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第三章 召喚獣のさんざんな冒険。〈13〉

挿絵(By みてみん)


 天井の木戸から地上へ上がると細くて短い通路の端へでた。高い天井に大きな(はり)、ぐるりをとりかこむ漆喰壁(しっくいへき)から察するに、召喚獣(フェアモン)用の古い厩舎(きゅうしゃ)であるらしい。


 オレたちがいるのは厩舎(きゅうしゃ)内へTの字に配された通路の一番端にあたる。


 秘密の木戸へつづく細い通路をおおいかくすかのように、ななめにたてかけられた材木の足元をくぐると、召喚獣(フェアモン)用に区画されたところどころに、大きな石や材木、(たる)やら(まき)やら大工道具やらさまざまなものがよりわけられ、うず高くつまれていた。古い厩舎(きゅうしゃ)を再利用した城外の資材置き場と云ったところか。


 厩舎(きゅうしゃ)の外へでると、大きな岩がおちこちに隆起する草原と森と満天の星空がひろがっていた。


 (くら)いと云う点では地下迷宮(ダンジョン)とかわらないが、閉塞(へいそく)感と圧迫感の強い地下迷宮(ダンジョン)にくらべると断然こちらの方が心地よい。肺にしみわたる空気がうまい。


緯度的にはアルマイリス皇国の〈アーデル・ファーム〉とおなじはずだが、ずいぶんと風景のちがうことにおどろいた。


 周囲を見わたすと、夜空の向こうに峻厳(しゅんげん)なノイエルム山脈のシルエットが黒々とそびえていた。オレたちはあの真下を踏破してきたのだ。


「あれがグラゴダダン〈シュピーリ・ファーム〉の三角城だっちゃ。まずはあそこへ忍びこんで、留学中のアルキメヒト中兄(なかにい)さまと合流するっちゃ」


 岩陰に身をひそめてつぶやいたアレストリーナ姫の視線の先に船底をひっくりかえしたような巨大な三角形のシルエットが屹立(きつりつ)していた。


 三角城の窓からちらほらともれるあかりからかんがみるに、4~5階建ての建造物であるらしい。屋根の勾配がきついため、実質はさらに高い。豪雪地帯仕様なのだそうだ。


 防風(雪)林の陰から厩舎(きゅうしゃ)のようなものも見えかくれしていた。〈アーデル・ファーム〉以上のキャパと云ってよい。


 これがキルリーク大陸最大の領土をほこるグラゴードリス皇国か、と思った。


 グラゴードリス皇国初代皇帝グラスゴルレリウスは、またの名を〈双竜帝〉グラスゴルレリウスと云う。本来であれば、1体ですら使役するのがむずかしいS級召喚獣(フェアモン)〈神獣〉を2体使役していたことから〈双竜帝〉とたたえられた。


 現在、グラゴードリス皇国に神獣は1体しかいない。そのため〈双竜帝〉はあくまで伝説の域をでないが、そうたたえられるほど偉大な召喚師であったらしい。


 三角城の黒い影にまりるが身ぶるいしておびえた。


「まりる、あそこ、こわいるる」


 アレストリーナ姫が小さなまりるをやさしく抱き上げて云った。


「安心するっちゃ。なにがあってもウチらがおまえを守るっちゃ」


「ぷきぴゅっ」


 オレたちがついてるから心配すんな。そうつたえるとまりるの瞳にほんの少しだけ光が宿った。アレストリーナ姫がまりるを胸に抱きしめながら移動を開始した。



     8



 人間同士が殺傷しあうことを極端に忌避(きひ)する惑星アルマーレの人々ではあるが、空き巣などの犯罪がないわけではない。


 それでも三角城の警備はないに等しかった。召喚獣(フェアモン)の住まう厩舎(きゅうしゃ)の四隅には大きなマリモコウの燭台(しょくだい)をともし、さすまたをたずさえた厩務員(きゅうむいん)(番人)が巡回しているらしかったが、三角城の周囲にはマリモコウのあかりすらない。戦争はおろかテロと云う概念(がいねん)すらないのだから、よくも悪くものんびりしたものである。


 オレたちのでてきた古い厩舎(きゅうしゃ)は三角城の裏手に位置したため、おのずと三角城の背後から接近することとなる。


 おどろいたことに三角城は木造建築だった。ぐるりに(まき)のうず高くつまれた1階部分だけが石造りで、それより上は完全に木造である。そんなところもアルマイリス皇国やジギリスタン皇国とは異なる(もっともこれまでオレの見てきたところは都市部の召喚獣戦闘(フェアモン・バトル)闘技場(コロッセオ)周辺にかぎられるが)。


「どこから入るるる?」


 オレの疑問をまりる経由でつたえるとアレストリーナ姫が不敵な笑みをうかべた。


「ちゃんと用意はしてあるっちゃ」


 アレストリーナ姫が小さなバックパックから時代錯誤な道具をとりだした。みつまたの鉄製かぎ爪が先端についたロープである。


 アレストリーナ姫がかぎ爪のついたロープをぶんぶんとふりまわしながら得意気に云った。


「ウチの華麗な美技に刮目(かつもく)するっちゃ!」


 かぎ爪のついたロープを開いている2階の窓枠(まどわく)へひっかけてよじのぼる魂胆(こんたん)だったようだが、自身の運動能力についての学習をおこたっていたらしい。


 ていっ! と放ったかぎ爪のついたロープはひょろひょろとたよりない放物線を描いて三角城の外壁へあたることすらなく地に落ちた。


「おかしいっちゃね。……ていっ!」


 ひゅるるるるる……どさっ。


「ていっ!」


 ひょろろろろろ……どさっ。


「てていていていっ!」


……どさっ。どさっ。どさっ。


 アレストリーナ姫が幾度もかぎ爪のついたロープを宙に放つが結果はかわらなかった。オレたちの間に気まずい沈黙が下りる。


「……カオル」


 耳を赤くそめて顔をそむけたアレストリーナ姫がロープのかぎ爪をオレへたくした。オレはヤレヤレと云う気分でかぎ爪をくわえると空をとび、たまさか格子戸の開いていた2階の窓枠(まどわく)へかぎ爪をひっかけた。

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