第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈4〉
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地下迷宮へもぐると、オレとまりるで10mほど地下通路を崩落させた。まりるが自慢のかぎ爪で天井の岩盤に亀裂を入れ、オレのマズルカフラッシュとホウセンカで爆破した。
これでしばらくはアルキメヒトやグラゴダダンも追ってこられまい。それどころかふたりともショックが大きすぎてしばらく立ちなおれないんじゃないか? と思う。
飼い犬に手を噛まれると云うことわざもあるが、この場合、自業自得、因果応報が適当であろう。グラゴダダンは自分で生みだした召喚人獣に指を斬り落とされてしまったのだ。肉体的にも精神的にも相当な衝撃であろう。
まりるがグラゴダダンの血だまりから拾い上げてきたのは翡翠の指輪だった。
「これは……ゲートリング?」
アレストリーナ姫の言葉にまりるがうなづいた。でかした、まりる! これでやつらはオレたち人間召喚獣を追って地球へくることができなくなる。
オレたちは往路同様サーベルサーバルの背にゆられながら、ようやく一心地ついた気がした。手元にマリモコウがないため、まりるのガイドとサーベルサーバルの残響定位、オレの炎をたよりに漆黒の地下迷宮をすすんでいく。
「なんかつかれて身体がだるいっちゃ」
そりゃおたがいさまと云うところだが、アレストリーナ姫は牢獄で呑んだ赤ワインがぬけていないのだろう。
「姫、まだ油断だめるる。難所のこってるるる」
まりるに云われて思いだした。断崖の回廊か。
「あ~、なんかそんなのあったっちゃね~」
さらにけだるげな口調でアレストリーナ姫がひとりごちた。
「あの断崖をこえたところで休憩するっちゃ~。ウチちょっと横になりたいっちゃ~」
「カオル云ってる。カオルとまりる一旦そこで帰還したいるる」
オレとまりるが帰還してもサーベルサーバルとそい寝すれば暖もとれるし危険はなかろう、と考えたのだが一蹴された。
「だめだっちゃ~。みんなで一緒にきたんだから、帰るのもみんな一緒だっちゃ~」
どう云う理屈じゃ、そりゃ? オレの口からアレストリーナ姫と直接交渉できれば、帰還の権利をもぎとることもできようが、まりるの舌足らずな通訳を介しての交渉ごとはこちらもめんどうくさい。
それにしても、と思う。おそらくはまりるが瑞希の睡眠学習枕(SLP)で言語を習得できたのは元が人間だったからだ。まりる本来の姿は4本腕のモッケイモンキーではなく、地球で見たあのあどけない童女なのだ。
ゲートリングが次元転移の影響をうけないと云うのなら、人間の姿のまま地球から惑星アルマーレへもどり、人間として惑星アルマーレで暮らすこともできるはずだ。
瑞希の父・湊斗さんもゲートリングで地球と惑星アルマーレを行き来していたと云うことは、召喚師が用いるような呪術は必要ないと云うことだ。
湊斗さんも常軌を逸した超絶天才だが、グラゴダダンたちみたいに倫理観の逸脱した人ではない。温和でやさしくてよい人だ。金色召喚牌やゲートリングが非人道的な産物だと知ったら、深くおどろき哀しむにちがいない。
地球へ帰還したら、湊斗さんにいろいろ相談して助力をあおがなければならない。
アルマイリス皇国にアルキメヒト派の皇族があと何人いるかは知らないが、地球との連絡手段を断つ必要がある。惑星アルマーレからPCゲーム『フェアモン・バトル』へアクセスできないようにするのだ。
暗闇の中でそんなことをぐるぐる考えていたら、いつの間にかオレたちは断崖の回廊へときていた。
地下迷宮に噴火口のような巨大な奈落が黒々とひろがっていた。壁づたいに50~60cm幅のたよりない回廊がのびる。
往路同様サーベルサーバルだけ先にいかせて、オレの炎で足元を照らしながらアレストリーナ姫を先導した。まりるはアレストリーナ姫の左手にしがみつき、アレストリーナ姫の重心を絶壁へよせる。
空をとべるオレと身軽なまりるにとってはどうと云うこともないが、アレストリーナ姫が千鳥足で滑落すればまちがいなく死ぬ。
「ちゃは~、なんか最初の時よりこわいっちゃ~、ひざに力が入らないっちゃ~」
アレストリーナ姫が泣き言を云いながら壁へはりつき、カニ歩きでじりじりと回廊をすすむ。いやはやこんな調子ではわたりきるまでどんだけかかるか?
内心辟易していたオレのウサ耳が闇の中でかすかな異音をとらえた。シャスシャスと地を這うような音だ。
「ぴきゃぷっ!」
まりる気をつけろ! オレがトンカプー語でさけんだ刹那、オレたちのきた道から3体の召喚獣が姿をあらわした。B級召喚獣〈スネーキードッグ〉ジャケン。イヌの頭にヘビの身体をもつ長毛の召喚獣だ。
額に黒々と刻印された呪印はグラゴダダンのものだった。あの野郎、戦意喪失するどころか、はなばなしく逆ギレしたらしい。3体のジャケンは壁や回廊をするすると這いより、オレたちへ肉薄した。
「るがるっ!」
まりるが先頭のジャケンへとびかかり、かぎ爪を一閃すると、目元を斬り裂かれたジャケンが、
「キュフン!」
と切ない悲鳴をあげて奈落の底へ落ちていった。おそらく地底へたたきつけられる前に戦闘不能するのだろうが、なかなか戦闘不能の光が見えない。オレが考えるより奈落の底は深いらしい。




