第一章 召喚獣のささやかな日常。〈2〉
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アレストリーナ姫との心はずまぬ会話に意気消沈したままPCをシャットダウンし、部屋のカーテンを開けると、まだ陽は高かった。
寝こんでいたせいで昼夜の感覚が狂っていた。時計を見ると午后1時をすぎたところだ。
まったく、なんの因果で一介の高校生が異界で四足獣へと身をやつして闘わねばならんのだ?
オレは気分転換と厄落とし(?)もかねて、シャワーを浴びることにした。
ことの発端、もとい諸悪の根源はアマンド社から配信されているPC無料オンラインゲーム『フェアモン・バトル』にある。
〈召喚獣〉とは超能力を有した実在しない生物のことであり〈召喚獣戦闘〉とは召喚師がさまざまな召喚獣を使役して闘うゲームのことだ。
『フェアモン・バトル』は召喚獣を捕獲し、調教し、闘わせて進化させる。
最初は1体の召喚獣しか使役できないが、手もちの召喚獣や経験値が増えれば、最大5体の召喚獣を使役することが可能だ。
また、戦闘の基本は個人戦だが、チームでのさまざまな団体戦もおこなわれている。
そんな『フェアモン・バトル』で、オレは上位にランクインするトップ召喚師だった。いつしかついた通り名が〈灼撃のカオル〉。
もちろん、数多のチームから勧誘をうけたが、オレほどのトップ召喚師ともなれば、もはやチームで経験値を上げるメリットはない。虚構でも現実でも群れるのはニガテだ。
そんなわけで、孤高を決めこんでいたオレだったが、ある日『フェアモン・バトル』へログインすると、ひとりの女性アバターに声をかけられた。
〈アレストリーナ〉と云うハンドルネームの表示された美しい女召喚師だった。
「カオルさま、私と一緒に闘ってくれませんか?」
いつもなら、にべなくすげなく断っているところだが、ゲーム画面の左上に小さく映しだされた女性アバターの素顔にオレは息を呑んだ。
ゲーム内の女性アバターをはるかに凌駕する金髪の白人美少女だった。しかも日本語ぺらっぺら。
基本的に見知らぬプレイヤー同士が素顔を見せあうことはないが、顔見知りでチームを組むなどした場合、TV電話的に自分の姿を相手へ映す機能もある。
初対面の相手に素顔をさらす〈リアルバレ〉などもってのほかだが、不用心にも彼女はオレにその美しい素顔をさらしていた。
オレの顔は非表示なので相手からオレの表情をうかがうことはできないはずだが、上目づかいのカメラ目線でもじもじとこちらを見つめる可憐なまなざしに、オレのハートはズッキュン射ぬかれてしまった。
こんなカワイイ女の子とならぜひともお近づきになりたいっ! オレはそんな下心をまるっとかくしてクールに応えた。
「わかった。OKしよう」
オレの文言を視認した金髪の白人美少女が完爾と笑った。
「これにて契約成立だっちゃ」
……だっちゃ? 耳なれぬ語尾にいぶかしむと右尻へ小さな熱を感じた。机の上の鏡を手にとって確認すると、オレの右尻に赤い呪印がうかび上がっていた。
これは『フェアモン・バトル』で召喚獣を捕獲した時、召喚獣へ刻印される呪印とおなじものだ。
「……〈灼撃のカオル〉いやコウサカ・カオル。あんたは今日からウチの召喚獣として一緒に闘ってもらうっちゃ!」
「召喚獣として? そりゃ一体なんの話だ!?」
状況が理解できず周章狼狽するオレの頭上へ妖しげな光が射した。視線を移すと部屋の天井に見おぼえのある緑色の呪法陣が回転しながら光を放っていた。
『フェアモン・バトル』で召喚獣を召喚するための円形のカード〈召喚牌〉に描かれている紋様だ。
オレの身体は透明化しながら〈召喚牌〉の光へ吸いこまれて消えた。
かくしてオレはおそるべき叙述トリック、て云うか狡猾なハニートラップ(?)にひっかかかり、地球とは別の惑星アルマーレへ召喚獣の姿で召喚された。
ようするに、PC無料オンラインゲーム『フェアモン・バトル』は、アルマイリス皇国が惑星アルマーレでおこなっているリアルな〈召喚獣戦闘〉に適した優秀な人材(召喚獣)をスカウトするための罠だったのだ。
オレたち人間が召喚獣として顕現する際には、その人間の〈本質〉が具現化されると云う。
心強き者はドラゴンなどの上級召喚獣となり、心優しき者は小鳥などの低級召喚獣へ姿をかえるのだとか。
『フェアモン・バトル』で〈灼撃のカオル〉と謳われ、ダイダロスドラゴン、グランデマミタス、ガルガンチュアコンドルなどの強大なG級召喚獣を思いのままに使役していたトップ召喚師のオレは小さな四足獣として顕現した。
ウサギのような長い耳で空をとび、炎を吐くB級召喚獣・トンカプー。
ひらたく云うと〈ウサ耳小ブタ〉と云うザンネンきわまりない姿だった。
それがアルマイリス皇国第3皇女・アレストリーナ姫の召喚獣としてのオレだ。