第三章 召喚獣のさんざんな冒険。〈12〉
「このバカバカバカバカバカバカバカバカ! ぬわぁにが20だっちゃ!? きっかり2分はもぐってたっちゃ! もう少しで溺死するとこだったっちゃ!」
サーベルサーバルに水揚げされるやいなやオレヘ向けられたアレストリーナ姫の罵詈雑言が冥い空間にひろく小さくこだました。こちら側も古代宗教の瞑想場であるらしい。
「ずぶぬれで寒いっちゃ! ウチらの身体をはやくあたためるっちゃ!」
あおむけにひっくりかえされたオレはしかたなく天に向かって炎を吐いた。身体を小刻みにバタバタとふって体表の水気をふり落としたサーベルサーバルやまりるも、オレのまわりをかこって火にあたる。すっかり焚き火がわりのB級召喚獣トンカプーである。……ぬれた背中に石畳が冷たい。しくしく。
「ぴぴきゅ?」
まりる、おまえ20ってどう数えるんだ? 炎をあげながらオレがたずねると、まりるは小さく息を吸って実演した。
「い~~~~~~~~~~ちるる」
なにその吹奏楽部ばりのロングブレス!? ひょっとするとオレの知らないところで菜々美ちゃんからそう云う呼吸法を習っていたのかもしれない。それで20ならたしかに2分はかかる。まりるウソつかないるる、である。
5分ほどオレの炎を浴びて暖をとり、身体をかわかした一行はグラゴードリス皇国へ向けて歩をすすめた。オレはサーベルサーバルへ騎乗したアレストリーナ姫に抱きかかえられ、まりるもサーベルサーバルの背中でマリモコウのあかりをかかげながら道案内をつづける。
グラゴードリス皇国側……と云うよりノイエルム山脈の地下にひろがる地下迷宮はかなり破損がひどかった。大規模な地震でもあったらしく、天井が崩落していたり通路がかたまったマグマでふさがれていたり足元が陥没していたりでかなりの難所である。
視界がきかなくても残響定位で周囲の状況を把握できる召喚獣サーベルサーバルだからこそ順調に歩をすすめられるものの、人間がやすやすと行き来できるところではない。
暗闇の中、どのくらいすすんだのかもよくわからなくなった頃、突然まりるが警告を発した。
「この先、崖るる。気をつけるるる」
地下迷宮に崖? なにを云っているのかといぶかしんだが、サーベルサーバルも地形の変化を感じとったらしく歩みが慎重になった。
せまい通路をぬけると、マリモコウのあかりがとどかぬほど黒々とした奈落が口を開いていた。
本来は円柱と回廊で囲われた神殿のような天井の高い巨大空間だったらしい。オレたちはその右端に立っているのだが、奥へとつづく円柱と回廊の一部をのぞいて左側が噴火口のようにごっそりと削りとられていた。
「まりる。先にいってあたりを照らしてみるっちゃ」
アレストリーナ姫の命をうけたまりるがサーベルサーバルの背からとび下りると、右は壁、左は奈落の細い元回廊をちょこちょことわたりだした。回廊の幅は50~60cmほどとかなりせまい。
「ここはウチもおりて歩いた方がよさげだっちゃね。まりる一旦もどってくるっちゃ」
回廊の幅を確認したアレストリーナ姫がオレを抱きかかえたままサーベルサーバルの背を下りた。
「サーベルサーバル。おまえは先行してウチらを待つっちゃ」
サーベルサーバルの尻を軽くたたくと、アレストリーナ姫の意をくんだサーベルサーバルがしなやかな体躯をひるがえし、闇の中へ消えた。
のこるひとりと2匹は先行して足元を照らすモッケイモンキーまりる、右の壁に手をつきながら歩くアレストリーナ姫、マリモコウをくわえて宙にうき、右うしろ足をアレストリーナ姫につかまれたまま提灯がわりとなったオレである。
なんかオレだけまともな召喚獣あつかいされていないような気がするのだが、気のせいだろうか?
まあまあの時間をかけて断崖の回廊と云う最大の難所をわたりおえたオレたちは、ふたたびサーベルサーバルの背に乗って地下迷宮ののこりを踏破した。
7
まりるに案内された地下迷宮のいきづまりに木製の簡素な階段と天井へ跳ね上げる小さな木戸があった。
「ここから外へでられるるる」
サーベルサーバルを下りたアレストリーナ姫がギシギシときしむ階段を慎重にのぼり、天井の木戸を小さく開いて周囲を見まわした。
「……人気はないようだっちゃね」
一旦、木戸を閉じてもどってきたアレストリーナ姫がサーベルサーバルの耳のうしろをかきながら労をねぎらった。
「お疲れさんだっちゃ。サーベルサーバル。帰ってゆっくり休むっちゃ」
目を閉じてアレストリーナ姫の手に顔をすりよせるサーベルサーバルが気もちよさげにのどを鳴らした。
アレストリーナ姫が暗い石畳の床へ召喚牌を置いてサーベルサーバルを帰還させた。
まりるにもたせていたふたつのマリモコウを踏みこすって光を消すと(水気がなくなるとマリモコウの光も消える)アレストリーナ姫が決然と云った。
「こっからが本番だっちゃ。気をひきしめていくっちゃよ」
その言葉にオレとまりるも小さくうなづいた。




