第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈5〉
ほりほりガンバレ〈華の姫さま〉あらため〈ウンコたれのおねえちゃん〉と、あきらめムード全開のオレは心の中で生ぬるいエールをおくりながら、地下迷宮のようすをチェックしていた。
一見おなじような光景のつづく地下迷宮だが、よく見ると分岐点には色あせたさまざまな記号が記されていた。
うす冥い地下迷宮でこう云った記号を見きわめながらすすむのは骨が折れそうだが、オレは頭の中で自分なりの地図を描いていく練習をした。
常日頃からアクションRPGで地下迷宮やら、やたらとひろくてギミックのたくさんあるアヤシげな警察署内などを探索してきたおかげで、思った以上に現在位置の把握ができていた。
……ゲームでの疑似体験ってリアルでも活かせるのな。
そんなことを考えていたら、周囲への警戒をおこたった。模擬戦闘ではない分、オレもいささか気がゆるんでいたようだ。
眼前の十字路の右手からカタンと小さな音がしてとびだした敵召喚獣のハリボテにいちはやく反応したのはサーベルサーバルだった。
カッ! と開いた口からソニックカノンを発射して敵召喚獣のハリボテを粉々にした。
ソニックカノンとは相手とおなじ固有振動波を発する音波砲である。生身の相手には衝撃波を喰らわせることしかできないが、無機物は簡単に破壊できる。
「ちゃは~~っ! お手柄だっちゃ、サーベルサーバル!」
ハリボテを粉砕したサーベルサーバルの頭やあごをなでながら、アレストリーナ姫がオレたち4体の人間召喚獣へ向かって口をとがらせた。
「みんな油断大敵だっちゃよ! 今日は敵から攻撃される心配はないっちゃけど、周囲の警戒をおこたっちゃダメだっちゃ!」
……イヤイヤ、一番周囲の警戒をおこたって〈地図〉をガン見してるのあんたですから。そう云いたいのはオレばかりではあるまい。
とは云え、オレたちが油断していたことも事実だ。サーベルサーバルの残響定位をもってすれば事前にハリボテの存在を認識していた可能性は高い。
おそらく、サーベルサーバルはハリボテの存在をオレたち人間召喚獣やアレストリーナ姫へちょっとした仕草や威嚇音でつたえていたにちがいない。
一流の召喚師ならそれに気づいていたはずだし、PCゲーム『フェアモン・バトル』でならしていたオレたち人間召喚獣ならそれに気づけていたはずだ。
(つぎはゼッタイ一番に敵召喚獣のハリボテをやっちゃる!)
そんな緊張感がオレ以外の人間召喚獣からも感じられた。全員クールに見えてもアレストリーナ姫のスカウトに応じたであろう猛者たちである。
人間召喚獣に身をやつしているとは云え、元一流召喚師としての矜持と召喚獣戦闘への情熱はうしなっていない。……もっとも、オレはだまされてひきこまれたので論外だが。
先にエラそうな説教をたれたアレストリーナ姫は、あいかわらず〈地図〉に首っぴきで周囲への警戒はおろか現在位置すら見うしなっていたが、のんびりかまえていてよいはずのF級召喚獣サンドロバルバドスまでピリピリしていた。
少なくとも、人間召喚獣ではないサーベルサーバルには勝ちたい。人間召喚獣の中でもっともランクの低いオレはそう思っていた。
アレストリーナ姫が〈地図〉片手に順調に迷いながら、ようやく設定された敵陣地へたどりつこうと云うところでサーベルサーバルが足をとめ、筒状の耳を進行方向へピクリと動かした。
サーベルサーバルがなにかの異常に気づいた証拠だ。
オレたちの眼前には右手に細い路地があり、そのちょっと奥には左右へのびるT字路がつづいていた。
T字路の左右どちらかに敵召喚獣のハリボテがある!
そう見こしたオレが先陣を切って駆けだすと、右手の細い路地から小さななにかがとびだしてきた。
火炎放射をお見舞いしようとしたオレはすんでのところで息をとめた。路地からまろびでてきたのは敵召喚獣のハリボテではなく、正真正銘の召喚獣だった。
白い小ザルのB級召喚獣モッケイモンキーである。
モッケイモンキーはシロテナガザルを素体とした召喚獣である。するどい爪や長い手足に尻尾が特徴の召喚獣だが、小ザルと云うのはめずらしい。
しかも、長い手足が特徴のモッケイモンキーだが、目の前にいるのは長い手のかわりに短い腕が4本生えていた。
長い尻尾のつけ根にはエメラルドグリーンの小さなリングがはまっている。モッケイモンキー亜種、あるいは別種の召喚獣かもしれない。




