第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈22〉
オレたちはこれからアルマイリス皇国北端の〈アーデル・ファーム〉から南西端の〈ゼーゼマン・ファーム〉へいかねばならないのだ。のんびりしている時間はない。
オレの意をくんだ朱音さんがアレストリーナ姫へ云った。
「そうだ! アレストリーナ姫、こんなことしてる場合じゃないきゅん! グラゴダダンが〈ゼーゼマン・ファーム〉を占拠してヒメアンドロ殿下を人質にとってる。明日の昼までにアレストリーナ姫がこなければヒメアンドロ殿下を殺すとか息まいてるんだって」
「ヒメアンドロが人質!?」
「だから私たちはヒメアンドロ殿下を助けてアレストリーナ姫を地球へ避難させるってネブラスカス皇女を説きふせたきゅん。……グラゴダダンを倒してヒメアンドロ殿下を助けなきゃ!」
朱音さんの言葉にアレストリーナ姫が力強くうなづいた。
「OK。みんな出陣だっちゃ!」
牢獄からでたアレストリーナ姫がオレの姿を横目で見ると、サッカーボールみたいにオレの身体を蹴り上げて両腕で抱きかかえた。
「ぷぎゅっ!」
痛てっ! 召喚獣はもっとていねいにあつかわんか! ……必死こいて助けにきたのにオレだけこんなあつかいかよ、と内心ふてくされかけたが、オレを抱くアレストリーナ姫の腕にやさしく力がこもった。
「……カオルも、きっと助けにきてくれるって信じてたっちゃ」
アレストリーナ姫がうしろからオレの耳元へささやいた。日頃、オレには悪態しかつかないアレストリーナ姫なりの精一杯の感謝の言葉だ。
つくづく可愛げのないお姫さまだが、しゃーない。B級召喚獣のオレにできることなどたかが知れているが、せいぜいがんばらせてもらうことにするか。
……まったく。召喚獣はつらいよ。
17
〈アーデル・ファーム〉の城をでると、案の定、オレたちは召喚獣をしたがえた数人の召喚師にとり囲まれた。
しかし、これはハッタリにもならなかった。そもそも惑星アルマーレの人々は直接人へ危害をくわえることを禁忌としているため、召喚獣は人をおそうように調教されていない。
しかもアレストリーナ姫の前に立つ〈石化〉の魔女シュオンは召喚師ですらない。
〈アーデル・ファーム〉の召喚師たちは異国情緒あふれる正体不明の魔女を実力で組み伏すしかないわけだが、近づけば〈石化〉されると云う恐怖に支配されている。
実のところ、無敵の〈石化〉の魔女シュオンといえども、一度に〈石化〉できる人の数はかぎられている。それに気づいた〈アーデル・ファーム〉の人々が大挙して押しよせてくれば、平均的女子高生の腕力しかない〈石化〉の魔女シュオンこと朱音さんもかなりのピンチに見舞われるはずだが、さらにこちらには規格外召喚獣のオレとまりるがいる。
なにしろオレたちは惑星アルマーレの人々ほど高潔な倫理観をもちあわせていない(もちろん人にケガとかさせる気はないけど)。
アレストリーナ姫に抱きかかえられたオレはマズルカフラッシュの花火で〈アーデル・ファーム〉の召喚師たちを威嚇する心づもりでいたが、朱音さんが朗々(ろうろう)と云い放った。
「ひゅ~ほほほっ! わが名は〈石化〉の魔女・シュオン! 下がれ下郎ども! 一歩でも前にでれば〈石化〉させたネブラスカス皇女の命はないぞよ!」
この言葉に〈アーデル・ファーム〉の召喚師たちが屈服した。純朴あるいは高潔な人々を相手に悪魔のような所業とうしろめたさをおぼえるが、背に腹はかえられない。
「アレストリーナ姫! シャイニーロプロスを召喚せよ!」
唐突に〈石化〉の魔女・シュオンがアレストリーナ姫へ命じた。
「え? ああ。〈石化〉の魔女・シュオンに命じられては仕方ない。シャイニーロプロスを召喚しよう。今しよう」
朱音さんの意を察したアレストリーナ姫が小学生の学芸会レベルの三文芝居で応じた。ひどい棒読みである。
ようするに、アレストリーナ姫の意思で逃亡するのではなく、〈石化〉の魔女・シュオンと云う正体不明の邪悪な存在に拉致られたよう〈アーデル・ファーム〉の召喚師たちへ印象づけたのだ。
「召喚ッ!」
アレストリーナ姫が金色召喚牌をかざすと、飾り尾羽の優美な金色の鳳凰とよぶにふさわしい体長2mほどの鳥系D級召喚獣が姿をあらわした。
とどのつまりは地球で待機していた瑞希である。
瞬時に状況を把握した瑞希ことシャイニーロプロスが身をかがめて背中に朱音さんとアレストリーナ姫を乗せた。オレはアレストリーナ姫に抱きかかえられたままだし、まりるも朱音さんの肩に乗っている。
「われがこの地を去りしのち、すべての人の〈石化〉を解く! ただし、ひとりでもわれらのあとを追うそぶりを見せれば〈石化〉した人々は未来永劫その姿のままであると知れ!」
完全に〈石化〉の魔女・シュオンになりきった朱音さんが大声でのたまうと、シャイニーロプロスが羽ばたいて雨煙にけぶる暗い空へととびたった。
〈アーデル・ファーム〉が視認できないほど夜の闇に溶けると朱音さんは約束通り、全員の〈石化〉を解いた。なんとも律儀な魔女ではある。




