第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈25〉
「まりる!」
朱音さんがまりるをよぶと、ヒメアンドロ殿下の手かせをはずすよう指示した。まりるが皮製の手かせのつなぎ目に爪をかけて易々(やすやす)とひき裂く。
「アレストリーナ姫、これを!」
朱音さんは背負っていたぺったんこのバックパックからオレの服をとりだした。なによりぬれた服を着替えさせるのが先決だ。
アレストリーナ姫と朱音さんでヒメアンドロ殿下を着替えさせていると、闘技場を一望できる〈ゼーゼマン・ファーム〉城のバルコニー(おそらくは貴賓席)から見おぼえのある見たくもない男が姿をあらわした。三国一の卑劣漢、グラゴードリス皇国第2皇子のグラゴダダンだ。
「うるわしき姉弟愛……と云いたいところだが、弟君にはすっかりきらわれたようだな、アレストリーナ姫?」
朱音さんと気絶しているヒメアンドロ殿下をかばうように立ち上がったアレストリーナ姫がグラゴダダンを挑発した。
「は? なに云ってるか、きこえないっちゃ。云いたいことがあるなら、そんな柵のうしろにこそこそかくれてないでおりてくるっちゃ、この短小者!」
……いやいや姫さま、それを云うなら短小者じゃなくて小心者だろ? 短小も男子にとっては侮蔑となりうる言葉だが、云いまちがえるくらいなら臆病者とか軟弱者とか、もう少しなんかこう品のある言葉の選択があってしかるべきであろう。
と心の中でツッコミを入れていたら、グラゴダダンがあからさまに動揺した。云いまちがいにズバッと図星をさされたらしい。
「なっ!? なぜそのことを……ではなく、そのなんだ、……ここで会ったが百年目、今日をきさまらの命日としてやるわい!」
小心で短小者のグラゴダダンが悪役らしい決めゼリフを決めそこねた。自分からオレたちをおびきよせるようなマネをしておいて「ここで会ったが百年目」もクソもないもんだ。ボキャブラリーと品格にとぼしいヤツの切る啖呵ってつくづくみっともないなあ、と思う。
しかし、実際、グラゴダダンの小心ぶりはその姿からも如実にうかがえた。
彼は成金趣味のいかめしい銀色の甲冑に赤いマントをなびかせていた。これがふつうの異世界ファンタジーものとかであればそれなりに映えたかもしれないが、惑星アルマーレでその姿は奇異と云うほかない。
この異世界では数百年あるいは千年以上、人々が直接剣をまじえて戦っていないのだ。剣や甲冑はおろか皮製の胴当てすら見たことはない。グラゴダダンはよほどの骨董品をひっぱりだしてきたと見える。
〈ゼーゼマン・ファーム〉攻略のための戦争であっても召喚獣戦闘でおたがいの召喚師が負傷することはない。モッケイモンキーのまりるに右手の指4本をもっていかれたことがよほどトラウマになっているらしい。とは云え、自業自得の因果応報に同情の余地はまるっとない。
「なにアホな挑発してんの、アレストリーナ姫! とっとと逃げる……!?」
ヒメアンドロ殿下を着替えさせた朱音さんがアレストリーナ姫へヒメアンドロ殿下へあずけた。サイズの大きなオレのTシャツとハーフパンツの海パンを着せられ、半そでのパーカーで毛布のようにくるまれたヒメアンドロ殿下の小さな身体をアレストリーナ姫がかかえ上げる。
オレたちの最優先事項はグラゴダダンをフルボッコにすることではなく、ヒメアンドロ殿下の救出だ。アレストリーナ姫の意図しないところでグラゴダダンの動揺をさそい、多少の時間かせぎこそできたものの、易々(やすやす)と見逃してくれるほどグラゴダダンもマヌケではない。
グラゴダダンが左手を小さくふり上げると〈ゼーゼマン・ファーム〉城正面と左右の高い城壁に3つの人影があらわれた。彼らはアレストリーナ姫やオレたちとおない歳くらいの少年だが、顔や腕や身体に包帯をまいていた。
「ウノグリオ! ドエグリコ! トレグリノ! ……地球での借りをかえしてやるがよい!」
「地球での借りって……まさかこのコたち、あの時のプテラノドラキュラ!?」
朱音さんの言葉にオレも得心した。花火大会の夜、地球でオレたちをおそった人間召喚獣がこいつらってわけか。〈シュピーリ・ファーム〉でこいつらの姿を見なかったってことは、どこか別の場所で治療をうけていたのだろう。
怪奇ミイラ男属性(なんだそりゃ?)とか全身にほどこされた特殊な呪印を封印しているとか云う厨二病的設定ではなく、ふつうにケガ人であるらしい。
オレたちの正面に立つ男は片目をかくすように顔を包帯でグルグルまきにされていたし、城壁の上に立つ男たちは口元を包帯でグルグルまきにされていた。
綿あめの棒を片目に突きさされたヤツがウノグリオで、ドラキュラタンを斬り裂かれたり溶かされたりしたヤツらが右からドエグリコ、トレグリノであるらしい。
帰還後もここまでダメージをひきずっていると云うことは戦闘不能の設定値が低いことを意味していた。綾波レイ初登場のような痛々しさである。エヴァ初号機にはオレが乗るから、かえって寝てろと云ってやりたい。
「「「召喚ッ!」」」
3人のザンネンミイラ召喚師(人間召喚獣)が召喚牌をひらめかせ、聞きとりにくい声でさけんだ。おそらくふたりは声がでていない。
3人はおなじB~C級召喚獣を3体ずつ召喚した。スズメバチを素体とした体長50cmほどの飛行型B級召喚獣レーザービー。体長1mほどの飛行型吸血C級召喚獣プテラノドラキュラ。額に角の生えたどう猛な大型犬C級召喚獣ランスリカオンである。グラゴダダンはよゆうブッこいてるつもりか召喚獣を召喚していなかった。




