第一章 召喚獣のささやかな日常。〈1〉
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「このバカバカバカバカバカバカバカバカ! 一体、どう落とし前つけてくれるっちゃ!? おまえのせいでウチめっちゃ恥かいたっちゃ! 目下、現在進行形でキルリーク大陸中の、三国一の笑い者だっちゃよ!」
PC画面へ映ったアルマイリス皇国第3皇女殿下から開口一番どなりつけられたオレはすなおに頭を下げた。
「悪いとは思う。悪かったと思う。でも、あの日は寝ざめからフルスロットルで体調不良だったんだから仕方ないだろ?」
「ウチはこれまで純粋無垢な子どもたちから〈華の姫さま〉とよばれて崇拝されていたっちゃ! それはもう崇拝されまくっていたっちゃ! それが昨日、慰問先の孤児院で子どもたちからなんてよばれたかわかるけ!?」
「え、なんだろ? ……プリンセス・プリキュア?」
「……〈ウンコたれのおねえちゃん〉だっちゃ!! これっぽっちの悪意もない純粋無垢な瞳で〈華の姫さま〉から〈ウンコたれのおねえちゃん〉へ親しみをこめて格下げされたウチの屈辱がおまえにわかるけ~~っ!?」
そりゃあ気の毒だが、おもしろいことだけはわかる(べつにアレストリーナ姫がウンコしたわけじゃないし)。
……などと正直に云えば、怒りにわなわなと肩をうちふるわせるアレストリーナ姫の逆鱗をなでなでするは必定である。
「どこの世界の子どもたちもウンコとかそう云うの好きなのな。……ここはひとつ、大陸中に笑顔をとどけた平和の使者〈とっても愉快なアレストリーナ姫〉を演じてみせた、と前向きに考えることはできないだろうか?」
真顔でつぶやいたオレの冗談にPC画面へ映る第3皇女殿下の声量が跳ね上がった。
「ウチはとっても不愉快だっちゃ!〈笑わせる〉と〈笑われる〉は似て非なるものだっちゃ!」
「ふむ。気づいていたか。さすがは賢明なる姫さまであらせられる」
「……これ以上ウチを愚弄するつもりなら、こちらにも考えがあるっちゃよ~。次の召喚は持久力強化メニューの上、百たたき(フルボッコ)の刑だっちゃ!」
「ウソです。茶利です。冗談です。愚弄するつもりなどミジンコもありませぬ」
「その云い方がまるっと信じられないっちゃ」
そもそも、先日、3日間も地球を留守にしていたのは、ジギリスタン皇国主催の召喚獣戦闘『ヴァーデルン杯』に出場するための強化合宿と試合のせいだ。遠因はアレストリーナ姫にあると云っても過言ではあるまい。
もっとも、カレー鍋を冷蔵庫へしまい忘れたまま召喚されたオレの凡ミスを心の棚へ思いっきり放り投げた上での話ではあるが。
「で? 体調はどうだっちゃ?」
アレストリーナ姫が片ひじで頬杖をつき、むくれた表情のまま話の矛先をかえた。お姫さまにあるまじき不作法である。
「おかげさまでなんとか」
実際、あのあと2日間も寝こんだのだ。
先の3日間は高校の期末試験休みだったので、地球の生活に影響はなかったが、昨日今日は答案用紙の返却と期末試験の答えあわせがあった。
オレは決して過去をふりかえらない男である。いちいち期末試験の結果に拘泥することもないが、成績如何で両親からふりこまれる生活費に変動が生じるため、あまり悪い成績でも困る。
オレの両親はふたりとも薬学博士で、今は日本のほぼ裏側にいる。
毎日、南米奥地のジャングルで植物採集にいそしみ、未知の植物から世のため人のために役立つ成分を発見し、新薬開発などする仕事に従事しているためだ。
両親の職場があまりにも文明と隔絶しているため、オレだけ日本の3LDKのマンション(ようするに実家)でひとり暮らししているのだ。
余談だが、辛苦にあえいだオレの下痢腹痛をとめたのは、両親の調合した『コウサカガンZ』と云うアヤシげな自家製丸薬である。
あまりにもクサくてニガくてできることなら最後まで呑みたくはなかったのだが、これを呑んだら下痢腹痛がピタリとやんだ。
その代償が何度口をゆすいでも半日はのこる口の中のニガ味と、自分でもイヤになるほどの口臭だった。よしんば、すぐに体力が回復していたとしても高校を休んだにちがいない。閑話休題。
「さすがにあれだけの失態を犯した召喚獣を1軍デッキに登録しておくことはできないっちゃ。カオルは2軍へ降格だっちゃ」
「それはしかたないな」
オレはいかにもザンネンと云う風をよそおって嘆息した。2軍降格と云うことは、これまでのように3日間も拘束されたり、週に数回(しかも時おり気まぐれで)召喚されることもなくなると云うことだ。
召喚獣戦闘のみならず孤児院の慰問にまでつきあわされ、子どもたちの前で玉乗りしながら火を吐くなどの曲芸を披露する必要もない。……いや、こっちの可能性はあるのか?
なにはともあれ、2軍では10日間に一度の調教があるだけだし、1軍再登録には最低でも2ヶ月間はかかるはずだ。
すなわち、今年は召喚獣戦闘にあけ暮れることなく地球で夏休みを満喫できるわけだ。
海がプールが水着の女の子がオレにやさしく手まねきしているようではないか。やっべ、超ラッキー!
内心そうよろこんだのもつかの間、アレストリーナ姫が口元に皮肉っぽい笑みをうかべてつづけた。
「……とまあ、ふつうなら軍法会議でそうなるところっちゃけど、1週間の特別強化合宿と5回の模擬戦で、なんとか2軍降格はチャラってことにしてもらったっちゃ。感謝するっちゃよ~」
「なによけいなマネしくさっとるんじゃ、このアマ!」
「今なんか云ったっちゃ?」
思わず激昂したオレの言葉にアレストリーナ姫が天使の笑顔と悪魔のささやきで応えた。PC画面ごしの会話なのに恐怖で首すじが凍りつく。
「いいえ、なんでもありませぬ」
「調教予定はあとでメールしておくっちゃ。……あ、ちなみに1週間って云うのは、地球時間のことだからよろしくだっちゃ~」
一方的に通話の切れたPC画面へ向かってオレは慟哭した。
「あんたは鬼だ~~~っ!」