第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈2〉
オレはアルキメヒトの逃げた森の奥へ向かって特大のマズルカフラッシュを放った。広範囲に小さな火球が炸裂し、爆発音と煙幕がひろがる。
「アカネ! 撤退るる! 姫、乗せるるる!」
まりるの言葉に4体に増えたランスリカオンを〈石化〉して戦闘不能させたヘルゴルゴートの朱音さんが機敏な動作で身をひるがえした。
アレストリーナ姫がヘルゴルゴートの背中へとび乗ったのを確認すると、オレはガラスの球体へ向きなおった。
球体の中心にうかぶ子どもの顔の黒く落ちくぼんだ眼窩がオレを見すえているように思えた。ドロドロの液体はいまだ燐光を放ちながらぐるぐると撹拌されている。
正直、オレは怖じ気づいた。オレは今からまだ意識のあるこのコに引導をわたさねばならないからだ。……これは殺人だ。
しかし、もうこれ以外このコを救う道はない。これはオレの、オレたちの背負う罪だ。
裏でたくさんの子どもの命がもてあそばれていたことも知らずに、PCゲームの延長のつもりで召喚獣戦闘に興じていたオレたちの罪だ。
アレストリーナ姫だけに背負わせてよい罪ではない。
まして瑞希や朱音さんや菜々美ちゃんに背負わせるわけにはいかない。
だから、オレが背負う。
オレは覚悟を決めるとガラスの球体へ渾身の爆裂火球ホウセンカを放った。ガラスの球体が爆発すると、のこっていた建物全体も激しく誘爆した。
森の中に大きな火柱があがった。
2
森全体をふるわせるすさまじい爆発音にヘルゴルゴートへ騎乗するアレストリーナ姫がぎょっとしてふりかえるも、森の中を東へとひた走るアレストリーナ姫一行からはなにも見えなかった。
アレストリーナ姫一行と併走しながらサンドロバルバドスの菜々美ちゃんはアルキメヒトのドドンパドラゴンと小競りあいをつづけていた。
相手はサンドロバルバドスの菜々美ちゃんよりも頭ひとつ大きなドドンパドラゴンだが、サンドロバルバドスは圧倒的な体術でドドンパドラゴンをボッコボコにしていた。
ウエスタンラリアット。裏投げ。かわず落とし。
「ドラゴン相撲」あらため「ドラゴンプロレス」である。マッチョドラゴン、チョッワンヤーである(意味不明)。
サンドロバルバドスがとどめとばかりに浴びせ蹴り(尻尾バージョン)を決めかけたところでアルキメヒトのドドンパドラゴンが突然帰還した。
爆発にそこそこまきこまれたアルキメヒトが自分の身を守るために別の召喚獣を召喚するためだった。その他4体の召喚獣はヘルゴルゴートに石化され、中途半端に放置されたまま爆発に呑まれて戦闘不能している。
〈安全地帯〉から召喚獣へ指図する召喚獣戦闘しか知らないアルキメヒトにとって、自身が攻撃や爆発にまきこまれる〈戦場〉での召喚獣戦闘など想定外だったはずだ。完全にテンパり、完全にパニクっていた。
三角城に寄宿しているグラゴードリス皇国の召喚師たちも、グラゴダダンから「襲撃だ」と聞かされてはいるものの、なにをすればよいのかわかっていなかった。
召喚獣戦闘は召喚獣同士を闘わせるもので、召喚師を攻撃するものではない。人間に直接危害をくわえると云う概念がないため、敵召喚師を見つけて追うと云う発想すらない。
そもそも遠目に見える召喚師不明の召喚獣たちは三角城を目指していない。危機感をもてと云う方がムリだ。
「だ~っ! この役たたずどもが! おまえらは厩舎で召喚獣の心配でもしているがいい!」
そう吐き捨てたグラゴダダンの云うことをすなおに聞いて、召喚師たちはぞろぞろと厩舎へ移動する。
アレストリーナ姫一行は森をぬけて、大きな岩がおちこちに隆起するひろい草原へでた。三角城を右手にのぞみながら直進すれば地下迷宮へ通じる古い厩舎へとたどりつく。
ドドンパドラゴンが消えて手もちぶさたとなったサンドロバルバドスの菜々美ちゃんがシャイニーロプロスと交戦中だったC級召喚獣プテラノドラキュラを片手で蹴ちらし、いきがけの駄賃とばかりに三角城へサンドロレーザーをお見舞いした。
サンドロレーザーの貫通した三角城がまたたく間に巨大なキャンプファイヤーと化した。召喚師たちが厩舎へ移動していなければまちがいなく死傷者がでていたであろう。
召喚獣が召喚獣戦闘とは無関係なところを破壊する蛮行を目撃したグラゴードリス皇国の召喚師たちはその光景に戦慄した。
いやはや、まったくサンドロバルバドスの菜々美ちゃんは大ざっぱと云うか杜撰と云うか荒っぽいと云うか、とんだイタズラ天使である。……そんなところもすっごくお茶目だゾ!
一方、想定外の爆発にまきこまれ、危うくまるごとこんがりチャーシューになるところだったオレは、身の軽さと空をとべる能力のおかげでなんとか窮地をしのいだ。




