俺を見る度に威嚇してくるんだよ」
「フシャァァァ」
ハチが、今にも飛びかからんとする勢いで威嚇をしている。俺は、ハチに先程の出来事を簡単に説明する。
するとハチは、納得した様子で威嚇するのを止めてくれた。しかし、ハチは俺の言葉が理解できるらしい。俺は仕草で何となく理解しているだけなので、もしかしたら理解していないのかもしれないが。
「ところで、その服なんですが……」
ラストはいつの間にか着替えていた。着ている服は、マルセンマートの制服だ。薄い青と白の縦ストライプの長袖のYシャツに、黒のブルゾンを羽織っている。ズボンは元々履いていた黒いズボンだ。
黒髪なので違和感があまりない。ちょっとチャラいバイト君といったところだろう。尤も、こんな感じの人物が面接にきたら不採用かもしれないが。
「ああ、ボロボロになっちまったからな。魔力があれば修復することも出来たんだが、当面これ借りるけど良いよな?」
もう既に着ているので、事後承諾だ。裸でうろうろされるのも困るし、これから一緒に生活するのである程度の生活用品の共有は諦めるしかないだろう。
「ええ、制服の予備はまだありますから。ちなみに、どれ位寝てました?」
「半日位だな。魔力流されたりして負荷が掛かったんだろう」
道理で身体が重いわけだ。背伸びをして身体を伸ばす。しかし、これからどうすれば良いのだろうか。
「なぁ、いい加減飯にしようぜ」
ラストはお腹を押さえ、空腹をアピールする。確かに半日も食べていないならお腹が減るだろう。ハチのご飯も上げないといけない。俺は食事の準備をすることにした。
「三分待てば出来上がりですから、このアラームが鳴ったらここを押して止めてください」
「おう、分かった」
朝とは違うカップ麺を選ぶ。味はシーフードで、これも世界中で愛されているカップ麺だ。
俺はスマホのアラーム機能の止め方をラストに教えると、売り場に向かう。ラーメンの気分じゃ無いからだ。
売り場に向かい食べたい物を取りに行く。パックご飯と水。それにレトルトカレーにパウチのハンバーグをカゴに入れる。野菜不足なので野菜ジュースと、デザートに三連プリンも追加だ。
本当なら炊きたてのご飯が食べたいところだが、炊飯器は使えないので鍋で炊くことになる。しかし、お米に水をしっかり吸わしてから炊くと一時間以上掛かる。なので鍋で炊くのは次回だ。
独り暮らしが長い為、鍋でご飯を炊くのも慣れたものだったりする。明日こそは鍋でご飯を炊こう。
最後にハチのご飯を取りに向かう。
「ハチには、このカリカリとササミだな」
カリカリとはドライフードのことだ。昔接客でお婆さんに、カリカリあるかい? と聞かれて梅を案内したのは苦い思い出の一つでもある。それ以降は、梅なのか猫の餌なのか確認するようになった。接客では色々な聞かれ方をするので、正確に答えられるようになるのも仕事の一つだ。
風除室に戻り、鍋の準備をする。キッチンで鍋に水を入れパックのご飯とパウチのカレーとハンバーグを入れる。湯煎で暖めれば終了のお手軽ご飯だ。
暖めている間にハチのご飯と水を用意し持って行く。
「ナァーゥ、ナァーゥ」
少し高めの声で鳴き、喉を鳴らしながらハチが足下を添うように歩く。やはりお腹が減っている様子だ。
ハチのご飯をトレイに置くと、凄い勢いで食べ始める。……ササミの部分だけを。これは失敗だったかもしれない。
「ナゥ、ナゥ、ナゥ」
「どうしたんだハチ」
ハチは、ササミの部分をナゥナゥと鳴きながら食べている。きっと美味しいのだろう。マグロの缶詰の時よりも早いペースで食べている。しかし、カリカリを食べていないので今度は混ぜてからあげることにしよう。
ハチの食べっぷりに満足し、俺もご飯を食べることにする。
「なんだそれは」
「ハンバーグとカレーライスです。そうそう、食後のプリンどうぞ」
「なんだこれ?美味いのか」
ラストは物珍しそうにプリンを見ている。こちらの世界ではないのだろうか?
「材料は、卵と牛乳と砂糖です。甘くて美味しいですよ」
俺はスプーンをラストに渡し、プリンのフィルムをはがしてから目の前に置く。
ラストは一口プリンを食べた後、一気に頬張った。お気に召して何よりである。
「……残りの全部くれ」
「後一個だけですよ」
そう言ってもう一つプリンを渡す。何だか子供の相手をしている気分だ。今度はじっくりと味わって食べている。そんな様子を観察しながらカレーライスを食べる。やはり少しご飯が固いがしかたないことだろう。
カレーを食べ終え、気になっていることを質問する。
「こちらにはこういった食べ物は無いですか?」
「いや、似たようなのはあるぞ。このカップラーメンとやらは無いが、麺料理はある。プリンはここまで美味しいのは王族とか貴族が好むんじゃないか」
どうやら王族や貴族と呼ばれる階級が浸透しているらしい。麺料理も種類が沢山あるのでこちらの料理も興味が湧く。
「俺が食べていた米もあるんですよね」
「ああ、魔族が好むな。米を昔の魔王が主食にするって広めてから、米ばっかり食べてるぜ」
「魔族ですか……」
魔族といったら悪の権化だとか、角や翼等を生やした異形の者のイメージだ。これはお米を主食にしてますと言ったら、大変なことになるかもしれない。あの時、お米の話をしないで良かったと安心する。
「魔族は、この先の山を越えた所に住んでるぜ。この辺は境目に近いから、米食っててもなんも言われねぇよ。人間も好んで食べるやつは居るからな」
なるほど、と俺は納得する。あの時バールさんが気にしていたのは、俺が魔族かどうかを気にしていたのかもしれない。もしそうなら、人と魔族の関係は良くないのだろうか。
「仲は良くないんですか」
「あーどうだろうな。この辺は平気だが、大陸の端に住んでるやつは苦手なのも多いな」
「そうですか。その……やっぱり角とか翼とか生えてたりしますか」
「種族によってだな。ざっくりと言うと、人族以外全部魔族で区切られてる。獣人族とかも、人間から見たら全部魔族扱いだ。きちんと区別してるやつも居るけどな。最近は人間に近い種族は、亜人種とか呼んでたりするな」
それから色々と話を聞く。この大陸は中央で分断するように山脈があり、その半分が人間族の領土。もう半分が魔族の領土だという。そしてここは人間族の領土の端で、中央の山脈のすぐ近くの場所になるそうだ。
「この辺は中立国の領土でもあるから、人種に関しては緩いぞ。そのうちダンジョンの調査団も来るだろうから、そん時に色々見られるかもな」
「調査団ですか?」
話を聞くと国で管理しているらしく、ダンジョンが出来ると調査して色々調べるらしい。
「ああ。ダンジョンの安全性や難易度だったり、何が採れるかとかだな。ダンジョンでは色々な資源が産まれるから、出来るだけで国が豊かになるって言われてるな。管理しないと滅びることもあるから注意も必要だけどな」
ダンジョンは毒にも薬にもなる存在ということか。確かに魔物がうじゃうじゃ出てきたら、大きな被害になるかもしれない。
そうなった場合は、ここも甚大な被害を受けそうだ……。なんせダンジョンの入り口から徒歩一分という立地だ。
「ラストさんは、ダンジョン制覇するんですよね?大丈夫ですか」
「まぁ、何とかするさ。それに調査団が来る前に、ある程度魔力の回収もしたい」
ラストは野菜ジュースを飲みながら、俺の食べていないプリンをじっと見ている。俺はその視線に気がつかない振りをして、話の続きを聞く。
「魔力の回収ですか」
「ああそうだ。調査団が来る前にダンジョン中に散った俺の魔力を回収して、失った分を取り戻したい」
「なるほど。ちなみに、ダンジョンってどのような感じですか? 転移前の世界にはダンジョンなんて物は無かったので」
日本にダンジョンなんて物は存在しない。あるのはゲームや漫画の世界だ。某地下駅はダンジョンと呼ばれていたりもするが……。
「プリンくれたら話してやるよ。情報料ってやつだ」
ラストはニヤリと笑いならが、プリンを要求してきた。確かに、ゲーム等でも情報料で金品を要求されることはあるにはあるが。プリンを要求されるとは……。
朝の出来事は夢だったのかもしれない。初めて会った時の刺々しい雰囲気は微塵も感じられなかった。魔力を失ったせいなのか、プリンを要求する姿が子供っぽいからなのか定かではないが。
俺のプリンをラストに渡し、話の続きを聞くことにした。




