第一章 召喚獣のささやかな日常。〈6〉
ようするに、オレと瑞希は幼なじみの腐れ縁でしかない。そのことを七竈さんへわかりやすく説明すると、瑞希が悪意まみれの総括をした。
「……つまり、カオルは私に近親相姦的性欲を抱いている」
「なにをどう要約したらそうなるっ!?」
「恥ズカシイヨ、オニイチャン」
「恥ずかしいのは、その棒読みだ!」
せっかく七竈さんとお近づきになれる百年に一度のチャンス到来と云うのに、瑞希のせいでどんどん変態性欲者のイメージがすりこまれてしまうではないか。
「て云うか、ちょっと待て。おまえ、オレのいないとこでも、そんなヨタ話吹聴しているんじゃあるまいな?」
「案ずるな。胸襟を開いた者の前でしかするつもりはない」
「おまえ、ゼッタイ、人への心の開き方まちがってるから!」
オレたちの不毛なかけあいを聞いていた七竈さんがクスクス笑った。
「水啼鳥さんて実はおもしろい人だったんですね。菜々美、ちょっと安心しました」
「……は? おもしろい? 安心?」
およそ瑞希とは縁のない単語に首をかしげると、七竈さんがつづけた。
「水啼鳥さんて、菜々美とちがって超怜悧な才媛じゃないですか? だから菜々美とかレベル低すぎて相手にしてもらえないと思ってたんです」
七竈さんの云うこともわからんではない。
たとえば、校内に貼りだされる試験の順位は成績上位者30名にかぎられる。オレはもちろん七竈さんの名前も見かけたことはないが、水啼鳥瑞希の名前は常に満点トップの玉座へ君臨している。
実のところ、瑞希の父・水啼鳥湊斗は世界中にその名を知られた天才プログラマーである。
そんな湊斗さんのDNAをうけ継ぎすぎた水啼鳥瑞希は、10歳で世界的権威をもつ科学雑誌に難解な宇宙論が掲載されたこともあるほどの超絶天才女子なのだ。
論文発表後、世界中の名門大学やらNASAなどの研究機関からとび級すらとびこえ、教授あるいは研究者待遇で招聘されたが、
「なんかめんどくさい」
の一言ですべてのさそいを一蹴した。
とどのつまりは「ウチから一番近くて通うのがラク」と云う理由だけで、きわめてふつうレベルのオレとおなじ薬子園高校に通っている。幼なじみとは云え、超絶天才ザンネン美少女の考えることはわからない。
「……だから菜々美、さっき水啼鳥さんにお茶をさそわれて、すごくうれしかったんです」
云われてみれば、瑞希が個人的にクラスメイトとお茶しているなんて、就学以来はじめてのことかもしれない。その舞台がオレんちと云うのも、なかなかシュールな光景だ。
「七竈さんはアヤシイ人にホイホイついていっちゃいけないって教わらなかったかな?」
そうオレがまぜかえすと、
「べつにアヤシくないです」
と七竈さんが応え、
「ヤラシイ人に云われるすじあいはない」
と瑞希にきりかえされた。
「だれがヤラシイ人だ、だれが」
「机の上にこんなものが」
そう云う瑞希の手の中に思いっきり見おぼえのある黒いフラッシュメモリがあった。
ぎっくう! おのれ水啼鳥瑞希! なぜそれがオレのエロ画像コレクションだと知っている!?
「……処分」
瑞希がうしろも見ずに投げ捨てたフラッシュメモリは、みごとな放物線を描いてキッチンカウンターのアクアテラリウム、すなわち観賞用水生植物のレイアウトされた水槽へトプンと小さな音をたてて沈んだ。
ああ、なんてこった! 昔の黒船グラドルも云っていたではないか。処分しないでください、と。
お茶うけのクッキーに手をのばしていた七竈さんが異音に気づいて顔を上げた。
「今なんかヘンな音しました?」
「いいや。なにも」
瑞希はそううそぶいてハーブティーへ口をつけた。
「それと、ナナナカマドさん」
「あの……さっきからずっと「ナ」が1個多いです」
七竈さんのツッコミを意に介さず、瑞希がつづけた。
「私の名字は長くてよびづらかろう? ミズキでよい」
「えっとじゃあ……瑞希ちゃん。菜々美のことも名前でよんでください。菜々美も名字長いし。……あ、もしよかったら香坂くんも」
え? なにそれ超ラッキー! なんかこういきなり七竈さんとの距離がぐっとちぢまった感じ?
オレは小躍りしたくなるほどの喜色をかくしつつ七竈……もとい菜々美ちゃんへ云った。
「じ、じゃあオレのことも香坂くんじゃなくて……」
「みだらなオスブタとよんでよい」
「いや、オレそう云う性癖ないから! 女子にしいたげられて喜ぶ性癖とかないから!」
しかもオスブタって。異世界で世を忍ぶ仮の姿が〈ウサ耳小ブタ(トンカプー)〉であるオレに向かって、なんと云う正鵠を射た一言! ……などと内心感心するのもアホらしく、
「……カオルで」
そうささやいたオレの言葉に菜々美ちゃんが天使の笑顔で応えた。
「うんわかった。みだらなオスブタ。……ウッソ。冗談だってば。カオルくん」
……うっわあ、意外といいかも。
菜々美ちゃんの花澤香菜にも似た甘い声色で「オスブタ」よばわりされるの、思ってたほど悪くなくない? なにこのシビれる恍惚感!? 菜々美ちゃん、オレの新たな扉を開いてくれてありがとう! ワンモア・プリーズ・テルミー・オスブタ!
……なんて云ったら、ソッコーきらわれるだろうな。さすがにその程度の判断力と自制心はうしなっていない。すんでのところでうしないかけたが。
「今後ともよろしくおねがいします、菜々美ちゃん」
「あ、はい! こちらこそよろしくおねがいします」
オレが菜々美ちゃんに深々と頭を下げると、つられて菜々美ちゃんも頭を下げた。こう云うところもすっごくカワイイ。
よもや、こんなカタチであこがれの菜々美ちゃんとお友だちになれるなんて思ってもみなかった。「人間バンジーひもなしはイヤ」もとい「人間万事塞翁が馬」とはよく云ったものだ。
ひどい下痢して召喚獣戦闘でヘタこいて特別強化合宿とか組まされて最低最悪の気分だったのに、今は昇天しそうなほど最高の気分だ。……閑話休題。