第一章 召喚獣のささやかな日常。〈14〉
しかし、ベタベタと馴れあわず、召喚獣戦闘でアレストリーナ姫に実力以上の働きをさせてクールに去る方が、プロフェッショナルっぽくて逆にカッコイイと思う。
今のところ、アレストリーナ姫の召喚獣を名のるだれかから個人的な連絡が入ったこともない。ほかの人間召喚獣たちもたがいの素性に興味がないと云うことであろう。
……これまで考えたこともなかったが、アレストリーナ姫に訊いたら、ほかの人間召喚獣たちのメールアドレスとか教えてもらえるんだろうか?
オレがそんなことに気をとられている間も、ネブラスカス皇女のネチっこい説教はつづいていた。反論の余地もないほど徹底的にやりこめられたアレストリーナ姫がついに逆ギレした。
「下りてくるっちゃネブラスカス! そこまで云うならウチと勝負だっちゃ!」
「今よりジギリスタン皇国大使婦人との昼餐会ぞよ。そちのお守りなぞしているヒマはないわい」
アレストリーナ姫の挑戦を柳に風とうけ流し、ネブラスカス皇女が模擬戦闘場に背を向けた。
「なにお~っ!」
「やめるだに、アレストリーナ姉さま」
むきになるアレストリーナ姫をヒメアンドロ殿下がなだめた。
その口ぶりから察するに、ネブラスカス皇女とアレストリーナ姫の実力差は歴然なのだろう。どんな召喚獣戦闘をするのか興味がある。
「……まったくいけ好かない女だっちゃ。いつかぎゃふんと云わせてやるっちゃよ」
ネブラスカス皇女の姿が視界から完全に消えたところで、アレストリーナ姫がへらず口をたたいた。これを負け犬の遠吠えとも云う。
「姉さま。オラたちも昼食にするだに。今の模擬戦闘の敗因分析をおねがいしたいだに」
ヒメアンドロ殿下の謙虚な申し出にいささか気をよくしたアレストリーナ姫が鷹揚にうなづいた。
「よい心がけだっちゃ、ヒメアンドロ」
アレストリーナ姫の言葉にヒメアンドロ殿下が小さく胸をなで下ろした。
A級召喚獣なみにシンプルな精神構造のもち主は御しやすくて助かると、ヒメアンドロ殿下も考えておいでのはずだ。
「ぴぎ~っ!」
トンカプーを〈抱きぐるみ〉したまま、ヒメアンドロ殿下と模擬戦闘場をでていこうとしたアレストリーナ姫にオレは抗議の鳴き声をあげた。
ネブラスカス皇女登場のどさくさで失念していたが、オレには一刻もはやく地球へ還らねばならない理由がある。
「……おまえのことすっかり忘れてたっちゃ。いっぱい文句はあるっちゃけど、また今度にするっちゃ」
模擬戦闘場に置き忘れていたオレの〈召喚牌〉へアレストリーナ姫が手をかざすと〈ウサ耳小ブタ〉のトンカプー、すなわちオレは地球へ帰還した。
7
気がつくと、すでにHRははじまっており、オレは自分の席についていた。
ちくしょうガッデムなんてこった! 間にあわなかったなんて。オレは一縷の望みが絶たれてしずかに落胆した。
帰還のシステムもよく知らないが、召喚された時点でオレはいなくなったことすら気づかれず、帰還する時は時間経過のTPOに準じて自然とその場にふさわしいかたちでもどってくることができる。
また、実のところ、地球と惑星アルマーレとでは時間の流れ方が異なる。召喚中は地球での1分が惑星アルマーレの3分に相当する。
すなわち、惑星アルマーレでは地球の3倍はやく時間が経過するのだ。
たとえば、かの地で召喚獣戦闘を15分おこなってきても、地球へ帰還すると5分しかたっていないことになる。
ヒメアンドロ殿下との模擬戦闘がおわった時点で即座に帰還していれば、地球では数分もたっていなかったはずだ。
オレはまだ菜々美ちゃんたちの輪の中にいて、なんとか会話のリカバリーをおこないつつ、あらためて一緒に花火大会へいく約束をとりつけることができたかもしれない。
しかし、この状況ではオレが菜々美ちゃん(その他大勢)と花火大会へいけることになったかどうかわからない。あとでさりげなく瑞希へ確認するより手はないが、相手はあの瑞希である。
「花火大会? それはなんの話だ?」
などと話題そのものを忘れている可能性すらある。イベント予定を記憶するために割かれた瑞希の脳容量なぞ2MBくらいしかない。
ようするに、あてにはならんと云うことだ。
夏休みがはじまれば、よほどの幸運でもないかぎり、菜々美ちゃんと逢うこともあるまい。
おそらくは千載一遇のチャンスをのがしたであろうわが身の不運を呪った。それもこれも我が飼主・アレストリーナ姫の気まぐれにふりまわされたせいだ。
……まったく。つくづく召喚獣はつらいよ。




