第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈14〉
声のトーンが落ちたと思ったら、いきなり朱音さんがオレの胸に自分の顔を押しあてた。
「ア、アカネさん……!?」
いつでも威風堂々の朱音さんの肩が小刻みにふるえていた。朱音さんの瞳からこぼれ落ちる大粒の涙がオレのTシャツの胸をじんわりと濡らしていた。朱音さんは自分の泣き顔を見られたくなかったのだ。
こんな時、やさしく朱音さんの肩を抱いて気の利いたセリフのひとつでも云えればよいのだが、朱音さんの涙に動揺したオレは電信柱のようになすすべもなくたたずむしかなかった。
ただ、オレは朱音さんの口調と涙で直感的に悟っていた。朱音さんもあのガラスの球体の中身を、オレが殺した子どものかわり果てた姿を見ていたのだ。きっと朱音さんはオレの分までオレが殺したあの子のために泣いてくれているのだろう。
とどのつまり、あの時だれがアレストリーナ姫の立場であっても、きっとみんなおなじことをしていたのだ。
オレや朱音さんは云うにおよばず、瑞希や菜々美ちゃんだっておなじ想いだったにちがいない。菜々美ちゃんが〈シュピーリ・ファーム〉の三角城を消し炭にしたのも、やり場のない怒りをぶつけた結果だ。……たぶん。
あれはあれでかなりの問題行動だったわけだが、おそらくあの攻撃で三角城にあった〈ゲート〉はうしなわれているはずだ。これでしばらくはグラゴードリス皇国から地球へアクセスすることもできまい。
「とにかく、まずはアレストリーナ姫を助ける。ゲートリングで地球へつれ還れば、惑星アルマーレの人間はだれも手だしできない。そのあとのことは状況を見て打開策を練る。ジギリスタン皇国も見捨てはしない」
瑞希がめずらしく力のこもった声で宣言した。
顔をふせたままオレから身をはがした朱音さんがカウンターキッチンへ走ると、こちらへ背を向けたまま、カウンターに置いてあったティシューで「ぶひゃひゅ~っ!」と豪快に鼻をかんだ。
朱音さんはそのままキッチンへ入ると、ゴミ箱にティシューを捨てて力のこもったあかるい声で云った。
「そうと決まればお昼ごはんにしよう! 腹が減っては戦さができぬ、ってね! ……あ、ミナトさんも食べていってください!」
キッチンでごそごそお昼ごはんの準備をはじめた朱音さんの姿を横目に見ながら、湊斗さんがオレへささやいた。
「……ボクたち男はどうしたって女の人のバイタリティーにはかなわないけど、女の人の支えになってあげられるのは男だからね。アカネくんとミズキくんをたのむよ」
具体的になにをどうすればよいのかわからなかったけど、オレは湊斗さんの言葉にうなづいた。
朱音さんの用意した昼食は山芋オクラ納豆をシェイクしたネバトロ蕎麦だった。……食のすすまぬ夏バテ防止に最適なスタミナ食ではあるが。
10
アレストリーナ姫はアルマイリス皇国〈アーデル・ファーム〉の地下牢に投獄されていた。
地表へとどく高い天井には換気と採光用の小さな格子窓がついているが、時おり雨が降りこむばかりで地下牢に暗い陰を落としていた。
地下牢と云っても投獄されているのは皇女だ。冷たい石の床には豪奢な厚手の絨毯が敷かれ、天蓋つきのベッドとまではいかないが、シルクでカバーされた最高級のマットレスや枕、ブランケットが運びこまれていた。
アレストリーナ姫が〈アーデル・ファーム〉の居室で使用していた小さな丸テーブルと1脚のイスまで用意されており、丸テーブルの上にはレモン水の入った木製のポットとコップが置かれている。
本来なら丸見えのトイレにも目かくしのカーテンがついていた。ぬれて汚れた服も着替えさせられ、手錠もすでにはずされている。虜囚とは思えぬ高待遇である。
数日ぶりに寝心地のよいベッドへ横たわるアレストリーナ姫の耳に3拍子を刻む快活な足音がこだましてきた。長年、薪や食料の貯蔵庫として使用されてきた地下の石畳をそんな歩調で歩く者はいない。
足音がとまると重い樫の扉がひき開けられた。マリモコウの燭台をかかげもつ人影が扉の外へひかえる厩務員の牢番に下知した。
「わらわがもどるまで上でひかえておれ」
牢番の足音が遠ざかると、マリモコウの燭台をかかげもつ人影が牢番の座る簡素な木のイスをひきずりながら牢獄の通路へ入ってきた。
人影はマリモコウの燭台でアレストリーナ姫の牢獄を照らし、鉄格子の正面に木のイスをすえるとしずかに腰をおろし、美しく長い足を優雅に組んだ。
人影が鉄格子に背を向けて横たわるアレストリーナ姫へ声をかけた。
「皇都〈メアルミノス・ファーム〉にいるそちの召喚獣はすべて没収され、召喚牌を書きかえられたぞよ。放牧されていたG級召喚獣も同様じゃ。もはや、こ(ヽ)ち(ヽ)ら(ヽ)の(ヽ)世(ヽ)界(ヽ)にそちの召喚できる召喚獣はおらぬぞよ」
長年、手塩にかけてきた召喚獣がすべてうばいとられると云うことは、召喚師にとって手足をもがれるようなものだ。しかし、アレストリーナ姫はつらい宣告にも微動だにしなかった。




