第三章 召喚獣のさんざんな冒険。〈18〉
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今さらながらの話ではあるが、ここにまりるがいてくれて本当に助かった。
手先の器用な召喚獣のおかげでオレ1匹なら難儀したであろう数々のミッションを楽々とこなしてくれたからだ。
ウサ耳小ブタの姿では扉やカギを開けるだけでも一苦労だが、4本腕のモッケイモンキーまりるにはお茶の子さいさいである。
煌々(こうこう)とあかりのついたアルキメヒト殿下の居室へ忍びこみ、アレストリーナ姫の小さなバックパックから召喚牌の入ったポシェットをやすやすとゲットした。まりるがポシェットをバックパックのように背負う。
オレたちが1階への階段にほど近い貴賓室と天井の隙間で息をひそめていると、アルキメヒト殿下が階段をのぼってきた。アルキメヒト殿下が自室ではなく別の部屋へ足を向けたので、オレはまりるに「待て」と命じてアルキメヒト殿下をひとりで追った。
アルキメヒト殿下は階段から一番遠い部屋のよび鈴をひいた。しばらくしてなんの反応もなかったのでもう一度よび鈴をひくと、ようやく扉が開いた。
「今、何時だと思っている?」
ナイトキャップにポンチョのような寝巻姿のグラゴダダンが不快感もあらわにつぶやいた。
「お休みのところ大変申しわけないぜよ。しかし、火急の用件じゃきに。……アレストリーナが侵入したぜよ」
「アレストリーナ姫が!?」
思わず大きな声をだしたグラゴダダンが周囲をきょろきょろと見まわすとアルキメヒト殿下を中へまねき入れた。オレは部屋の天井へとびうつるとウサ耳をそばだてた。人間召喚獣の耳はだてじゃない。
「姫はなにをさぐりにきた? 今どこにおる?」
「召喚人獣モッケイモンキーと人間召喚獣の秘密のようぜよ。ただし、まだなにも知らんぜよ。ワシがだまして地下の牢獄へ幽閉したきに」
「ふふん。姫のくやしがる顔をおがみにいこうか?」
「捨ておけ。噛みつかれてもしらんぜよ?」
アルキメヒト殿下の冗談にグラゴダダンが身ぶるいした。たしかに今のアレストリーナ姫ならやりかねまい。
「アレストリーナにカンづかれたことで状況は逼迫しているぜよ。アレストリーナの失踪でアルマイリス皇国議会が動きだせばワシらの状況は不利になるぜよ」
「で、殿下の才覚でなんとかならんのか? 姫が『グラスゴルレリウス杯』の下見でこちらへきたとかなんとか」
『グラスゴルレリウス杯』とは、アレストリーナ姫も参加するつもりでいた3年に一度の地下迷宮競技の国際大会のことだ。
「……さすがのアレストリーナも無断で国外へでるほどおてんばではないぜよ。中途半端に一本気だから問題なのぜよ」
さすがは実兄、云い得て妙。我が飼主・アレストリーナ姫はアホなくせに硬派だからよくも悪くも始末が悪い。
「ジギリスタン皇国侵略計画を前倒しする必要があるぜよ。人間召喚獣と召喚人獣はどうなっているがか?」
「地球での召喚獣戦闘で、ゲートリングさえあれば惑星アルマーレでも人間召喚獣を使役できる目星はついた。ゲートリングが量産できれば人間召喚獣なぞいなくともC~D級の人間召喚獣をそろえることはできよう。召喚人獣もつかい捨てでよければ4体はなんとかなる」
「侵略の要はゲートリングか。金色召喚牌は何枚用意できているがか?」
「たしか28枚だったと思う」
「ゲートリングひとつ分にも足りぬぜよ。最低でも6つはほしいところぜよ。……子どもはこちらの方でもでなんとかするぜよ」
「早々におたのみ申す」
グラゴダダンが殊勝なようすでアルキメヒト殿下に頭を下げた。
ゲートリング? 子ども? オレは聞きおぼえのない言葉に首をかしげた。
「召喚人獣モッケイモンキーはどうするがか?」
「アレはイレギュラーで生まれた唯一の成功例だ。稀少な実験体なので野放しのままと云うわけにはいかん」
「アレストリーナの話だとモッケイモンキーはまだ地球にいるぜよ」
「地球の〈ゲート〉からほど遠くないところにモッケイモンキーがいたのは僥倖だったが、どうやら姫の飼ってる人間召喚獣にかくまわれていようだ。人間の姿で召喚人獣の能力が発現している以上、捕獲計画も考えなおさねばならん。頭の痛い問題だが……姫の召喚牌はどうした?」
「ちゃんととりあげてあるぜよ」
「召喚人獣はゲートリングのつかい方を知らん。ジギリスタン皇国侵略がおわるまでは姫の人間召喚獣にあずけておくさ。姫のことは殿下にまかせてもよいか?」
「うむ。明日の朝には子どもの手配もするきに。おんしは人間召喚獣の強化とゲートリングを準備を急ぐぜよ」
「わかった。それではまた明日」
グラゴダダンとの悪だくみをおえたアルキメヒト殿下が自室へ下がった。云ってることはよくわからなかったが、やつらがまるっと油断していることはありがたい。
朝まではまだ間がある。オレはまりるをともなってふたたび地下へ下りた。




