第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈34〉
オレが心底、後悔ぶっこいてると、リビングの床へ置かれたゲートの石板が発光した。
ゲートからあらわれたのは、朱音さん、アレストリーナ姫、人間の姿へもどった全裸のまりる……だけのはずだったが、もうひとり見知らぬ美少女が姿をあらわした。しかも全裸である。オレはあわてて顔をそむけた。
一瞬のことだったのでよくわからないが、歳のころはまりる以上朱音さん未満。ボリュームのある銅色の長髪にネコのような瞳。ひきしまった肢体のふくらみかけた小さな胸元から下腹部へかけてななめに走る痛々しい傷跡が、かえって肌の白さときめこまやかさをきわだたせている。……いやまあ、一瞬のことだったのでよくわからないが。
「いや~、みんなお疲れ~。これでなんとか一件落着……」
お気楽極楽なセリフをのたまう朱音さんを尻目に、瑞希があわてて見知らぬ全裸の美少女へバスタオルをかけた。おそらくはまりる用だったはずだ。
はじめて人間の姿で地球へやってきたアレストリーナ姫が、地球へついた感想を云うより先に、自分たちのつれてきた正体不明の全裸美少女に瞠目した。
「え~~っ!? 伝説の魔女グラコロアリスってウチより歳下だったのけ!? ぜったい歳上だと思ってたっちゃ!」
「……声が大きい。われが神獣転生したのは14歳のみぎりよ。よもやと思うておったが、人の姿で顕現するなぞ1000年ぶりの話ぞ」
「ひょっとして、神獣グラコロさん!?」
オレのおどろきに肩からバスタオルをかけただけのしどけない当事者(しかも美少女)があきれ顔でこたえた。
「ほかのだれに見える?」
神獣グラコロさんの人間の時の姿なんてだれも知らないっつーの。しかし、なるほど。ようするにまりるとおなじ理屈だ。惑星アルマーレの召喚獣は地球へくると人間の姿になる。一応、召喚獣である神獣グラコロアリスドラゴンも例外ではないと云うことか。
ついでに云うと、ゲートリングをつけた神獣グラコロさんは惑星アルマーレでも人の姿になれると云うことだ。それを試さず地球へきたことは、さっきのアレストリーナ姫の反応からもわかる。
「でも、一体どうして神獣グラコロさんまで地球へ?」
菜々美ちゃんの疑問に朱音さんがさくっとこたえた。
「ゲートリング1個あまってたし、グラコロちゃんも一緒にいきたいって云ったから」
「みんな一緒の方が楽しいっちゃ!」
たんなる物見遊山か。……アレストリーナ姫に自分がおたずね者と云う自覚はあるのだろうか?
「とにかく、みんな無事お帰りなさい! 瑞希ちゃんと一緒に晩ごはんの支度しておきました。あたためなおしたのでみんなで食べましょ」
菜々美ちゃんの言葉に朱音さんとまりるがはずんだ声をあげた。
「るる~!」
「そ~いや、もうお腹ぺこりんちょ! ほいで今日のメニューは?」
「カレーだ。今回はアカネにならって納豆を入れてみた」
瑞希が抑揚のない口調でこたえた。
いやいやミズキュン、納豆カレーって食ったことないけど、意外と賛否両論わかれるってきくよ!? 一応、仮にも異世界からのゲストへふるまう最初の料理が納豆カレーってハードル高くない!?
オレの感慨をよそに朱音さんが学生議会長らしくてきぱきと仕切りだした。
「いや~、いいヨメだねえ。……それじゃ、まりるとカオルちゃんは着替えてきて。一応アレストリーナ姫用の着替えももってきてあるから、とりあえずグラコロちゃんもそれ着て。今日からアレストリーナ姫とグラコロちゃんが寝泊まりするのはこっちの和室ね。まりるも一緒なんでよろしく。掃除雑用一切はカオルちゃんに命じればよいから」
和室へ目をやったアレストリーナ姫がしみじみと云った。
「今夜からしばらくはここで寝起きするちゃね。……まあ〈シュピーリ・ファーム〉の地下牢よりはガマンできないこともないっちゃ」
こちとら人の実家を〈シュピーリ・ファーム〉の地下牢と比較するあんたの無礼にガマンできそうもないが。
「アカネはどこで眠るのだ? カオルと一緒か?」
真顔でたずねるグラコロさんへ朱音さんが冗談まじりの口調でこたえた。
「あっはっは。それもよいけど私はうちへ帰ります。明日またきますね」
「ミズキたちはどうするっちゃ?」
「私は明日からアメリカ旅行だ」
「菜々美も部活なんで明日はこられないかも。……あ、そうだ、カオルくん。留守電にナラハシ先生からの伝言で、明日の10時に夏期講習テストの追試だって。欠席か赤点だと夏休み後期の夏期講習にも出席決定とか云ってたよ。大変だと思うけどがんばって」
……ウソだろ? 徹夜で人命救助に奔走して召喚獣戦闘で死にかけて帰還したら翌日テストって。しかもオレの貴重な夏休みにとっては異世界での召喚獣戦闘よりテストの方が重要だ。
その上、明日からはオレひとりでアレストリーナ姫とグラコロさんとまりるのめんどう見なくちゃなんないってことだろ? 不安しかないぞ。




