第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈27〉
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3体の敵召喚人獣が消えたとは云え、状況が好転したわけではなかった。城壁と召喚人獣の包囲網からアレストリーナ姫を脱出させるためのシャイニーロプロスとひきはなされてしまったのが痛い。
ここにいる人間がアレストリーナ姫と朱音さんだけならどうとでもなるのだが、高熱で気絶したままのヒメアンドロ殿下がいる。
オレとまりると朱音さんはヒメアンドロ殿下をかかえたアレストリーナ姫を背中で防御していた。
ランスリカオンが2体。プテラノドラキュラが2体。シャイニーロプロスからターゲットをこちらへ移したレーザービーが2体。計6体の召喚人獣がオレたちを包囲している。
敵の召喚人獣たちはオレの炎攻撃と朱音さんの〈石化〉能力を警戒して攻めあぐねていた。しかし、こちらも相手を深追いして防御の陣形をくずせば、アレストリーナ姫を狙われる。そんなわけで膠着状態がつづいていた。
2体のジョサイアコンドルに追いまわされるシャイニーロプロスも苦戦を強いられていた。爪やくちばしによる直接攻撃しかできないジョサイアコンドルがインファイターなら、風斬攻撃を得意とするシャイニーロプロスはアウトファイターだ。風斬攻撃は動作が大きい分、距離を必要とする。
シャイニーロプロスはなんとか相手をひきはがして距離をとりたいところだが、2体のジョサイアコンドルは執拗にシャイニーロプロスを挟撃する。攻撃をかわすだけで精一杯だった。
「アレストリーナ姫、アイディアがあります」
朱音さんがアレストリーナ姫へ耳打ちした。
「ナナミンを召喚して城壁の一部を壊してください。そしたら私がヘルゴルゴートへ変化してふたりを外へおつれします」
「妙案だけど危険だっちゃ。サンドロバルバドスのナナミを召喚すればグラゴダダンもドラゴンを召喚して応戦するはずだっちゃ。グラゴダダンがのこり3体の召喚獣でどうでてくるかわからない以上、ナナミはギリギリまで温存しておきたいっちゃ」
アレストリーナ姫には最終究極秘奥義が存在する。それは神獣グラコロアリスドラゴンの召喚だ。しかし、そのためにはオレたち召喚獣をすべて帰還させた上で精神統一する必要がある。
この状況で召喚獣をすべて帰還させれば、あっと云う間に敵召喚人獣に殺されることは自明だ。せっかくの最終究極秘奥義だが、ここでそのカードを切ることはできない。
とにかく、この〈ゼーゼマン・ファーム〉と云う巨大な檻から逃れるすべはないものか!? と灰色の脳細胞をフル回転させていたら、ぴょ~ん! と閉ざされた城門をとびこえて下り立つ黒い影があった。
「「!?」」
城壁の左右に展開するふたりのザンネンミイラ召喚師ドエグリコとトレグリノも虚を突かれた。城門の前にいたのはB級召喚獣ガルガンカンガルーである。
どちらかと云えば、戦闘用ではなく日常移動用の召喚獣だが〈ゼーゼマン・ファーム〉の高い城壁をとびこえる跳躍力はハンパない。そうとうしっかり調教されていることがわかる。
ガルガンカンガルーの背に乗っていたのは見知らぬ若い男だった。男はガルガンカンガルーを帰還させながら城門の隅へ駆けこんだ。
ガガガガガラッ! と城門の外で跳ね橋の下りる音が聞こえ、ギギギギギイ……! と大きな木製の城門がゆっくり開いた。
アルマイリス皇国の援軍? と期待したが、跳ね橋をわたってきたのは2頭立ての小さな荷馬車だった。カッポカッポと牧歌的な馬蹄の音がのんきにひびく。
「……ジギリスタン皇国からアレストリーナ姫へマドラ酒をおとどけにあがりましたの。それはこちらでよかったの?」
樽のつまれた荷台から躍りでた第2の人影がひょうひょうとした口調で云った。
前髪をまっすぐに切りそろえた銀髪のロングヘアー。パールホワイトのタイトなミニドレスに淡いターコイズブルーの陣羽織。勝ち気な瞳の美しい少女が召喚人獣に包囲されたアレストリーナ姫の姿を視認すると、小さくうなづきながらひとりごちた。
「なるほど、これはこれは……」
「マルちゃん!?」
突然のジギリスタン皇国第2皇女・マルドゥガナ姫登場にアレストリーナ姫と朱音さんが周章狼狽した。
「ちょ、ちょっと!? ジギリスタン皇国は静観って話、とどいてないんですか!?」
「きたの。ネブラスカス姫からそう云う密書がとどいて、さっきまで軍議してたの。それでジギリスタン皇国は静観って決まったの。……でもね」
はんなりとした口調のマルドゥガナ姫が冥い瞳で〈ゼーゼマン・ファーム〉を見すえながら云った。
「なんの罪もない召喚獣を生きたまま焼き殺すようなゲスの所業に、マルドゥガナはだまっていられないの」
今も〈ゼーゼマン・ファーム〉城の南方から細々と白煙が上がっていたが、オレたちが最初に視認した白煙は厩舎へ召喚獣をつなぎとめて燃やした痕だったのだ。
戦争の召喚獣戦闘において敗者は召喚牌を没収されるか破壊される。敗者の召喚獣は召喚牌を書きかえられ、勝者へ配分されたりすることもあるようだが、召喚獣を殺処分する慣例も必然性もない。
しかし、グラゴダダンは〈ゼーゼマン・ファーム〉の厩舎にいた召喚獣を虐殺した。
厩舎にいた召喚獣がすべて〈ゼーゼマン・ファーム〉にいたアルマイリス皇国召喚師の保持する召喚獣ではなかったはずだが、ゆがんだ怨念をかかえるグラゴダダンはそんなことを歯牙にもかけない。やることなすこと鬼畜がすぎる。




