第三章 召喚獣のさんざんな冒険。〈19〉
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地下1階の食糧貯蔵庫を勝手にあさって一応の空腹をしのいだオレとまりるはあまり時間をかけずにアレストリーナ姫の牢獄へと急いだ。
命の危険がないとは云え、いささか心細い想いをしているのではなかろうか? と多少は心配していたのだが、まりるが牢獄へつづく扉を開けても、アレストリーナ姫のいるはずの牢獄からはなんの反応もなかった。
まさか実兄が妹を手にかけるとは思っていなかったので、あわてたオレはアレストリーナ姫の牢獄へ駆けよると、小さな炎を吐いて牢獄の中を照らしだした。
オレの目にとびこんできたのは想定外の光景だった。ベッドへ腰かけ、壁に背をもたれて微動だにしない全裸のアレストリーナ姫だった。
……否。目をこらすと胸が上気していた。服を腰まで下ろした姿勢のまま寝てしまったらしい。
腰まわりはなんとか布地でガードされていたものの、それ以外はすっぽんぽんだった。全裸ではなくほぼ全裸である。お詫びして訂正させていただく。
て云うか、どうして敵陣の牢獄で服を脱ぎかけたまま、ぐ~すか寝ていられるわけ!?
いろんなにおいがまざっていてわかりにくかったのだが、アレストリーナ姫の足元には空になった皿とビンが転がっていた。アルキメヒト殿下がさし入れた飲み物はブドウジュースではなく赤ワインだったらしい。未成年に赤ワインはダメだろ? 兄妹そろってどんだけマヌケだ!?
赤ワインを空にしたアレストリーナ姫は身体がほてったのか、服を脱いでいる途中で酔って寝てしまった可能性が高い。オレはまりるに牢獄のカギを開けてアレストリーナ姫を起こすよう命じた。
まりるが「びびびびん!」と、水木しげるばりの描写でアレストリーナ姫の頬をたたいて目をさまさせた。
「う……ん、なんだっちゃ?」
「姫、寒くないるる?」
「ここはどこだっ……ちゃ!?」
どうやらアレストリーナ姫が自分の置かれた状況を思いだしたらしい。しかし、自分が半裸である理由には思いいたらないようだ。
「姫、ワイン呑んだるる」
オレの説明をまりるが通訳した。
「それで身体が熱っつくなって服を脱いだっちゃね……」
「カオル、もっとあかるいところでじっくり見たかった、云ってるるる」
暗闇の中でオレの気配に気づいたアレストリーナ姫がもろだしだった胸を手でかくしてさけんだ。
「こっ、このエロブタ! どこにいるっちゃ!? こっち見てたら承知しないっちゃ!」
まりるがオレの冗談(でもないが)までつたえた。
うしろを向いてミニのドレスを着なおし、まりるから召喚牌の入ったポシェットをうけとったアレストリーナ姫が長い髪を跳ね上げながらこちらへふりかえってドスのきいた声でささやいた。
「カオル、あんたあとでフルボッコの刑だっちゃからね」
アレストリーナ姫の誤解(でもないが)を解こうにも、トンカプーの姿では直接弁解もできやしない。オレはなんとかアレストリーナ姫の怒りの矛先をかわすべく、まりるを介して矢継ぎばやに質問した。
「朝までしか時間ないるる。召喚人獣、ゲートリング、なんのことるる?」
まりるを抱きかかえて牢獄からでてきたアレストリーナ姫が首をかしげた。
「召喚人獣? ゲートリング? 聞いたことないっちゃ」
アレストリーナ姫の反芻した言葉に今度はまりる自身が反応した。
「ゲートリング、これるる」
まりるが自分の尻尾のつけ根についた翡翠の小さなリングを指さした。人間の姿の時は左足首のアンクレットだったものだ。
「まりる、それはなんだっちゃ?」
「知らないるる」
アレストリーナ姫がまりるのゲートリングを指でなぞるが特に反応はない。
たしか、グラゴダダンは「召喚人獣モッケイモンキーはゲートリングのつかい方を知らない」と云っていた。これ以上まりるになにかきいても時間を浪費するだけだ。
オレは時おり小さく炎を吐いて周囲を照らし、牢獄室から右へと曲がる通路へアレストリーナ姫たちを先導した。さっきアルキメヒト殿下がオレたちを通過させたと云うことは、そっちになにかあると云うことだ。オレたちは長くのびる通路の果てへ急いだ。
その通路はあきらかに三角城から別のどこかへとつながっていた。オレの脳裏に描いた地図が正しければ、三角城の北西へ位置する森の中だ。
通路のつきあたりにまた扉があった。重そうなひき戸の鉄の扉でカギがかかっていた。オレの炎攻撃で溶かすしかないか? と身がまえたら、まりるが自ら志願した。
「まりるにまかせるるる」
まりるの言葉にオレとアレストリーナ姫は内心おどろいた。ふつうの召喚獣なら召喚師の命令がないかぎり自分からでしゃばることはない。瑞希の睡眠学習枕(SLP)によって人語を学習したためか、まりるが召喚人獣とよばれる存在のためかは判然としない。
「よろしくだっちゃ」
アレストリーナ姫が胸に抱いていたまりるの手をゆるめると、まりるが鉄の扉へ向かってジャンプし、するどいかぎ爪をもつ4本腕を一閃した。
13代石川五右衛門のような斬撃で鉄の扉が中央から斬り裂かれた。「また、つまらんものを斬ってしまったるる」とか云いそうだが、まだこのギャグはおぼえていない。いずれおぼえさせようと思う。
重い音をたてて床へ落ちた鉄の扉を踏みこえて、オレたちは秘密の深奥へと歩をすすめた。
オレたちが暗惨たる真実に直面するまでさほど時間はかからなかった。




