第三章 召喚獣のさんざんな冒険。〈20〉
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「……なんかにおいがしないっちゃ?」
これまでは冷たい石の気配しか感じられない無機質な闇の中を歩いてきたのだが、鉄の扉の先へ一歩足を踏み入れたとたん、なんとなく湿っぽい空気が感じられた。
ウサ耳小ブタのトンカプーであるオレにはなじみあるにおいである。召喚獣と云うか動物のにおい、あるいは気配だ。
奥へとつづく通路は大ざっぱに木の板が打ちつけられて立ち入り禁止となっていた。そのわきに上へとつづく階段があったので、いきおいオレたちは階段をのぼる。
地下1階であろうスペースへでた。大きく長い通路の左右にいくつか大きな部屋のあることが扉の数でわかる。
壁面へ等間隔に燭台のくぼみが彫りこまれ、マリモコウがあえかな光を放っていた。だれかが定期的にマリモコウへ水を吸わせていると云うことだ。
扉の向こうからかすかに音が聞こえてきた。耳をすませば聞こえてくるのは『カントリーロード』ではなくネコの鳴き声だ。
アレストリーナ姫が扉についた小さなガラスののぞき窓から中を見ると、暗闇にたくさんのネコが瞳をかがやかせていた。
「ネコがたくさんいるっちゃ。三角城〈シュピーリ・ファーム〉はネコのブリーダーだっちゃ?」
日本では西暦2016年時点で犬よりもネコを飼う人が増えたと聞くが、惑星アルマーレやグラゴードリス皇国でネコブームと云う話は寡聞にして知らない。
また、ネコを素体とした召喚獣もいないことはないだろうが、B級召喚獣以上に進化させるのは膨大な時間を要する。これだけのネコに需要があるとも思えない。
通路の奥には上へとつづく階段があった。階段にほど近い扉の前へさしかかると、アレストリーナ姫に抱かれたモッケイモンキーのまりるが全身の毛を逆立てて小さくふるえた。
「どうしたっちゃ、まりる?」
「まりる、思いだしたるる。まりる、ここから逃げてきたるる」
アレストリーナ姫が扉から中をのぞくと、そこはさっきまでアレストリーナ姫が幽閉されていた牢獄と似たような造りになっていた。ただし、そこにはだれもいなかった。
おびえるまりるにアレストリーナ姫がやさしくささやいた。
「よくわからんがわかったっちゃ。ウチにまるっとまかせておくっちゃ」
「ぴきゃぷぴっ」
大丈夫だ、まりる。オレたちが守ってやる。オレもまりるへそうつたえると、まりるがアレストリーナ姫のふくよかな胸の谷間に顔をうずめた。
あ、いいな~、と場ちがいなことを思いかけてオレは雑念を必死でふりはらった。そのような下心をアレストリーナ姫へ通訳されたら、オレの命は風前の灯火だ。
オレはアレストリーナ姫とまりるを待機させてすばやく階段を駆け上がった。1階の人の有無を確認するためである。
いわばそこは小さな教会を改造した研究所のようなところだった。天井高5mはあろうかと云う三角屋根の上部に採光と換気をかねた窓があり、壁面は白い大理石でおおわれていた。
壁際のぐるりを囲むのは連結された大小さまざまな円形のガラス槽だった。教会なら祭壇のあるところにひときわ大きな円形のガラス槽があり、その手前には小さなうけ皿のようなものが設置されていた。
室内の隅に置かれたカートには召喚牌がならべられていた。ここは召喚牌工場なのかもしれない。
「召喚牌、どうやってつくるるる?」
まりるを介してオレの抱いた素朴な疑問をぶつけてみたが、アレストリーナ姫からかえってきたのはにべもない返事だった。
「知らないっちゃ」
……まあ、オレだってスマートフォンのつくり方とか仕組みとか説明しろと云われてもムリだし、どこでつくっているのかも知らない。つかい方さえ知っていれば不便はないこととおなじか。
「召喚牌の製造販売は皇族の専売特許で工場の場所すら秘匿されているっちゃ」
アレストリーナ姫が補足した。自分だけが無知なのではないと云うアピールのようだが、一般人ならともかく一応仮にも皇族のはしくれであるあんたなら知っておくべきだろ? と思わぬこともない。
「るーっ、るーっ!」
突然、まりるが部屋の奥を指さして鳴きだした。
「どうしたっちゃ? なにがあるっちゃ?」
ガラス槽の奥へかくれるように小さな扉があった。木製の簡素なものだ。ガラス槽の裏へまわって扉を開けると、そこにもうひとつ大きな部屋があった。
ぐるりを大小さまざまな円形のガラス槽がとりまいているところは前室とかわらなかったが、部屋の中央に大きなガラスの球体があった。
「……これは、一体?」
オレたちは眼前の光景に絶句した。
ガラスの球体はほのかに赤く発光し、その中はドロドロの液体で満たされていた。ドロドロの液体は球体の中で撹拌されているのだが、その中心で微動だにしていないものがあった。
眼窩の黒く落ちくぼんだ子どもの顔である。
撹拌されているドロドロの液体をよく見ると、溶けかかった内臓や小さな指と思しきものがただよっていた。子どもが呪術によって溶かされている!?




