第三章 召喚獣のさんざんな冒険。〈21〉
「……まっこと油断も隙もないイタズラ天使ぜよ」
背後でひびいたクセのある語尾にふりかえると、アルキメヒト殿下が冥い瞳でオレたちの姿を見すえていた。
「牢獄の夜は寒かろうと毛布をもっていけば牢獄はもぬけのから。すでに召喚獣のみならず召喚人獣まで召喚していたとは、みごとにたばかってくれたものぜよ。おまえにさほどの奸智があったとは、さすがのワシも見ぬけんかったぜよ」
「中兄さま! これはなんだっちゃ!? ここでなにをしているっちゃ!?」
「ほたえな、アレストリーナ。これはワシらにとっての必需品を練成している最中ぜよ」
「……必需品?」
「おまえも常日頃、愛用しているではないか。……金色召喚牌ぜよ」
「……!?」
金色召喚牌はオレたち人間召喚獣を召喚する時につかう召喚牌である。オレはただ単に皇族の見栄で金ピカに塗装したものだとばかり思っていたのだが、金色召喚牌の原料が人間の子ども!?
オレはもちろんアレストリーナ姫も相当のショックをうけていた。アレストリーナ姫の腰にゆわえつけられた革製のポシェットには5枚の金色召喚牌が入っている。云わば、それは5人の子どもの命とひきかえにつくられたものだ。
「……召喚獣戦闘のために子どもを殺していたっちゃ? そんなおぞましいことをよくも……」
「殺す……と云うのは人聞きが悪いぜよ。ワシらはだれも殺しておらんぜよ。召喚牌は生きているぜよ」
「……召喚牌は生きている?」
「つくづく無知とは罪ぜよ。アレストリーナ、召喚牌がなにでできているかも知らんがか?」
「……知らないっちゃ」
くやしそうにつぶやくアレストリーナ姫を睥睨しながら、アルキメヒト殿下がヒントを口にした。
「ここへくる途中で見てきたはずぜよ」
一瞬なにを云われたのかわからなかったオレとアレストリーナ姫が同時に思いいたった。
「……ネコ?」
「察しのよい生徒でありがたいぜよ。もともと召喚獣の召喚は召喚師が自分の血で魔法陣を描くことでおこなっていたぜよ。つまり召喚獣の召喚には生命エネルギーが必要不可欠なのぜよ」
「生命エネルギーの代用品として生まれたのが召喚牌だと云うのけ?」
アレストリーナ姫の言葉にアルキメヒト殿下がうなづいた。
「召喚牌1枚につきネコ3匹。これを呪術で練成するぜよ。アレストリーナ、召喚牌の使用限度は?」
「……およそ5年だっちゃ」
「と云うことは、ぜよ。召喚牌になったネコたちはその間、生きているきに」
「そ、そんなの生きているとは云わないっちゃ!」
「ほたえなと云っとるぜよ、アレストリーナ。ワシらは生きるために動物の肉を食う。召喚獣は召喚獣戦闘のみならずワシらの日常生活には欠かせない存在ぜよ。そのための召喚牌にネコが必要でなにが悪いぜよ?」
たしかに、ここまでアルキメヒトの云っていることは正論だ。だからと云って、人間の子どもを金色召喚牌へ練成してよいことにはなるまい。惑星アルマーレの倫理観のみならず地球の倫理観へ照らしてみても、それだけはまちがっている。
しかし、アルキメヒトの瞳からは金色召喚牌に人間の子どもをつかうことにたいするやましさなど微塵も感じとることができなかった。
目の前で子どもが溶けてドロドロになっているおぞましいようすに目をそらすそぶりさえ見せない。
殺人など論外とする地球以上にきびしい倫理観に支配された惑星アルマーレだが「金色召喚牌で命はうばわれていない」「金色召喚牌は召喚獣戦闘や社会に必要不可欠なもの」と云う概念がアルキメヒトに罪悪感を抱かせていなかった。困ったことに本気で悪意がない。
言葉と知恵が足りず思うように反論できないアレストリーナ姫がアルキメヒトを射殺さんばかりににらみつけていた。
「まっこと、なんちゅう目でワシをにらむがか? 人間召喚獣を4体も保持し、金色召喚牌でさんざんっぱら召喚獣戦闘してきたおんしに非難されるいわれはないぜよ。なんなら、おんしがもっとも金色召喚牌の恩恵をうけていることを忘れてはならんぜよ」
「……知っていれば、つかわなかったっちゃ」
「……なにも知ろうとしなかったおんしの無知こそ罪だと云うちょるぜよ。今さら知らなかったと云ってだれが信じるがか? もうわかるぜよ? おんしはワシらと運命をともにするよりほかないきに」
アルキメヒトの言葉にアレストリーナ姫がモッケイモンキーまりるを抱いたままうなだれた。観念した……かのように見えた。
「ワシはいつだっておんしやアルマイリス皇国を一番に考えてきたぜよ。悪いようにはせんきに、ワシを信じてついてくるぜよ」
「……いくつかきいておきたいことがあるっちゃ。このコ、召喚人獣ってなんだっちゃ? ゲートリングってなんだっちゃ? いつから人間召喚獣の召喚とかできるようになったっちゃ?」
アレストリーナ姫の悄然としたつぶやきにアルキメヒトがこたえた。
「ワシの仲間となるおんしにはすべて語り聞かせる必要があるぜよ。ことの起こりは18年前にさかのぼるぜよ」




