第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈15〉
「……まったく、そちは大変な人気者じゃな。〈アーデル・ファーム〉の厩務員どもは凶悪犯を捕らえたわらわの方が悪者であるかのような目で見やるぞよ」
「……人徳の差だっちゃ」
ふりかえりもせずにこたえるアレストリーナ姫の背中に冷笑が浴びせられた。
「人徳のある者が投獄され、皇国を危機にさらすとは見上げたものじゃ」
「わざわざそんなイヤミを云いにきたのけ、ネブラスカス!?」
アレストリーナ姫はベッドから跳ね起きてアルマイリス皇国第2皇女・ネブラスカスをにらみつけた。しかし、ネブラスカス皇女もアレストリーナ姫に臆することなく冥い瞳でアレストリーナ姫をにらみかえす。
「こたびの暴挙、なにゆえのことじゃ? 中兄さまになにをふきこまれた? きゃつらはなにをたくらんでおる? あらいざらい吐くぞよ」
「……きゃつらってグラゴダダンとアルキメヒトのことだっちゃ? ネブラスカスこそ父さまややつらとつるんで悪だくみしてるんじゃないのけ?」
ききかえすアレストリーナ姫のようすにネブラスカス皇女がヤレヤレと嘆息した。
「父さまやアルキメヒトにたぶらかされてよいように利用されたのかと思えば、なにも考えてはおらなんだか。……まったく、そちは度しがたいほどのたわけじゃな」
「だ、だれがたわけだっちゃ!?」
「アルキメヒトがグラゴダダンと組んで金色召喚牌や人間召喚獣の召喚などと云うアヤしげなことをはじめた時からうさんくさいとうたがっておったぞよ。味方のふりをして油断させ、きゃつらの陰謀をあばくつもりじゃったが、なかなか用心深くて尻尾をつかませなんだ」
〈金色召喚牌〉と云う言葉にアレストリーナ姫が動揺した。
「ネブラス……中姉さまは金色召喚牌が人間の子どもで練成されることを知っていたっちゃ?」
「なん……だと?」
アレストリーナ姫はうつむいたまま言葉を継いだ。
「アルキメヒトは孤児院の子どもたちをグラゴダダンの〈シュピーリ・ファーム〉で金色召喚牌へ練成したり、人間の子どもを素体とした召喚人獣を生みだす研究をしていたっちゃ」
「あな、おぞましや……」
アレストリーナ姫の告白に絶句したネブラスカス皇女がややあって得心した。
「それゆえの暴挙であったか。……そちの気もちもわからぬではないが、軽挙妄動のそしりはまぬがれんぞよ」
「でも中姉さま……」
「だまらんか、この大たわけっ!」
弁解しようと口を開きかけたアレストリーナ姫をネブラスカス皇女が一喝した。
「金色召喚牌を人間の子どもで練成した証拠はどこにあるぞよ!? 人間の子どもを素体とした召喚人獣なるものを生みだす研究の証拠はどこにあるぞよ!?」
「召喚人獣の証拠なら……」
「そちはその研究施設を怒りにまかせて灰燼とせしめたのであろうが! 証拠もなくきゃつらの非道を白日の下にさらすことができると思うたか!? そちはおのれの正しさを愚行で台なしにしたのじゃ!」
いつもは冷淡なネブラスカス皇女が激昂するようすに威圧され、アレストリーナ姫も色をうしなった。思わず語気をあらげたネブラスカス皇女も自制すると口調をあらためて云った。
「そちのせいでアルマイリス皇国はいつグラゴードリス皇国に攻めこまれてもおかしくない状況下にあるぞよ。ノイエルム山脈国境を17爵をはじめとする召喚師たちが警戒にあたっておるが、三角城壊滅の報復と云う大義名分で街が破壊され、人々が死傷するようなことになれば、すべてはそちの責任ぞ」
「さ、三角城の破壊を命じたのはウチじゃないっちゃ。あれはサンドロバルバドスの独断で……」
「光輝たるアルマイリス皇族の召喚師が云いわけとは見苦しい! 恥を知るぞよ!」
ふたたびネブラスカス皇女が一喝した。
「召喚獣を意のままにあやつれぬは召喚師の未熟、召喚師の不始末。まして人語を解する人間召喚獣を律することができぬなぞ、皇族召喚師の風上にもおけぬ3流の証拠ぞよ!」
容赦なく正鵠を射るネブラスカス皇女の言葉にアレストリーナ姫は無言でうなだれるしかなかった。
「そちを保(ヽ)護(ヽ)したことについては箝口令をしいてあるが、おそらく5伯の中にもアルキメヒトの内通者がおろう。じき情報がもれるは必定。おそらく、グラゴダダンはアルキメヒトを人質にそちの身柄ひきわたしを要求してくるはずぞよ。しかし、きゃつらがつるんでおる以上、アルキメヒトがすなおにこちらへもどってくることもあるまい」
「……それじゃ、どうするっちゃ?」
「とにかくギリギリまで知らぬ存ぜぬをつらぬき通すぞよ。その間に金色召喚牌の呪術解析を急ぐ。なんとかきゃつらの弱みをにぎって水面下で交渉できるよう画策するつもりじゃが、どうなるかはわからぬ」
「……ウチはどうなってもいいちゃから、皇国の人たちや子どもたちに累がおよばないようにしてほしいっちゃ」
アレストリーナ姫のしおらしい言葉にネブラスカス皇女が小さく口元をゆがめて笑った。
「皇国の民を救うためならそちのたわけた命なぞどうなってもかまわん。ただし、皇国を救う手札のひとつとしてそちは必要じゃ。そして、わらわにとってはそちも守るべき皇国のかわいい子どものひとりぞよ。できるかぎりのことはしよう。それゆえ最後まであきらめるな」
ネブラスカス皇女は席を立つと、背中でアレストリーナ姫へ云いそえた。
「すぐに夕餉を運ばせよう。しっかり食べて英気をやしなっておくがよい。……きゃつらの非道を正す戦いはまだこれからぞよ」
牢獄をあとにするネブラスカス皇女の背中にアレストリーナ姫が涙をかくして小さくうなづいた。




