第一章 召喚獣のささやかな日常。〈3〉
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彼らの言葉で〈偉大なる母の星〉を意味する惑星アルマーレは異次元宇宙のどこかに存在する地球型の惑星であり、ひらたく云うと異世界である。
惑星アルマーレにも奸智に長けた者はいるが(たとえば、アレストリーナ姫とか)総じて地球より平和な星と云ってよい。
まず一神教と云う概念がないため、宗教的対立がない。
その上、人と人とが干戈をまじえることを極端に忌避する。殺人はおろか〈戦争〉で人々が殺傷しあうと云う発想自体、欠落しているからふしぎだ。
そうは云っても、あらそいのない世界など存在しない。痴情のもつれから領土問題にいたるまで、欲得の生じるところにいさかいのタネは尽きまじ、である。
そんな惑星アルマーレで、地球における〈戦争〉の代替行為として発展したのが〈召喚獣戦闘〉だ。
国家形成の動乱期を経て、それなりに世界の均衡がたもたれている今、召喚獣戦闘は地球における国際的スポーツイベントの様相を呈しており、その規模は村祭りのイベントからオリンピックレベルの世界大会まで多岐におよぶ。
一応、召喚師は〈軍事力〉であり、たいがいどこかの街や村に雇われている。主な仕事は、各地でもよおされる召喚獣戦闘の大会で勝利し、報酬を得ることだ。召喚師の勝利は雇われている街や村の栄誉にもなる。
召喚獣の素体となるのはどこにでもいる動物たちである。惑星アルマーレにも最初から召喚獣のような超能力をもった野生動物はいない。
召喚師たちが召喚牌に描かれた独自の呪法陣で動物たちを捕獲し、召喚獣として覚醒・進化させる。調教次第では(極論だが)カナヘビからドラゴンを造りだすことも可能だ。
ただし、強大な召喚獣育成には時間と労力がかかる。そのため、惑星アルマーレには召喚獣を交配させて新種の召喚獣を生みだす育成師や、ある程度のレベルまで召喚獣を育てる調教師とよばれる職種もある。
しかし、どれほど強大な召喚獣を集めたところで、召喚師の腕が悪ければ召喚獣戦闘でうまく使役することはできない。
召喚獣と信頼関係を構築し、個性を熟知し、戦術を調教することで、はじめて召喚獣戦闘のステージに立つことができる。
惑星アルマーレで召喚師になるのは、さほどむずかしいことではない。この世界を構成する基本的な呪術知識があれば、だれでも召喚獣を飼うことができる。
戦闘に特化した召喚獣以外でも、原付バイクがわりのダイダラダチョウや小型飛行機がわりのイムイナインコなど、生活に密着した召喚獣も少なくない。
召喚牌によって時空をこえて召喚できる召喚獣だが、それが生きている動物である以上、厩舎が必要となる。
餌もやらなくてはならないし、糞尿の始末だってしなければならない。病気や大ケガをすれば治療も必要だ。異世界であってもドーブツを飼うのは大変なのだ。
全長3メートルのG級召喚獣・ダイダロスドラゴンともなれば、個人で捕獲することも殺すこともむずかしいため、人里はなれた山奥で放し飼いすることも可能だが、トンカプー(オレ)のような小型・中型の召喚獣であれば、捕獲して召喚牌を書きかえることはむずかしくない(召喚獣を盗んで売りさばく泥棒調教師もいると聞く)。
と云うわけで、召喚師は自分の牧場をもたねばならない。
国中を旅してまわる召喚師は、召喚牌のおかげで召喚獣をひきつれて歩く手間こそはぶけるものの、召喚師自身が時空をこえて移動することはできない。
そこで召喚師の留守中に牧場を守る管理人も必要となる。召喚師が街や村に雇われるメリットは最低限の牧場や管理人が保証されることだ。
国家形成の動乱期において、牧場はいわば城と同義であったことから(実際に召喚獣用の牧場でもあるが)、現在でも各皇国の主だった城は〈ファーム〉とよばれる。
我が飼主・アレストリーナ姫の属するアルマイリス皇国の皇城は〈メアルミノス・ファーム〉、先日、アレストリーナ姫も参戦したジギリスタン皇国・皇都ヴァーデルンの皇城は〈ヴァーデルン・ファーム〉と云う。
召喚獣戦闘では最大5体の召喚獣を使役する。
メインとなるG級召喚獣1~2体を軸にステージの状況(闘技場、岩場、湿地、平原、廃墟、地下迷宮などさまざまである)や、召喚獣の体調を考慮しつつ使役することをかんがみれば、最低でも8体は召喚獣を保持しておきたい。
体調不良の召喚獣を使役すると、どう云う結果におちいるかは〈ヴァーデルンの屈辱〉でも立証済みだ。……あえて立証してみせたわけじゃないけど。