第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈16〉
具だくさんの納豆ナポリタンオンリーと云う男前な昼食だったが、けっこうな量をみんなでしっかりたいらげた。
なぞの記憶喪失童女まりるも食欲旺盛だったので、とりあえず安心した。
瑞希の煎れた食後のハーブティーにまったり舌鼓を打っていると、ひとりだけミルクを飲ませていたまりるが挙動不審になった。
きょろきょろと心細げにあたりを見わたすと、部屋のすみにある観葉植物の植木鉢へ駆けより、植木鉢へ腰かけるようにあさくお尻を突きだした。
「る~」
まりるの挙動にいぶかしむと、朱音さんがなにかに気づいたようすでさけんだ。
「ひょっとして、トイレ!? ジャージはいたままそんなとこでしちゃダメだって! ナナミン! たぶんそのコ、トイレだ! トイレつれてって!」
「え~っ!? まりるちゃん、タイムタイム! トイレこっちだから、ちょっとだけガマンして!」
あわててまりるをトイレへつれていく菜々美ちゃんたちの姿を尻目に瑞希がロダンの『考える人』となる。マイペースな超絶天才とは云え、ここまで動じないもんかね?
しばしの静寂を経て、扉の開く音とともに水の流れる音がかすかに聞こえた。
「る~!」
まりるのゴキゲンな足音につづいて安堵の吐息がもれる。最悪の事態は回避できたらしい。しかし、トイレの仕方も忘れてしまったペットな童女を、しばらくオレひとりでめんどうみなくちゃならんのだろうか? 男のコならまだしも女のコと云うのもいろいろ問題がありそうだ。
リビングへもどってきた朱音さんにおそるおそる訊ねた。
「あの~、まりるをうちで保護するのはかまわないんですけど、オレまだ夏期講習とかあってずっとうちにはいられないんですけど」
オレの不安に朱音さんがあっけらかんとこたえた。
「あ、しばらくは学生議会の合宿ってことで私もここへ泊まりこむから問題ないって。よいよね、ミズキュン?」
「アメリカ旅行前日までなら問題ない」
さも当然のごとく瑞希もうなづいた。
「え? ちょっと待って、なにそれ? 朱音さんと瑞希がウチへ泊まってまりるのめんどうを見るってことですか?」
「記憶喪失童女保護」と云う名目を看過すると、ひとり暮らしの童貞男子高校生宅へ学園上位の美少女ふたりがお泊まりすると云う事実だけがのこる。
かたや歳上の爆乳美少女。かたや幼なじみのスレンダー(ザンネン)メガネ美少女。B級ギャルゲーでもありえないような急展開にオレの思考は2馬身ほど突きはなされた。
「だって、カオルちゃんとマリルンをふたりきりにしたら、マリルンぜったい妊娠しちゃうじゃん」
「しませんて」
「私とミズキュンのふたりなら、マリルンのめんどう見られるし、カオルちゃんの監視もできるし」
感情はともかく理性で納得したものの、心境は複雑である。オトコとして意識されているのはありがたくないこともないが、ニンゲンとして信用されていないところが哀しい。
「え? あの、それじゃ菜々美はどうすれば……?」
自分の知らないところでさくさくと話のすすんでいくことに困惑した菜々美ちゃんもたずねた。
「あ~、ナナミンは気にしないで。午后もまだ部活あったんでしょ? なんかズルズルつきあわせちゃってごめんね~。顧問の先生とか部長さんとかには、私の用事にムリクリつきあわせたって連絡しとくから。ただし、マリルンのことは他言無用でおねがい」
「……あ、そっか。菜々美、午后の部活サボったことになるんだ」
朱音さんの言葉に菜々美ちゃんがひとりごちた。
表情から察するに、おそらく菜々美ちゃんの心境も複雑だ。いきがかり上、全裸の記憶喪失童女へ自分のジャージを貸したと云うだけなら、この件を自分と切りはなして考えられただろう。
しかし、多少なりとも事態の推移を目撃し、まりるになつかれ、情の移ったであろう菜々美ちゃんが、
「あんたはここまででよいわ。おつかれ。ありがと。さよなら」
と切り捨てられるのも、いささかハブられた感ありであろう。瑞希なら気にしまいが、菜々美ちゃんはそれほどドライではないと思う。
とは云え、
「いいえ。菜々美もカオルくんちにお泊まりします!」
なんてことにはなるまい。なってほしいがなるまい。
「ほいでさ、ナナミン。悪いけどもうちょっちだけつきあってもらってよいきゅん?」
「え? なんですか?」
「今から私、おうちかえってお泊まりの支度とか、マリルンの服とかゲットしてくるから、それまでミズキュンとふたりでマリルンのこと見ててほしいんだけど」
「……あ、はい。わかりました」
朱音さんのあつかましいおねがいに菜々美ちゃんが一瞬間をおいてうなづいた。
もしも、朱音さんの不在時にまりるのトイレタイムがやってきた日には、オレや瑞希では対処できないと踏んだのであろう。
その判断はただしいと思う。




