第一章 召喚獣のささやかな日常。〈12〉
黒い炎が回転しながら収斂し、ステゴセンザンへの包囲をせばめていくと、炎の通り道が灰色に変色し、ピキピキと小さな音をたてて固まっていた。
「ビギャアッ!」
黒い炎の渦になぶられたステゴセンザンも脚元から灰色に硬化していく。
E級召喚獣ヘルゴルゴートの能力は〈石化〉である。
時に自らを石化して敵の攻撃を防御し、時に相手をジリジリと石化させて倒す陰険な能力だ。ヘルゴルゴートの正体は傲岸で冷酷な人にちがいない。
ステゴセンザンが完全に石化するとパキィィン! と甲高く澄んだ音が鳴りひびき、灰色に変色していた部分が卵の殻のようにうすく砕けた。
石化と云ってもすべてを石にかえるのではなく、白色矮星のように極端に比重の重い物質で表層をおおいつくし、敵を押しつぶすのだ。
長い首で力なく天をあおいだステゴセンザンがそのまま横倒れし〈召喚牌〉へ吸いこまれた。戦闘不能である。
『召喚獣戦闘終了。勝者アレストリーナ!』
模擬戦闘場の自動審査システムがアレストリーナ姫の勝利を宣言した。ヒメアンドロ殿下が優雅にひざまづいて一礼した。
「勝者アレストリーナに栄光あれ」
アレストリーナ姫も同様にひざを折って深々と頭をたれた。
「ヒメアンドロ殿下に栄光あれ」
召喚獣戦闘終了後は勝者も敗者もおたがいを称えあうのが召喚獣戦闘の作法だ。さすがにこれはPC無料オンラインゲーム『フェアモン・バトル』にもない。
「ごくろうさんだっちゃ、ヘルゴルゴート」
アレストリーナ姫が立ち上がり〈召喚牌〉へ手をかざすと、ヘルゴルゴートの頭上に緑色の呪法陣がうかび、ヘルゴルゴートをやさしい光で照らしだした。
呪法陣がくるくるまわりながら収斂するとともに、ヘルゴルゴートの姿が光に溶けて音もなく消えた。帰還である。
さあ、はやく地球へ還って菜々美ちゃんと花火大会にいく約束をとりつけなくては!
いそいそと自分の〈召喚牌〉の前で帰還を待つオレの後頭部をだれかがグワシッ! とワシづかみした。
思わず「だれかが」と云ってしまったが、心あたりはひとりしかいない。わが飼主・アレストリーナ姫である。
「ぷきゅ~っ?」
つぶらな瞳で精一杯カワイらしい小ブタちゃんを演じてみせたが、アレストリーナ姫には通じなかった。
「……ど~して、あんたは、ウチの、云うことが、すなおに、聞けないっ、ちゃ!?」
アレストリーナ姫が自分の顔の前へひき上げたオレの身体を左右にゆさぶりながら怒りをぶちまけた。後頭部へめりこんだ爪がすさまじく痛い痛い痛い痛いっ!
「ぷっ、ぷきぴきぷきゃ~!」
云いわけしたいのは山々だが、なにせ今はウサ耳小ブタの姿で口をきくことができない。
「ちょ、ちょっちちょっち姉さま! 召喚獣はやさしくあつかうだに」
オレへの粗暴なふるまいを見かねたヒメアンドロ殿下がアレストリーナ姫に常識をさとすが馬耳東風である。召喚獣虐待ダメ。ゼッタイ。
「……まったく、ぶざまな召喚獣戦闘ぞよ」
オレたちの頭上から第三者のあきれ声がふってきた。
「だれだっちゃ!?」
アレストリーナ姫とヒメアンドロ殿下がふりあおぐと、模擬戦闘場南壁の上部にしつらえられた観覧席に女の人が立っていた。
ヒメアンドロ殿下が萎縮しながらささややいた。
「ネ……ネブラスカス姉さま」
赤い髪に白い肌。胸元の大きく開いた紫のドレスにキンキラキンのアクセサリーをジャラジャラ云わせた美しい顔立ちのオネーサマだった。ゴージャスなのにふしぎとチープな雰囲気を醸しだしているところがいささかザンネンと云えよう。
あれがアルマイリス皇国第2皇女・ネブラスカスであるらしい。オレがその姿を拝むのははじめてだ。
「そんなところで模擬戦闘をのぞき見しているなんて悪趣味だっちゃ」
「調教おわりにたまたま通りかかっただけぞよ。この程度の茶番なぞ見るほどの価値もないわ」
半地下にある模擬戦闘場の観覧席のうしろは通路になっていて、ほかの調教施設や牧場へと通じている。通りがかった皇族や皇国直属の召喚師が模擬戦闘を見学することはめずらしくない。
アレストリーナ姫の益体もないイヤミをあっさりかわしたネブラスカス皇女がするどい声で云った。
「ヒメアンドロ!」
「はひっ!」
「アルマイリスの皇子ともあろう者が防御一辺倒の布陣をとはなにごとか。恥を知るぞよ」
「はひっ! 申しわけなくぞんじますだに!」
ネブラスカス皇女の指摘に平謝りするヒメアンドロ殿下だが、彼の戦略は云うほど悪くない。
アレストリーナ姫みたいに防御の要となる召喚獣を配さずイケイケドンドンで攻めるよりよほど堅実で好感がもてる(どうやらアレストリーナ姫のイケイケドンドン戦法はアルマイリス皇家の伝統だったようだ)。




