第一章 召喚獣のささやかな日常。〈4〉
皇国内で爵位を競ってあらそわれるトップクラスの召喚獣戦闘『麒龍杯』で闘う召喚師ともなれば、平均して20体ほどの召喚獣を保持している。
一般の召喚師がそれだけの召喚獣を保持するのはむずかしい。しかし『麒龍杯』で爵位を得れば、皇国直属の召喚師として給金と広大な領土(すなわち牧場)があたえられる。
そして爵位をもつ召喚師だけが皇国代表として召喚獣戦闘の国際大会へ出場できる。いわば、爵位を得ることが一般召喚師の夢であり、目標なのだ。
皇国直属の召喚師には、公爵・伯爵・士爵とよばれる3段階の爵位がある。
それぞれの皇国によって爵位をもつ召喚師の人数はさまざまだが、アルマイリス皇国では〈3公・5伯・9士〉の17爵と、その頂点に君臨する皇帝アルマロドス2世がいる。
もっとも、アルマイリス皇国の皇帝は「君臨すれど統治せず」である。皇帝はあくまで皇国の象徴であり、召喚獣戦闘と云う神事を統べる長である。日本の天皇制にも似た感じで、こう云うのを立憲君主制と云うらしい。
皇国の礎を築いた皇帝の権威を具現化しているのが〈神獣〉とよばれるS級召喚獣である。
神獣の寿命は数千年とも云われており、皇帝が何代にもわたって守り育ててきた神獣は一般的なG級召喚獣のレベルをはるかに凌駕する。
G級召喚獣が戦車だとしたら、神獣は大陸間弾道ミサイルのようなものだ。神獣で召喚獣戦闘をするような事態があれば、核戦争レベルの終末的壊滅的状況におちいるとのこと。
実際問題、皇帝といえども、神獣は召喚牌で召喚獣として隷属させるだけで精一杯だと云う。皇帝は強大になりすぎた神獣の安全装置の役目も担っている。
皇帝の血をひく人間が、代々うけ継いできた神獣と相性のよいことは自明だが、それだけでは皇帝になれない。
ある程度、と云うより超一流の召喚師でなければ神獣を隷属させることはできない。「皇家出身」と云うだけで愚昧でも安楽に世襲できるほど皇帝の地位は甘くない。
たとえば、アルマイリス皇国の現皇帝アルマロドス2世には8人の子ども(3皇子5皇女)がいるものの皇位継承に優先順位はない。
もっとも優秀な召喚師、云いかえれば、神獣に選ばれた者だけが皇帝になれる。
第1皇女クルルアマンはどこぞの第1皇子と婚約しているため、皇位継承権を放棄しているそうだが、のこるアルマイリス皇国の3皇子4皇女たちは超一流の召喚師(すなわち皇帝)になるべく日々研鑽をつみ、切磋琢磨している。
アルマイリス皇国第3皇女である我が飼主・アレストリーナ姫(17)にだって次期皇帝の可能性はある。
オレよりふたつ歳上(学年で云うとひとつ上)のアレストリーナ姫は、幼い頃から召喚獣戦闘の英才教育をみっちりうけているだけあって、若手召喚師の中ではなかなかの腕だ。
しかし、PCゲーム『フェアモン・バトル』で〈灼撃のカオル〉と謳われた元トップ召喚師のオレに云わせれば、次期皇帝の座はおろか召喚師としてもまだまだである。
……とまあ、こんなコトを云っていたのがアレストリーナ姫にバレたら百たたき(フルボッコ)の刑は確実なので、くれぐれも告げ口などせぬように。
4
オレがシャワーを浴びていると、浴室のくもり戸ごしに開けっぱなしだった洗面脱衣所のひき戸がガラガラと音をたてて閉まるのが見えた。
となりに住む幼なじみのクラスメイトが高校を病欠していたオレのようすを見にきたらしい。生まれた時からのつきあいなのでオレの親が合鍵をあずけている。
こんな中途半端な時間にウチへくるとは思っていなかったので油断した。替えの下着は部屋へもどらないとない。身体を拭いたオレは紺色のバスタオルを腰にまきつけると洗面脱衣所をでた。
「そんな格好でこっちへくるな。ちゃんと着替えてこい。後悔するぞ」
おそらくはリビングの窓を開けて部屋の換気をはじめた幼なじみが、メガネを鼻梁へ押し上げながら廊下ごしにオレの姿を見とがめて云った。
「なんだよ後悔って? オレはのどが渇いているのだ」
幼なじみの意味不明な忠告を無視してリビングへ入ると、こちらへ背を向けてソファーに座っていたもうひとりのだれかがふりかえって会釈した。
「お、おじゃましてます、香坂くん。身体の具合はどう……って、きゃっ!」
「……な、ななかまどさんっ!?」
完全想定外の人物登場に狼狽したオレのあられもない姿に相手も狼狽した。
ソファーへちょこんと腰かけていたのは、ふわりと波うつ栗色の髪が肩にかかる癒やし系ほんわか美少女だった。
1年生(FJK)にして『お嫁さんにしたい女子ランキング1位』『彼女にしたい女子ランキング1位』の2冠を制する薬子園高校のマドンナ、クラスメイトの七竈菜々美である。
クラスメイトと云うアドバンテージを駆使して常日頃からお近づきになりたいとねがっていたものの、不器用かつ繊細なオレにはまぶしすぎて声をかけることすらためらわれる高嶺の花であった。
「どどど、どうして七竈さんがウチに!?」
オレのビックリハテナマークに『お嫁さんにしたい女子ランキング圏外』『彼女にしたい女子ランキング5位』の幼なじみが、緑なすぬばたまの長い黒髪をかきあげながら無感情な口調で応じた。
「向かいのコンビニでばったり会ったので、うちでお茶でも飲んでいかないか? と声をかけたらのこのこついてきた」
「のこのこっておまえな……」
口の悪さと愛想のなさには定評のあるザンネンメガネ美少女・水啼鳥瑞希のセリフに閉口すると、
「そ、そうなの! 菜々美、水啼鳥さんからお茶にさそわれて、うちって云われたから、水啼鳥さんのおうちだと思ったら、どう云うわけか香坂くんのおうちで、香坂くん2日も休んでたからどうしたんだろ? って心配で……」
と、心なし頬を赤らめた七竈さんが、気を悪くしたようすもなく、しどろもどろに弁明した。
「ああ、わかったわかったわかりました。……とどのつまりは瑞希にかつがれたわけだ」
そりゃあさすがにオレだって、クラスでほとんど口をきいたこともない七竈さんがお見舞いにきてくれるなんて期待はしていない。
「そんなことより、いつまでそんな痴態をナナナカマドさんにさらしているつもりだ? なにかのプレイか? 性的迷惑行為か?」
瑞希の無礼な指摘でオレもわれにかえった。あこがれのマドンナを前にバスタオル一丁の華奢な半裸姿と云うのも決まりが悪い。
「ご、ごめん! 今すぐ着替えてくるから!」
瑞希には目もくれず七竈さんへ頭を下げた。自室へと踵をかえした拍子に腰のバスタオルがはだけかけ、オレはあわてて股間を死守したまま見事にすっ転んだ。
「だ、大丈夫、香坂くん!?」
「……たわけ」
頭上からふりそそぐ天使と悪魔のセリフが、どちらのものであるかは云うまでもない。