↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/56

第一話 マルセンマート多鳴店は移転しました

 俺は、激しい揺れで飛び起きる。慌てて建物の入り口を出ると、外は洞窟だった。

 訳も分からないまま先に進む。少し歩くと、明るい光が前方から見えた。どうやら外に出られるようだ。

 不安な気持ちを抑えつつ外へ出ると、見知らぬ場所だった。


「……ここは、森?」


 俺は、思わず頬をつねる。痛いので、夢ではないらしい。振り向くと洞窟だ。俺はそこから出てきた。


「どうするんだこれ……」


 スマホを取り出し確認するが、圏外だ。もちろんネットも繋がらない。

 辺りを見回し、周囲の確認をする。正面は奥まで木々が生い茂り、左右を見ても草木と土で出来た壁が続いている。

 数歩下がり、土壁を見上げる。高さは十メートル以上はあるかもしれない。ちょっとした崖である。先はどうなっているのだろうか。


「まさか、店がすっぽりと覆われているのか?」


 登れそうな気がしないので、とりあえず周りを歩いて確認をする。何か分かるかもしれないからな。

 俺は、警戒しつつ歩き出す。見慣れたアスファルトは何処にもなく、地面には見慣れない植物が花を咲かせていた。そして、森は不気味なほど静かだ。生き物はいるのだろうか?

 気温は、日本の冬位の温度といったところか。雪が降り積もらない位の寒さだろう。


「冷蔵庫の中よりは寒くないな」


 今の格好で、少し寒いと感じるくらいだ。今の格好は、長袖の肌着に長袖のYシャツと長ズボン。制服のブルゾンを羽織っている。


「俺に、神様がクリスマスプレゼントでもくれたのだろうか? いやいや、年末年始のドッキリ企画かもしれないぞ……」


 少し前まで居た場所は、師走の日本。年末の一大イベントが始まるそんな日だ。

 しかし、こんな大がかりなドッキリを出来る予算があるとは思えない。馬鹿げた考えを、頭の片隅に押し込む。


「考えながら歩くのは危険だ。注意しながら進もう」


 俺は、慎重に壁伝いを歩いた。



 ぐるっと半周過ぎた所で、何処からか低い鳴き声が聞こえてきた。


「ヌァーオ、ヌァーオ」


 周りを見回し声の正体を探す。土壁に耳を当てると中から聞こえてきた。注意深く周りを観察すると、地面に僅かな隙間が空いている箇所があった。スマホのライト機能を使い、覗いてみると見覚えがある生き物が見える。

 ライトに照らされて光る目。それは猫だった。


「猫じゃないか! 待ってろよ今出してやるからな」


 備品置き場にスコップが有ったのを思い出し、俺は急いで取りに向かう。




「よーし、もう怖くないぞ」


 スコップで周りを慎重に掘り進め、やっとの事で助け出す。怖かったのだろう。助け出し、抱きかかえると爪を立ててしがみついてきた。厚着をしているため、痛みは無いが離れそうに無い。


「あーよしよし、土まみれだな。後で拭いてやるからな」


 そう言って、土まみれになった猫の頭をそっと撫でる。


「ヌァーン」

「ヌアーン? ニャーンじゃないのか」


 猫はニャーンと可愛らしい声で鳴くものと思ってたが、そうでもなかったようだ。猫なんて飼ったことすら無かったので、思わず声に出してしまう。


「ヌァーン」

「そうか。首輪もしてるし、肉付きもしっかりしてるから飼い猫だったのかい」


 猫の言葉なんて分かるわけも無いが、話しかけてしまう。例え言葉が通じなくても、話しかけるだけで安心感が湧いてくる。ハチワレ模様の猫はこちらを見て鳴いた。


「ヌァーオ」


 まるで、そうだと言ってるような気がした。


「よし、これから一緒に生活するか。俺も一人であの広い店に住むのは気が引けるし。あっ……」


 あることを思い出す。ペットは入店禁止と言うことを。それはスーパーにとって当たり前のことだ。しかし、それを取り締まる者はいない――かもしれない。やはり、状況がよく分からないので情報が欲しいところだ。


「風除室位なら、何とかなるか」


 風除室とは、建物へ入る人と共に風が入ることを防ぐために、玄関部に設けられる前室のことだ。外気の熱気や冷気による温度変化を緩和するためのもので、スーパーには必須とも言えるだろう。コンビニとかでも見かける、ガラス張りのやつだ。

 うちの店は広めのスペースを取っているので、ショッピングカートやその日の特売品を置いたりしている。今は、ショッピングカートが中にしまわれているだけのはずだ。それをどかしてそこを生活のスペースにするのもありだろう。

 売り場は寒いのだ。今は閉店後の冷気が残っているので、余計に寒い。事務所や店長室もありだが、外で何かあったときに気がつきにくいだろう。


「取りあえず一周したら、風除室のカートを移動させるか」


 俺は、両手で猫を抱えながら歩き出す。少し歩くと小さな横穴があった。人一人がやっと通れるほどの狭さだ。もう少し先に行けば店の入り口に続く場所に出る。あそこが店の入り口なら、この場所は通用口だろうか。ライトで奥を照らすと、通用口が見えた。


「やはり、通用口か。俺の考えは間違いないかもしれない」


 ぐるりと一周して分かったことは、店の敷地内全てが転移したということだ。駐車場の部分は、全部石や土で覆われていてなんとも言えないが、間違いないだろう。実際外に出る部分の洞窟の床は、アスファルトだ。駐車場の一部で間違いない。

 しかし、謎も残る。いくら建物が築二年とはいえ、土砂の重さに耐えられるのだろうか? かなりの高さがある様子だ。流石に建物と一緒にぺしゃんこにはなりたくない。だが、何があるか分からない外で過ごすのはもっとゴメンだ。


 店に帰り、ハチワレ猫の汚れを拭くことにする。シャッターを開けて中に入り、きちんと閉める。自動ドアのガラス部分にはっきりと『マルセンマート多鳴たなり店』と書いてあった。それは、間違いなく俺が勤めていたスーパーマーケットの名前だ。

 風除室の端に猫を置く。


「拭くもの取ってくるから、大人しく待ってるんだぞ」


「ヌァーオ」


 人の言葉が分かるのか、返事をすると猫はその場に座った。


 風除室から店内に入るときに、俺はあることに気がついた。靴が土で汚れているのだ。それは当たり前のことだろう。森の中を歩けば汚れるに決まっている。店内を汚したくないので靴を脱ぐ。


「売り場にスリッパがあるから、それでも使うか」


 これからは、ここが家となる。

 スーパーだった頃なら靴のまま歩いていたが、家となるなら靴は脱ぎたい。それに、店内を掃除するのも一苦労だ。幸い閉店後で床清掃をした後なので綺麗になっている。これなら裸足は抵抗があるが、スリッパなら平気だろう。

 よく小さな子供が床と戯れているが、あの後きちんと洗ってあげているのだろうか? 見る度にそう思ってしまうが、今はそのことは関係ない。日用品が置いてあるコーナーでスリッパを履き、目的の拭くものを取りに向かう。



 備品室に着くと、ある物を探した。衛生ふきんと呼ばれている物だ。ピンクや緑の不織布で丈夫で使いやすいふきんだ。ふきんを数枚と、バケツとぞうきん。モップを掃除用ロッカーから持ち出す。その他に、バックヤードから二リットルの水を一本。

 風除室に戻りつつ、スコップを取りに来たときに付いた汚れをモップで拭いていく。気がつくのが早かったお陰で、掃除する箇所が少なくて済んだ。水も貴重品だ。バックヤードにはお茶やジュースに炭酸飲料と飲み物は揃っているが、何にでも使える水は大事に使わねばならない。


「後で、在庫も確認しないといけないな」


 やることは沢山だ。取りあえず、新しい住人を歓迎しなくては。

 風除室まで戻ると、猫は大人しく座ったままだった。


「よーし、今から身体拭くからな。大人しくしててくれよ」


 水でふきんを湿らし、猫の身体を拭いていく。嫌がるかと思ったが大人しかった。前脚の肉球を拭くとグワッと広がった。


「ヌァー」


 どことなく不満げな鳴き声だ。あまり触られたくないのだろうか? 一通り拭き終わると、猫は毛繕いを始めた。


「そういや、名前どうするか」


 茶色と白の毛並みで、額の部分がハチワレ模様だ。タマにトラやミケといった名前が浮かぶが、トラ模様でもミケでも無い。某アニメの影響でタマは白い猫のイメージだ。ハチワレか。はち……はちと言えばアレしか無い。頭に浮かんだ名前を告げる。


「八兵衛、ハチベェにしよう。ハチワレ模様にぴったりだ」


 早速ハチベェを抱き上げる。そこであることに気がついた。無い、オスなら付いている大事な物が無い。

 そもそもハチベェはオスなのか? なんか低い鳴き声だからオスだと勝手に思っていたが、まさかメスなのか……。いや、去勢している可能性もある。


「そういえば、首輪にしてたよな。名前が書いてあるかもしれない」


 首輪を確認するが、名前は書いていなかった。しかも首輪は黄緑色で、色でオスメスの判別がつけられないときた。赤とか青なら分かりやすいのにと思いつつ、ハチベェを見る。駄目元で聞いてみるしかない。


「なぁハチ、お前オスか? それともメスなのか……」


 ハチベェを抱き寄せてじっと目を見ると、ふいっとそらされてしまった。しかも、不機嫌な気がする。目を細めてハチは、何処か遠くを見ているようだ。

 まずい、メスだったかもしれない……。よ、よし、別の名前をじっくり考えよう。頭が回らないのはお腹が減っているからに違いない。そう思い、俺は食事を取ることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。