第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈3〉
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夏休みの薬子園高校で、前期の夏期講習がはじまった。
朝のHRがないため始業時刻の午前9時5分前までに登校すればよい。
そのため、朝、家をでる時間には余裕があるものの、オレは惑星アルマーレでの1週間におよぶ特別強化合宿と5回の模擬戦で疲弊しきっていた。
地球ではほぼ3日しか経過していないと云っても、オレの体感ではがっつり1週間が経過している。1週間をほぼ3日に凝縮できた気がしない。
休憩(体力回復)時間を考慮して、まるっと1週間を惑星アルマーレですごしてきたことは体感的に逆効果だったのではないか? などと正解がわからなくなっていた。
惑星アルマーレでの最初の一夜はシャイニーロプロスのおかげでなんとかしのぐことができたものの、シャイニーロプロスとヘルゴルゴートが帰還した翌日の夜はすんでのところで凍死するところだった。
しかし、その翌日からペラッペラの毛布が1枚支給された。おそらく先に帰還した人間召喚獣のどちらかがアレストリーナ姫へメールかなにかで進言してくれたのだろう。
寒さにふるえるトンカプーが厩舎を全焼させるところだったと。
昼間は調教と模擬戦で駆けとびまわり、夜はあたえられた毛布と寝ワラでいかにして快適に眠るかと云う命題に悪戦苦闘した。ウサ耳小ブタの姿では毛布を身体へまきつけるのも一苦労なのだ。
冬場はかけぶとんの上から毛布をかけて眠る方が保温効果が高まる、と云う話を思いだしたのが最終日の夜であった。
ほどよくつみ上げた寝ワラの上に毛布をひろげ、その中へもぐりこんで眠る方法が一番あたたかいと気づいた翌日の夕方には惑星アルマーレでの1週間におよぶ強化合宿が終了した。
ほうほうの体で地球へ帰還してみれば、地球はいきなり記録的な猛暑とやらで真夏日の連続であった。
惑星アルマーレで会得した快眠法を活用する手だてもなく、今度は熱帯夜とエアコンの微妙な室温調整に気をつかう日々が待っていた。とにかく寒暖差がハンパない。
外を歩けばけたたましいセミのすだく音が脳内をかきまわし、溶けかかったアスファルトからたちのぼる陽炎がオレの視界をゆがませる。
身体からふきだす汗がじわじわとライフポイントを削りとり、犬のように舌をだしてあえぎながら近所のコンビニへすべりこむ。
子どもの頃からなれ親しんだ安価なソーダ味のアイスキャンディーでちょっとだけライフポイントを回復させ、帰宅する時分には夏期講習の内容をすっかり忘れている。
……てな感じの不毛な毎日をおくっていた。
かろうじて冷房の効いた教室で退屈な夏期講習をうけていると、時おり窓の外から運動部の喧噪にまじってパート別練習などしている吹奏楽の音色が聞こえてきた。
オレは音楽の門外漢なので、どれが菜々美ちゃんの奏でるクラリネットの音色なのか判然としないが、おなじ校内に菜々美ちゃんがいるかもしれないと思うと、少しだけテンションが上がった。
夏休み中の菜々美ちゃんのホームグラウンドとなる音楽室は別棟の学生食堂の2階に位置するため、ぐうぜんばったりなんの気なしに足を向けられる場所ではない。
そんなわけで「それじゃ夏休み、学校で会えるかもしれないね」と云う菜々美ちゃんの発した不用意なセリフにがっつりハートをわしづかみされたまま、うしろ髪をひかれる想いで登下校をくりかえしていた。
一方、B級召喚獣トンカプーとしてのオレは、次の召喚にそなえてコンディションをととのえておく必要があった。
先にもちらっと話しておいたが〈アーデル・ファーム〉には地下迷宮の調教施設がある。アルマイリス皇国・皇都〈メアルミノス・ファーム〉城内の調教施設にはないものだ。
召喚獣戦闘にはさまざまな競技があり、地下迷宮をステージとする競技もいくつかある。中でも、もっともメジャーなのが「フラッグ・コンクエスト」いわば、旗とり合戦である。
フラッグ・コンクエストは地下迷宮両端にそれぞれの旗を立てた陣地が設定され、相手の陣地へ五体の召喚獣で攻め入り、旗を破壊した方の勝利となる。
基本的には、F~G級のドラゴン召喚獣を旗の最終防衛線として自陣で守備をかためさせ、のこり4体の召喚獣で相手の召喚獣を各個撃破しながら、相手の陣地へ攻めこんでいく競技だ。
通常の召喚獣戦闘であれば戦闘不能した召喚牌で召喚獣を再召喚することはできない。
しかし、フラッグ・コンクエストでは上限こそ5体ではあるが、相手の召喚獣を1体戦闘不能させれば、自分の召喚獣を1体再召喚することができるよう設定されている。
手もちの召喚獣がのこり2体となっても、敵召喚獣を1体戦闘不能させれば、自分の召喚獣を3体にすることができるのだ。チェスではなく将棋的ルールに近いと云ってもよい。
ダメージをうけた召喚獣を再召喚しても十全に回復しているとは云えないわけだが、劣勢において召喚獣の数が1体増えると減るとでは戦局もかわってくる。
再召喚された瀕死の召喚獣を楯にして、最終防衛線を死守していたF~G級のドラゴン召喚獣を特攻させて逆転勝利するなんて場面をPCゲーム『フェアモン・バトル』ではたびたび目撃している。実際のフラッグ・コンクエストでも似たようなことはあるらしい。




