第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈6〉
オレが急停止したことで、アレストリーナ姫と愉快な召喚獣たちもオレのうしろで足をとめた。
よろよろと身を起こしたモッケイモンキーがオレの姿を視認するなり、オレの背中にとびついた。
「ぷ、ぷきゃっ!?」
ふいにとびつかれたオレは生乾きでしっとり湿ったモッケイモンキーの冷たい身体にびっくりした。
オレへ力なくすがりついたモッケイモンキーの四肢がふるえていたのは、ぬれた寒さのせいだけではないと感じられた。このモッケイモンキーはなにかにおびえている。
オレはモッケイモンキーを背負ったまま、アレストリーナ姫へ駆けよった。
「ぷぎ~っ!」
姐さん、これは事件っす!
オレの背中でふるえる小さなモッケイモンキーをそっと抱き上げたアレストリーナ姫が呪印の有無を確認しながらつぶやいた。
「呪印がない……。未登録、新種の召喚獣け?」
基本的に呪印のない召喚獣はいない。召喚獣は人の手によって生みだされるため、自然発生することはない。未登録あるいは新種の召喚獣でないとすれば、盗まれた召喚獣である。
惑星アルマーレには小型・中型の召喚獣を盗んで召喚牌を書きかえる泥棒調教師もいると聞く。
よしんば、このモッケイモンキーが盗まれて召喚牌を書きかえられる最中の召喚獣だったとして、どこをどう逃げてくれば〈アーデル・ファーム〉の地下迷宮へ迷いこむのかがわからない。
「安心するっちゃ。もう大丈夫だっちゃ。お姉さんはちっともこわくないっちゃよ~」
アレストリーナ姫が珍種のモッケイモンキーへささやきかけながらやさしく身体をなでた。
それでもモッケイモンキーは身体を小刻みにふるわせながら、すがるような瞳でウサ耳小ブタのトンカプー、すなわちオレをのぞき見ていた。この中ではもっとも無害な召喚獣だと思われているのだろう。ドーブツって本能的にやさしい人がわかるのな。
「ギキッ!」
サーベルサーバルがだれの耳にもあきらかな威嚇音をあげた。背筋の毛ががっつり逆立っている。オレたちは戦闘陣形をとった。
「ガウッ!」
モッケイモンキーのでてきた細い路地から3頭のC級召喚獣ランスリカオンが身をよじるように踊りでた。額に角の生えたどう猛な大型犬である。
「あの呪印は……グラゴードリス皇国第2皇子・グラゴダダンの召喚獣!?」
召喚獣ランスリカオンの顔の左頬へ入れ墨のように刻印された召喚牌の呪印を見たアレストリーナ姫がけげんなつぶやきを発した。
相手がどこのだれであれ殺気立つ召喚獣のようすをのんびりとうかがうほどオレは甘くない。
オレは3頭のランスリカオンへマズルカフラッシュをお見舞いした。広範囲に小さな火球が炸裂し、虚を突かれたランスリカオンたちがおどろいてその場に跳ね上がる。
C級召喚獣相手にダメージをあたえることはできないが、牽制としての効果は充分だ。
マズルカフラッシュの爆発に反応し、奥に見えるT字路の左側からカタンと小さな音がして敵召喚獣を想定したハリボテがあらわれた。
そちらにも気をとられてビクッ! と小さく跳ねたランスリカオンたちのぶざまな姿に思わず失笑する。
オレが後退すると同時に、阿吽の呼吸で金色の鳳凰・D級召喚獣シャイニーロプロスが前衛へ舞い下りた。
「シャイニーロプロス、フーヤーター!」
号令を待たずして動いたオレたちの動きに呼応して、おくればせながら召喚師としての役割を思いだしたアレストリーナ姫がするどく命じた。
大きく翼を開いたシャイニーロプロスが3頭のランスリカオンへ暴風をたたきつけた。
暴風には鋭利な刃物と化したシャイニーロプロスの羽がしこまれており、ランスリカオンたちのおもてをズタズタに斬り裂いた。
「ギャヒン!」
「キャウン!」
「ビヒィッ!」
3頭のランスリカオンは血まみれとなって地下迷宮の冷たい石床へ這いつくばった。ピクピクと痙攣する3頭の召喚獣が光に溶けて消えていく。戦闘不能である。
敵の召喚師が目の前でランスリカオンへ攻撃命令をあたえていれば、もう少しマシな闘いができたかもしれないが、召喚師のいないC級召喚獣なぞオレたちの敵ではない。
召喚獣が地下迷宮へ散らばれば一般的な召喚獣戦闘みたいに召喚師が直接指示をだすことはできなくなる。
召喚師の死角で召喚獣を召喚師の命令通りに誘導するのが召喚獣に刻まれた呪印、すなわち召喚牌の紋様である。
トンカプーであるオレは右尻に呪印があり、アルマイリス皇国アレストリーナ姫の召喚獣であることがわかる人にはわかる。
たとえば、アレストリーナ姫のサンドロバルバドスなら下腹部に、ヘルゴルゴートなら額に、シャイニーロプロスなら胸元に呪印が刻まれている。召喚師はこの呪印を通して命令をつたえることができるのだ。
「ごくろうさんだっちゃ。トンカプー。シャイニーロプロス」
アレストリーナ姫はオレたちへねぎらいの言葉をかけながら腑に落ちぬ表情をうかべていた。気もちはわかる。
なぜ、グラゴードリス皇国第2皇子・グラゴダダンの召喚獣がこんなところへいたのか?
なぜ、グラゴードリス皇国第2皇子・グラゴダダンの召喚獣がアルマイリス皇国で未登録、あるいは新種の召喚獣を追いかけまわしていたのか?




