第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈5〉
オレも宙を舞ってグラゴダダンの放ったジャケンを迎撃した。マズルカフラッシュで周囲の闇をうきたたせると、視認したジャケンへホウセンカをぶちこむ。細長い蛇体が虚空に跳ねて奈落の底へ消える。
ここがあかるいところであれば、オレも的確にホウセンカでジャケンを撃ちぬけるのだが、一瞬の闇で見えなくなった隙に不規則な動きをされると、オレもすべてのジャケンを追えなくなる。
どこだ!? 見うしなったジャケンの1匹がまりるへおそいかかり、まりるも4本腕で応戦した。宙へ跳ね上がり、まりるの攻撃を間一髪でさけたジャケンがアレストリーナ姫の頭上をとびこえると、オレたちの行く手をさえぎるかのように回廊へフライングボディーアタックした。
「……!?」
オレのウサ耳に不吉な亀裂音がとびこんできた。アレストリーナ姫の足元に亀裂が走ると回廊の一部が崩落した。崩落にまきこまれたアレストリーナ姫とジャケンが深い奈落の底へ呑みこまれていく。
「きゃあああああっ!」
「姫!」
まりるが瞬時に反応して壁面を駆け下りるとジャンプしてアレストリーナ姫の身体へしがみついた。オレも奈落へ炎を吐くと落下するアレストリーナ姫の姿をとらえた。
オレは奈落へ急降下しアレストリーナ姫の足首へとりつくと、なんとか頭を上に向け、たよりない4つ足でアレストリーナ姫の足首をホールドしたまま必死でウサ耳をはばたかせた。
小さな召喚獣のオレではアレストリーナ姫とまりるをかかえたまま宙にうくことはできないが、少しでも落下の衝撃をやわらげようと必死だった。
ただ、想像してほしい。どのくらいで奈落の底へいきつくのかわかっていればそれに応じた力のだし方と云うものがある。しかし、いつ底につくのかわからないベタ黒の空間で、きたるべき衝撃にそなえるのは至難の業だ。
視界の隅でジャケンの戦闘不能する光をとらえたと思ったら、アレストリーナ姫の身体が地面にたたきつけられ、オレはその反動で闇の中へ投げだされた。
とっさのことにうけ身もとれず、なにかどこかで頭を痛打し、オレはあっさり意識をうしなった。
4
……ここはどこだ? 気がつくとオレは漆黒の空間にいた。一瞬、状況がわからず困惑したが、ややあってことの顛末を思いだした。
失神するほどのダメージをうけたのだから戦闘不能してもおかしくないと思うのだが、意外と頑丈なB級召喚獣トンカプーである。
そんなことより、アレストリーナ姫とまりるは無事か!? 炎を吐いてぐるりを照らすと、少しはなれたところに横たわるアレストリーナ姫の足を発見した。
ぐったりと横たわるアレストリーナ姫の後頭部をかばうようにまりるがしがみついていた。まりるも身を挺してアレストリーナ姫を守ろうと必死だったのだ。
おそらく、まりるは地面に激突する瞬間、無意識にシールドをはったのだと思う。その証拠にふたりとも無傷だった。
しかし、アレストリーナ姫もまりるも息をしていなかった。オレは頭の中がまっしろになり、目から涙があふれでてとまらなかった。
……なんだよこれ? どんなバッドエンドだよ? ここはだれも殺さない平和な召喚獣戦闘の世界じゃなかったのかよ? こんなのふたりがかわいそうじゃん。
(……ぴーぴー泣くな、たわけが)
(うるさい! だれがたわけじゃ!?)
……と、うしろをふりかえりツッコんでから気がついた。幻聴である。
暗黒無音の空間に長いこといると幻聴が聞こえてくるとか気がふれるとか云うが、よもやわが身にふりかかるとは。
(だれが幻聴だ、たわけ)
なるほど。幻聴ではなくデンパか。……これもうオレ完全アウトじゃん。こんな奈落の底で気が狂って死んじゃうなんて、どんだけバッドエンドだよ?
(だれがデンパだ、なにがバッドエンドだ。ぶっとばすぞ、たわけ)
(おう、やれるもんならなってみろ! 今のオレさまは空をとぶことだって、神獣ののど笛に噛みついてやることだってできるっつーの! ……でも今はこれが精一杯)
デンパとの脳内会話に自嘲しつつ小さな炎を吐くと、眼前に超巨大なドラゴンの顔がうかび上がった。金色の双眸に炎がきらめく。
(神獣ののど笛に噛みつくとは威勢がよいな。やれるもんならなってみろ、たわけ)
脳内にひびく声と呼応して超巨大なドラゴンが目を細めると生あたたかい鼻息をオレへふきかけた。
ちょ、ちょっと待て。深呼吸して一旦落ちつけオレ。ひょっとして今までオレが脳内で会話した相手って幻聴でもデンパでもなく、伝説のS級召喚獣〈神獣〉?
いやいやないないありえないっ! 神獣ってそれぞれの皇都の地下宮殿に祀られてるって話じゃん!? ここってよくわかんない地下迷宮のドン底だし、オレみたいなB級召喚獣が神獣とお話できるとか聞いたことないしっ! なんかよくわかんないけど……、
(失礼ぶっこいてスイマセンしたっっ!!)
オレは正体不明の神獣に平身低頭謝罪した。ウサ耳小ブタ渾身の土下座である。
このままぷちっと踏み殺されてもやっぱりバッドエンドだな、などと考えていたら神獣ののどがグフッと鳴った。




