第三章 召喚獣のさんざんな冒険。〈17〉
「ジギリスタン皇国を侵略すればアルマイリス皇国はグラゴードリス皇国に匹敵する領土をもつぜよ。キルリーク大陸が二分されれば国力や召喚師の質は拮抗し、たがいに切磋琢磨することができるぜよ」
「ちょっと待つっちゃ、中兄さま。グラゴードリス皇国がアルマイリス皇国へ手を貸すメリットはなんだっちゃ? 中兄さまの理屈ならグラゴードリス皇国が自分たちをおびやかすかもしれないアルマイリス皇国に手を貸すはずがないっちゃ。きっと共倒れをねらってるっちゃ! 中兄さまはだまされているっちゃ!」
アレストリーナ姫の反駁にアルキメヒト殿下がくちびるをゆがめて笑った。
「グラゴードリス皇国にも利はあるぜよ。ジギリスタン皇国侵略の見かえりにやつらがのぞんでいるものはバレンリトナ鉱山の採掘権ぜよ」
「バレンリトナ鉱山……ジギリスタン皇国最良の宝石鉱山だっちゃね」
「グラゴードリス皇国の皇族どもが貴金属好きなのは周知のことぜよ」
グラゴダダンが両手両腕にキンキラキンのアクセサリーをつけていたのは宮廷文化の影響か。なんて悪趣味な。
「とくに現グラゴードリス皇后ジュリアーナル妃がバレンリトナ鉱山のイエローダイヤモンドにご執心でな。ワシらとしてもバレンリトナ鉱山の採掘権とひきかえにジギリスタン皇国の領土が手に入るなら悪いとりひきではないぜよ」
利害関係は一致しているそうだ。あくまで「とらぬタヌキの皮算用」とは云え、そんなところまで話がすすんでいたとは思わなかった。アレストリーナ姫もアルマイリス皇国の陰謀にショックをうけていた。
「……そんなの、まちがってるっちゃ」
うつむいたままこぶしで鉄格子をたたくアレストリーナ姫にアルキメヒト殿下がやさしい口調で云った。
「まっこと意固地なワシの天使よ。強者が弱者を駆逐するのはぜったいの真理ぜよ。強者が弱者をたばね、弱者が強者を希求するのもこれまたぜったいの真理ぜよ。ワシら強者は強者としてのつとめをはたさねばならんきに」
アレストリーナ姫はアルキメヒト殿下の言葉に応えず無言でゆっくりと鉄格子をたたきつづける。
「ジギリスタンの民も凡庸な皇帝より偉大な英雄を待っているはずぜよ。おんしも召喚獣戦闘『ヴァーデルン杯』の闘技場で民衆の大歓声を耳にしたぜよ? あれが英雄を待つ歓声ぜよ。マルドゥガナ姫ではなくおんしを待つ歓声ぜよ」
「……ぜったい、ちがうっちゃ」
「おんしがあそこで勝利しておれば、無敵のアルマイリス皇国を民衆にアピールし、ジギリスタン皇国侵略の精神的橋頭堡となっていたきに」
その敗戦を〈ヴァーデルンの屈辱〉とよぶ。その原因をトンカプーとよぶ。すなわちオレ。
「……ウチはずっと中兄さまを尊敬してきたっちゃ。中兄さまみたいな強い召喚師になりたいと思っていたっちゃ。でもそれはまちがってたっちゃ。中兄さまはゲスだっちゃ。銭ゲバだっちゃ。恥だっちゃ。召喚師の風上にもおけないクズだっちゃ」
なんとかアレストリーナ姫の懐柔をこころみていたアルキメヒト殿下だったが、おそらくははじめて最愛(?)の妹に浴びせかけられた罵詈雑言にキレた。
「ワシがクズじゃと!? ワシがクズならおんしはなんぜよ!? 人間召喚獣ば云う「反則」で実力以上の勝利をおさめてきた三流召喚師にゲスじゃクズじゃとののしられるいわれはないぜよ!」
……人間召喚獣が「反則」!? なるほど、たしかに云われてみれば「正体は人間」であることをかくして召喚獣戦闘しているオレたちの存在は反則っぽくないこともない。
しかし、人間召喚獣だからと云ってふつうの召喚獣より攻撃力や守備力が高いとか云うことはないし、人間召喚獣だって負けることはある。〈ヴァーデルンの屈辱〉のオレがよい例だ。……いや、ここは悪い例と云うべきか?
「少し頭を冷やして考えなおすぜよ。そうすればワシの言葉が正しいことを理解できるきに」
アルキメヒト殿下はそう云いのこすとランプの中のマリモコウを小さくちぎって看守の机の上に置き、牢獄の扉を閉めてでていった。あえかな光がぼんやりと机の上にうかぶ。
牢獄の壁際にすえられた板敷のベッドへ力なく座りこんだアレストリーナ姫の前にオレとまりるが下り立った。
オレたちの影に気づいたアレストリーナ姫が目をまるくした。
「そう云えば、あんたたちがいたこと忘れてたっちゃ」
さっき召喚牌の入ったポシェットがないふりをしたと思ったら、芝居じゃなくてマジだったのか。……まったくこのスカタン三流召喚師が。
「さっさとウチをここからだすっちゃ」
悄然とした口調でつぶやくアレストリーナ姫へまりるがオレの言葉を通訳した。
「召喚牌とりかえしてくるるる。姫それまで待つるる」
「……勝手にするっちゃ」
片手で顔をおおい、ふてくされたアレストリーナ姫をのこしてオレとまりるも牢獄をでた。アルキメヒト殿下の云い草ではないが、アレストリーナ姫にはひとりで落ちつく時間が必要だ。
通路はおそろしいほどまっ暗だった。耳をすますとアルキメヒト殿下の階段をのぼる靴音につづいて重々しい扉の開閉する音が聞こえた。
完全に沈黙したのを見計らって、まりるを背中に乗せたオレは鼻から小刻みに吐く炎で暗闇をともしながら、慎重にワイン倉への階段をのぼった。もっと迅速に行動したかったのだが、思ったより手間どった。
ワイン倉への扉を内側から開く装置をさがしていると、突然扉が開いた。扉と壁にはさまりかけたオレがあわてて宙にうき、オレの身体へ長い尻尾をまきつけたまりるが壁の隙間に手をかけてなんとか天井へはりつく。
アルキメヒト殿下が食料を乗せた皿を手にもどってきた。貯蔵庫で調達したありあわせのものらしく、パン、チーズ、ソーセージ、りんごと云う未調理のものばかりだ。飲み物の入ったビンも小脇にはさんでいた。アレストリーナ姫が空腹と云う話をおぼえていたのだろう。
人に危害をくわえることのないお国柄ならぬお星柄なので、アルキメヒト殿下がアレストリーナ姫へ毒をもるような心配はあるまい。
オレとしては牢獄へひとりとりのこされるアレストリーナ姫にかまけて一旦見うしなったアルキメヒト殿下のいき先がわかってラッキーだった。アルキメヒト殿下が自分の居室へもどってくるまでの時間におおよその見当がつく。
オレとまりるはひそかにアルキメヒト殿下の頭上を通りぬけ、一目散にアルキメヒト殿下の居室へ向かった。




