第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈3〉
アレストリーナ姫の命令どおり、灰燼と化した建物のほど近くで眼下へ目を転じると、自分の周囲をB級召喚獣アルマジローナにかためさせ、頭をかかえてうずくまるアルキメヒトのみっともない姿があった。
あれでジギリスタン皇国侵略などと大層なことをのたまっていたのだからおどろきあきれる。しょせんは弱い者いじめしかできない大言壮語の小心者なのだろう。
オレは必死でアレストリーナ姫一行を追った。
轟々(ごうごう)とうなりをあげて燃えさかる三角城の黒々とした影に、オレはアレストリーナ姫一行がグラゴダダンたちの総攻撃をうけているものとかんちがいして肝を冷やした。
しかし、実際はさしたる妨害もなく順調に歩をすすめていた。やっとこさで追いついたオレがシャイニーロプロスにならぶと、シャイニーロプロスがオレヘ向かってウインクした。
え? いやちょっと待て。これって瑞希だよな? ふだん人間の姿では感情の読みにくい瑞希だが、こいつはこいつでお茶目な一面をもっているのかもしれない。
地下迷宮へと通じる古い厩舎が見えた。
「みんなおつかれだっちゃ! あとはウチらでなんとか……」
いつの間にか召喚師あるいは皇女としての心意気をとりもどしたアレストリーナ姫の言葉へかぶせるようにゲスな男の声がひびいた。
「召喚ッ!」
古い厩舎の前へ立ちはだかるように2体のG級召喚獣クンネドラゴンとドロイドラゴンが召喚された。いずれも体長5m級のドラゴンである。
「よくもよくも500年の由緒ある大事な三角城へ火をかけてくれたな! 許さん、許さんぞ、アレストリーナ姫っ!」
召喚獣クンネドラゴンとドロイドラゴンの足元で怨嗟の声がこだました。云うまでもない。グラゴダダンである。待ちぶせしていたのだ。
人間召喚獣であるオレたちはアレストリーナ姫の命令を待たずに戦闘態勢へ移行していた。
サンドロバルバドスの菜々美ちゃんが、前回、地下迷宮で対戦経験のあるクンネドラゴンへ突進すると見るや、オレがマズルカフラッシュでドロイドラゴンの目をくらませ、シャイニーロプロスの瑞希がドロイドラゴンの片目を長くするどいくちばしで刺し貫いた。
「ケギャアアアッ!」
ドロイドラゴンがシャイニーロプロスにつぶされた片目をかばって吼えた。ヘルゴルゴートの朱音さんがドロイドラゴンの片足を石化し、オレがのこる片目にホウセンカをぶちあてた。
すんでのところでまぶたをとじて眼球への直撃を回避したドロイドラゴンだったが、ダメージは少なくない。ちなみに、まぶたではなく瞳をとじるのはユーミンや平井堅の歌と目玉のオヤジだけだ。
視界をうばわれ片足を石化されてバランスをくずしたドロイドラゴンが横ざまに倒れた。おそらく足も折れたはずだ。
菜々美ちゃん……て云うかF級召喚獣サンドロバルバドスは首投げで1ランク上のG級召喚獣クンネドラゴンをひき倒し、マウントポジションで顔面をボコなぐりしていた。
格闘技術をもたない野生のクンネドラゴンは戦闘不能を待たずにほとんど戦意喪失状態である。〈死神ハッピーセブン〉の片鱗をかいま見た気がして首すじが凍った。
クンネドラゴンは戦闘不能寸前。ドロイドラゴンもオレとシャイニーロプロスの瑞希で波状攻撃をつづければ反撃の暇をあたえることなく戦闘不能へと追いこめるだろう。
F級召喚獣を2体も戦闘不能されれば、さすがのグラゴダダンも観念すると高をくくっていたのだが、こいつはオレの想像をななめ上いくゲスだった。
惑星アルマーレの人間であればまったくありえない発想だが、グラゴダダンは背中にかくしもっていた猟銃でヘルゴルゴートの朱音さんにまたがるアレストリーナ姫へひき金をひいた。
だれしも想定外の状況に息をのんだが、考える前にとびだしていたのはもっともフットワークの軽いウサ耳小ブタのB級召喚獣トンカプー、すなわちオレだった。
オレは心ならずも(?)身を挺してアレストリーナ姫へ放たれた凶弾をうけ、地面に転がった。
「カオル!?」
アレストリーナ姫の悲鳴にグラゴダダンが手にしていた猟銃をとり落とした。ふたたび窮鼠猫を噛んだグラゴダダンではあったが、ヤツとてアルキメヒト同様、自分の手を汚してまで子どもたちや召喚獣の命をうばったことはないはずだ。
オレが殺されたと思いこんだ召喚人獣モッケイモンキーまりるの反撃も電光石火だった。まりるは腰をぬかしてへたりこんだグラゴダダンへ突進し、グラゴダダンの右手の指4本を鋭利なかぎ爪で斬り落とした。
「うっぎゃああああああっ!」
キラキラと下品に光る貴金属宝石指輪のはめられた人さし指から小指が地面へ転がった。血のふきだした右手を左手で押さえながら七転八倒するグラゴダダンを尻目に、まりるは自身が斬り落とした指と小さな血だまりの中からなにかを拾いあげてアレストリーナ姫のところへもどってきた。
「バカバカバカバカ! カオル! あんたなにしてるっちゃ!? ……って熱っつう!」
ヘルゴルゴートの背からとび下りてオレのところへ駆けよってきたアレストリーナ姫が涙目でさけんであとずさった。なんかいろいろいそがしい。
こう云う時、B級アクション映画とかだと、背広の内ポケットに分厚い書籍だとか親友の形見の壊れた懐中時計とか稀少な金貨とかが入っていて銃弾を防いでくれているものだが、ウサ耳小ブタのトンカプーに背広の内ポケットとか銃弾を防いでくれるなにかはない。
……なにかはないが、炎をあやつるB級召喚獣の底力をなめてもらっちゃあ困る。
まあ正直、無意識の行動だったのだが、オレは瞬時に体表を高温にしてグラゴダダンの凶弾を蒸発させた。その余熱でアレストリーナ姫はオレに近よれなかったと云うわけだ。見たか、これぞ忍法ヤキブタ!
オレはぴょこたん! と起き上がり、まりるをうながした。
「姫、逃げるるる!」
「アカネ、ミズキ、ナナミ、ここまでサンキューだっちゃ!」
アレストリーナ姫が3枚の金色召喚牌を地面へかざして助太刀の3名を帰還させた。のこるひとりと2匹で古い厩舎から地下迷宮の帰路に就いた。




