第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈4〉
地下迷宮競技をさらに複雑化させるのが〈地図〉とよばれるカード型のスクロール可能な地下迷宮地図だ。
召喚師のもつ〈地図〉には2パターンある。
最初から地下迷宮の全容が把握できるパターンと、召喚師や召喚獣が実走した部分しか表示されない「手さぐり地図」のパターンである。RPGならこちらの方が主流だ。
有名な地下迷宮はすでに研究しつくされているため、最初から地下迷宮の隅々まで記された〈地図〉をつかうことが多い。
玄人好みの地下迷宮競技だが、惑星アルマーレで実際におこなわれることは少ないらしい。
地下迷宮での召喚獣戦闘は、劇場や闘技場に設置されたスクリーンでライブ映像を観戦するしかないため、どうしても臨場感に欠ける。
また、闘技場に競技用の地下迷宮をつくるには莫大な予算がかかる。
そう云ったよんどころない事情から、オレたち召喚獣も地下迷宮競技のための調教をうけたことはなかったのだが、今年はちがう。
グラゴードリス皇国にはキルリーク大陸最大規模の地下迷宮競技専用闘技場〈巨大迷路〉があると云う。
そこで3年に1度、グラゴードリス皇国初代皇帝の名が冠された地下迷宮競技の国際大会『グラスゴルレリウス杯』がもよおされる。今年の冬がそれにあたるそうだ。
そのため、秋にはアルマイリス皇国でも『グラスゴルレリウス杯』代表選抜大会がおこなわれる。アレストリーナ姫はそれに出場する意欲満々なのだ。
迷惑な、と思う半面、好奇心もある。
オレたち召喚獣は召喚獣戦闘や調教の時にしか召喚されないので、よその召喚獣戦闘をほとんど見たことがない。
召喚獣戦闘後、なしくずし的に〈抱きぐるみ〉とされることのあるオレは、アレストリーナ姫とともによその召喚獣戦闘も少しは観戦しているが、ほかの人間召喚獣がリアルな召喚獣戦闘を観戦したことはないはずだ。
オレとて〈抱きぐるみ〉として召喚されることはないので、自分にかかわりのないリアルな地下迷宮競技についてはまったくの無知と云える。
PCゲーム『フェアモン・バトル』でなら召喚師として地下迷宮競技をプレイしたこともあるが、召喚獣目線で地下迷宮競技をプレイするなんて考えたこともなかった。
召喚獣として地下迷宮を駆けまわったことがないため、一度はどんなものか経験してみたいと思っていたのだ。リアル地下迷宮はゲーマーの夢であろう。
一応、アレストリーナ姫には、夏期講習の授業がおわる昼すぎに召喚してくれとたのんでおいたのだが、時差のある地球と惑星アルマーレとでは正確に時間をあわせることがむずかしい。
オレは授業のこり5分と云うところで惑星アルマーレへと召喚された。
3
キルリーク大陸に点在する地下迷宮は3皇国形成期のはるか以前、忘れ去られた古代文明の遺跡だそうだ。
中には人ひとり通るのがやっとと云う細い路地もあるが、おおむねF級の大型召喚獣サンドロバルバドスでも歩きまわれる程度のひろさがある。地下迷宮をつくった古代文明人も召喚獣を使役していた証であろう。
地下迷宮の壁面には等間隔で燭台が彫りこまれていた。燭台であえかな光を放つのはマリモコウとよばれる光るマリ藻である。水につけると発光するため余計な酸素を食う必要がない。惑星アルマーレ独自の便利グッズである。
アレストリーナ姫はオレたち4体の人間召喚獣とC級召喚獣サーベルサーバルを召喚していた。
サーベルサーバルは騎乗可能なネコ系の中型召喚獣である。
サーベルの名の通り、上あごから発達した犬歯が2本突きでていて、サーバルの名の通り筒状の黒い耳が特徴である。体表はなぜか黄色と黒のトラジマで、刷毛のような白いほおひげがはえている。
素体となったのは地球で云うところのサーバルキャットである。感度のよい耳で地中の動物の動きを察し捕食する。
その進化形とも云えるサーベルサーバルはコウモリやイルカのように暗闇でも残響定位で周囲の状況を把握することができる。地下迷宮でも活きると踏んだのだろう。
今日の調教は一応、フラッグ・コンクエストと云うコトになっている。
ふつうフラッグ・コンクエストと云えば、F級召喚獣サンドロバルバドスは後衛で旗を守るのが仕事だが、今回はオレたち召喚獣に地下迷宮がどう云うものかを学ばせることが目的である。
地下迷宮での模擬戦闘も別日に予定しているそうだが、今日のところはアレストリーナ姫と5体の召喚獣で地下迷宮の奥へとすすみながら〈アーデル・ファーム〉のスタッフが事前に設置した「ものかげからとびだす敵召喚獣のハリボテ」に攻撃をくわえて最深部の旗までたどりつくと云ったものだ。
「あれ? 今ウチらはどこにいるっちゃ?」
地下迷宮の全容と自分たちの現在位置が表示される初心者向けの〈地図〉を手にしたアレストリーナ姫が完全に迷子っていた。……オレたちの調教をはじめる前に〈地図〉の読み方くらいおぼえておけっつーの。
オレたち人間召喚獣ならアレストリーナ姫の〈地図〉をのぞきこんで現在位置やら向かうべき方角を示唆してやることもできようが、それだと姫さま自身の調教にならない。
オレはおなじ人間召喚獣であるD級召喚獣シャイニーロプロスやE級召喚獣ヘルゴルゴートやF級召喚獣サンドロバルバドスと視線をかわしあうと小さく嘆息した。
これでは調教と云うより「はじめてのおつかい」につきしたがうペットのようなものだ。のんびりしすぎで油断と隙しかあったもんじゃない。
実戦ならソッコー攻めこまれてジ・エンドだ。アレストリーナ姫に地下迷宮競技はムリかもしんない。




