第十三話 ダンジョン入り口まで徒歩一分
「なんだなんだっ」
ガタガタと激しく建物が揺れる。この世界にも地震はあるらしい。震度四位だろうか?
「ハチ、大丈夫か!?」
ハチの様子が気になって辺りを見回す。ハチは段ボール箱の中で気持ちよさそうに寝ているままだ。猫じゃらしで遊ぼうと思っていたのに、ぐっすりと寝ているので遊ぶことが出来なかったのだが……。
この地震でも起きそうに無い。将来大物になりそうな貫禄だ。
「収まったか。――今度は何だっ」
少し長めの地震が収まったかと思うと、今度は激しい爆音が外から聞こえてくる。まるで砲撃でも受けたかのようだ。
流石に爆音でハチも起きた様で、外をじっと見つめている。目を細めご機嫌斜めといったところだろう。
外に出るべきだろうか? 神の加護もある身体だ、多少のことなら何ともないはずだ。外を覗く位なら出来るかもしれない。
俺は意を決すると、スニーカーに履き替え外に出る。
「えっ……」
あまりの光景に立ち尽くす。ここに来てから反応に困ることばかりが起こる。やはり、異世界ならではなのだろうか。日本じゃそうそう起こりえない出来事が、次から次へと発生する。
瞬きを何度も行い、見えている物が幻で無いことを確認する。目の前にあったはずの森が綺麗に無くなっていた。辺り一面焦げた臭いが立ち込める。所々の地面は焼け焦げ、陥没していた。周囲数百メートルはそんな状況だ。見通しは良くなったが、そういう問題でも無い。いったい何が起きているのだろうか。
「――っ」
突然の激しい耳鳴りで、頭が痛い。思わず両耳を押さえしゃがみ込む。キィィーンとした高い音が一分位で収まった。
「はっはっは。どうしたラスト、もう終わりか?」
「てめぇ、卑怯だぞっ。罠にはめやがって――」
高らかに笑う声と怒声が、少し離れた場所から聞こえてきた。そちらに目をやると、誰も居ない場所に突然二人が現れた。ディル神とラストだ。
勝ち誇ったように笑うディル神。手には黒い球体が妖しい光を放っている。一方ラストは着ていた衣服が所々ボロボロで、苦虫を噛みつぶしたような顔でディル神を見ている。どうやら勝敗はディル神の圧勝といったところだろうか。
「暫くの間は大人しくしているんだね」
「か、返せっ。俺の魔力返しやがれっ」
「ダメダメ。君にはやってもらいたいことがあるからね。この魔力は有効活用させてもらうよ」
ディル神が黒い球体を地面に落とす。球体はそのまま地面に吸い込まれるように消える。いったい何をするのだろうか?
「あああっ。てめぇ俺の魔力に何てことを……」
ラストが両膝を地面につけ、ガックリとうなだれる。どうやらあの黒い球体がラストの魔力らしい。
「これに、私の魔力を足せば完成だな」
ディル神がしゃがみこみ、右手で地面を触る。周辺の地面が水のように波紋を描き、動き出す。徐々に地面が盛り上がり、背丈を超える大きさになると、黒い横穴が現れる。それは店の入り口の穴より大きな穴だった。
「クロウ。ちょっとこっちに来てくれるかな」
「は、はいっ」
俺は走ってディル神の所に向かう。いったい何をされるのだろうか? 嫌な予感がする。
「色々あって申し訳ないんだけど、ちょっとラストの頭触ってくれるかな」
「え、ええ。分かりました」
ラストは相当ショックだったらしく、うなだれたまま微動だにしていない。子供を慰めるように優しく頭を撫でる。
「そのまま止まって。……はい終わり」
俺の手が眩しい光に包まれ、思わず目を閉じる。ゆっくりと目を開けて手を見ると、何も変化が無いことに一安心する。しかし、ラストには変化があったらしく両手で頭を押さえている。
俺は頭に触れていた手を離す。よく見ると、銀色のサークレットが頭に付いていた。
「おいっ、何だよこれ? 外れないだと……」
「ラストには、外れないようにしたから。そのサークレット外せるのは、私とクロウだけにしておいたよ」
「はぁっ?」
「えっ」
待って欲しい。ここでなんで俺の名前が出るんだ。頭を触っていたことが原因だろうか? おもむろに触っていた手を見る。手のひらを見ると何やら模様が描かれている。昔漫画で読んだ練成陣のような見た目だ。丸い円にいくつかの幾何学模様と文字のような線。
慌てて左手を見ると、左手は何も描かれていなかった。一瞬期待してしまったが、今はそんなことを考えている場合ではないだろう。
はっ。まさか、マスターとやらにでもなったというのだろうか。そうなると俺はこれから激しい戦いに巻き込まれ――。
「クロウ? クロウ君? 黒沢君、聞いているかい」
聞き慣れた名字に現実に引き戻された。ディル神が困った様子でこちらを見ている。
「えっと。何でしょうか……」
「いいかい。これから君はラストのお目付役だ。彼は、ここに出来たダンジョン制覇をすることになる。それを君が見届けて欲しい」
「私がですか?」
「そうだ。ラストが途中で投げ出さないように見張る役目でもある。ちなみに、その手の印はサークレットを制御する役目を持っている。彼を戒めたい時や力を解放したい場合は、そう念じれば良い」
俺は自分の右手を見る。この赤い印に制御する力があるのだろうか。
「ふざけるなっ。なんで俺がそんなことを――」
「はい、鎮めたいと念じて」
ラストがディル神を睨み付け、立ち上がろうとする。俺は言われるがまま、ラストが大人しくなるようにと念じてみた。すると手の印が赤く光り出す。次の瞬間、ラストが苦痛の声を上げた。
「――痛ってぇ。何しやがるんだっ」
ラストは両手で頭を押さえている。これはアレだ。緊箍児だ。偉いお坊さんが、妖怪を従えさせるのに使っていた、金の輪そっくりじゃないか。
「ダンジョン制覇したら勇者の件、考えてあげても良いよ」
「それは本当だろうな」
「もちろん。誓っても良い」
「……分かった。忘れるんじゃねーぞ」
不機嫌な様子のラストは、真剣なディル神の様子に納得したようで、その場から立ち上がる。
「それじゃ私は色々と忙しいから帰るね。クロウ君、後はよろしく」
そう言うと、ディル神は右手を振って姿を消した。
えっと、これはどういうことだろうか……。つまりこれからラストと暮らすということだろうか? ダンジョンとやらを制覇するまで一緒に生活するってことか? それを俺が見届けると……。
なんとも言えない感情がこみ上げ、頭がクラクラする。
なんだろうか、この取り残された気分は……。例えるなら、本社のお偉いさんが売り場のレイアウトを変えるだけ変えて、後片付けを一切しないで帰った時の気分だ。散乱するゴミと魔改造された売り場をどうしろと、頭を悩ましたあの時の感覚だ。
「おい、クロウ。腹が減ったんだが。何か食べようぜ」
「……」
「あのカップラーメンだったか? あれが食べたい。ほら、行くぞ――」
ラストの声が徐々に遠くなる。頭が重くてたまらない。これからいったいどうなるのだろうか……。
「お、おいっ。しっか……ろ……」
ラストの声がよく聞こえない。薄れていく意識の中で頭に浮かぶのは、ラーメンよりご飯だった。ああ、ご飯が食べたい……。




