第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈16〉
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アレストリーナ姫とネブラスカス皇女が暮れなずむ地下牢で言葉をかわしている頃、オレたち地球の自称〈アレストリーナ姫救出班〉も出動準備をととのえていた。
一刻もはやくアレストリーナ姫救出へ向かいたいのは山々だったが、惑星アルマーレ(あっち)があかるいうちに動くわけにもいかないし、さすがのオレも疲労困憊で、昼食後には数時間の仮眠を必要とした。
また、惑星アルマーレへとぶためのゲートリングがふたつしかないので、アレストリーナ姫救出班のメンバーはオレと朱音さんとまりるになった。
菜々美ちゃんには朱音さんがお昼に電話してざっくりと状況説明をしてあるが、菜々美ちゃんはまだ部活中だし、方向音痴の瑞希より朱音さんの方が運動神経もよい。
ここのところ時間の流れ方の異なる異世界と地球を気ぜわしくいったりきたりしているせいで、時差ボケと云うのか時間や昼夜の感覚がよくわからなくなっていた。
しかも、惑星アルマーレでは暗い地下迷宮で長時間足どめをくっていたりするものだから、なおさらである。
「カオル、大丈夫か? やはり、私がいこうか?」
みんなの前ではカラ元気を押しとおしてきたつもりだったが、幼なじみの瑞希はオレの変調を感じとっていたらしい。オレはこともなげに云った。
「楽勝だっつ~の。ちゃちゃっといってぱぱっと帰ってくるから、晩飯の支度よろしく」
「断る」
「ですよね~」
ハーブティーを煎れることに関してはプロ級の瑞希だが、料理をしているところは見たことがない。
「ミズキュンもおうち帰ってよいよ。なにかあって召喚される時はどこにいても一緒だし、明後日の旅行のお支度とかあるでしょ?」
「それはそうだが……」
朱音さんの言葉にめずらしく瑞希が逡巡した。朱音さんが瑞希をやさしく抱きしめると耳元でなにかささやいた。
「カオルちゃんのことが心配なんでしょ? 大丈夫。なにがあってもカオルちゃんは私とまりるで守ってみせる。ミズキュンは私たちを信じて待ってて」
「信じて待つ……か。わかったアカネ。アレストリーナ姫を頼む」
「おりょ? そう云うとこ、意外とすなおじゃないのね。ま、ふたりともまかされたきゅん」
オレのところからはなにを話しているのか聞こえなかったが、イタズラっぽくほほ笑んで身をはがした朱音さんへ瑞希が小さくうなづいた。
「さあて、いこうか果報者。おいでマリルン!」
ぺったんこのバックパックを肩にかけ、靴をはいてゲートに立つオレと朱音さんの元へモッケイモンキー・モードのまりるがとびついた。
「るる~!」
「ラ・クラ・ムサハ・エラ・セクト!」
オレと朱音さんが呪文を唱えると3人(ふたりと1匹)のゲートリングがほのかに発光した。オレたちの眼前には暗い書庫の光景が映った。おそらくはアルマイリスの皇都〈メアルミノス・ファーム〉城内にあるアルハンドロ殿下のゲートであろう。
「いくよ。……せ~の」
「「「マヤ!」」」
全員で決定呪文を唱えると、オレたちの身体がゲートに吸いこまれて消えた。
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オレたちはあっと云う間に見知らぬ暗い書庫へ転移していた。召喚牌で召喚されるよりはやかったため、いつもみたいに異世界へ転移した実感がない。
また、自分が〈ウサ耳小ブタ〉のトンカプーではなく、人の姿であることも新鮮と云うか妙な感じだ。目線の高さがちがう。
オレはぺったんこのバックパックから瑞希謹製の懐中電灯をとりだして朱音さんへ手わたした。
朱音さんが赤色灯で周囲を照らすと、オレたちが立っていたのは、書庫の入り口側にもうけられた読書スペースだった。壁を背に優美なソファーとテーブルがしつらえられていた。
ソファー左側の壁にはカーテンの閉まった大きな窓があり、テーブルと大きな本棚との間にゲートの石板が置かれていた。
朱音さんが赤色灯をゆらすと平行してならぶ本棚の黒い影が高い天井でぶきみに踊る。
「……ここってアルハンドロ殿下個人の書庫なんですよね? 長いことつかっていないわりにはキレイじゃないすか?」
「ちゃんとお城のメイドさんが掃除してるんでしょ?」
アルハンドロ殿下は惑星アルマーレ時間で3年以上行方不明しているわけだが、今オレたちのいる書庫を俯瞰で見ると、アルマイリス皇国の皇城〈メアルミノス・ファーム〉の一画にあたる。




