第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈9〉
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オレが自分の部屋へ帰還すると、目にとびこんできたのは白いワンピース姿でオレのベッドに腰かけるきびしい表情の瑞希だった。
「なにがあった?」
「え? いや、なにがあったって……」
なんの前置きもアイドリングトークもなくいきなり詰問されたオレはいささか狼狽した。ずっと冥いところにいたせいもあって、窓から射しこむ光がまばゆい。
「私たちが帰還してから2時間経ってもカオルは帰還してこない。アレストリーナ姫からの通信もない。ふたりは無事か?」
「ああ、なんとか。て云うか、ちょっと待て。すぐ説明するから水飲ませてくれ、水」
「わかった」
オレと瑞希が部屋をでると、玄関から朱音さんがもどってきた。
「たっだいま~、ってカオルちゃん!? 今、ナナミン家までおくってきたとこだよ。カオルちゃんもはやく着替えて学校いかなきゃ。夏期講習ギリ間にあうよ」
そう云いながら朱音さんがポケットからだしたスマホの液晶画面には「8時48分」と表示されていた。
「いや。また向こうへもどらなくちゃならないし、あんまり時間もないんです」
「ありゃ、そう? ……ほんじゃ学校へ欠席の連絡入れといてあげる」
朱音さんはスマホを操作して耳にあてると、手の甲でシッシッとオレたちをリビングへ追いたてた。とにかく瑞希と話をしろと云うことだ。いちいちムダがなくて助かる。
オレは水を1杯飲むと、リビングで瑞希へこれまでの経緯を説明した。瑞希たちも〈シュピーリ・ファーム〉で闘っているので、グラゴードリス皇国になんらかの陰謀があり、なんらかの拠点をたたいたことは理解していたが、グラゴダダンとアルマイリス皇国のアルキメヒトが結託していたこと、非人道的な実験がおこなわれていたことを知って眉をひそめた。
「……それにPCゲーム『フェアモン・バトル』の開発者は湊斗さんだったんだ。ゲートリングももっていて地球と惑星アルマーレを行き来していたらしい。瑞希は知ってたのか?」
オレの問いかけに瑞希が頭をふった。
「いいや。ユニークなゲームがあるとミナトが勧めてきたわりにふつうだったから、ミナトの知りあいが関与したゲームなのだろうと高をくくっていた」
あいかわらずの無表情なので感情が読みづらいが、なんか怒っているらしい。
「とにかく湊斗さんに連絡して、惑星アルマーレから『フェアモン・バトル』へアクセスできないようにしてほしい。地球と惑星アルマーレのつながりを断たないと地球の子どもまで実験材料にされかねない」
「わかった。……アルキメヒトが子飼いの人間召喚獣に私たちを地球で襲撃させる可能性もないわけではないしな」
瑞希が剣呑なことをつぶやきながら和室へ自分のスマホをとりにいくと、話の途中からキッチンでなにらやごそごそやっていた朱音さんがきいてきた。
「……で? 今カオルちゃんたちはどこにいるわけ?」
あんたの目の前、と云う質問ではない。惑星アルマーレへのこしたアレストリーナ姫たちの現在位置について、である。
「位置的にはノイエルム山脈の真下ってことになるかな。なんかすっげえ大きな穴が開いてて、グラゴダダンの召喚獣に突き落とされたんだ」
「みんな無事なの?」
「ああ。そしたら奈落の底に未契約の神獣がいて助けてもらった。アレストリーナ姫はその神獣と契約したよ」
「ええええっ!? 未契約の神獣ってなに!? 神獣と契約ってアレストリーナ姫、皇帝クラスの召喚師になったってこと!?」
実力はともかく形式的にはそうなる。今度は神獣グラコロさんとの経緯を朱音さんへ説明すべく、キッチンのカウンターごしに立つと、朱音さんはキッチンでおにぎりをにぎっていた。
「なにしてるんですか?」
「カオルちゃんたちのお弁当。だって私らが帰還してきてから8時間以上経過してるってことは、カオルちゃんたち1日以上なにも食べてないってことじゃん。きっとアレストリーナ姫もマリルンもお腹すかせてるよ」
……なんて気の利くええコや。男子の前でタンポンの話とかするアンポンタンなところはあっても、やっぱりこの人の気配りとかやさしさってすごい。
「……でもそれって、あっちへもっていけますかね?」
オレたちが召喚される時に着ている服とか手にしていたシャーペンとかを惑星アルマーレへもっていったことはない。オレと朱音さんの間を天使が通りすぎて不自然な沈黙が流れた。
「信じる者は救われる。念ずれば通ずって云うじゃない? カオルちゃんが召喚される時に口にでもくわえていればなんとかなるっしょ」
朱音さんが持参したエコバッグをひらひらさせて云った。エコバッグ以上にひらひらと宙を泳ぐ朱音さんの視線からその場しのぎのでまかせであることがわかる。




