第一章 召喚獣のささやかな日常。〈11〉
オレは闘牛士のような気分で猪突猛進するアルマジローナのゴロゴロドンドンをひらりとかわして高速玉乗りを披露した。
アルマジローナの進行方向へ玉乗りしながら左足を強く蹴り、軌道を少しずつかえていく。ゴロゴロドンドン状態のアルマジローナには周囲の景色が見えていない。ロックオンした召喚獣の気配を追尾するだけだ。
180度進路をかえたアルマジローナは空中にういたまま長い両耳でバランスをとることのできるオレをふり落とそうと躍起になり、ヒメアンドロ殿下の召喚した3体目の召喚獣カブトヤシガニへ向かっていることに気づかなかった。
「や、やめるだに! アルマジローナ、ストッピ、ストッピ!」
ヒメアンドロ殿下の制止もむなしく、アルマジローナがゴロゴロドンドンでカブトヤシガニを跳ねとばした。カブトヤシガニがいきなり戦闘不能し、そのままの勢いでうしろの壁に激突したアルマジローナも戦闘不能して〈召喚牌〉へ吸いこまれた。
これでもうヒメアンドロ殿下は新たに召喚獣を召喚することができない。
召喚獣が戦場から消えるには帰還と戦闘不能の2パターンがある。
帰還は召喚師の意思だが、戦闘不能は召喚師の意思にかかわらず召喚獣のライフポイントが設定数値を下まわると自動的に発動し、召喚獣を帰還させる。
一般的な召喚獣戦闘だと30が下限だが、模擬戦闘の場合は40~50と高めに設定される。〈召喚牌〉の外縁には細い帯状の召喚獣のライフゲージが表示されていて、そこで設定を自由にかえることができる。
極論だが、召喚師が戦闘不能のライフポイントを0に設定すれば、召喚獣は死ぬまで戦闘不能することはない。
召喚師の意思で召喚獣を帰還させた場合、おなじ〈召喚牌〉で別の召喚獣を召喚させることが可能だが、戦闘不能の場合、戦闘不能した召喚獣を召喚させた〈召喚牌〉は数時間使用不可能となる。
そのため、3対3の模擬戦闘で2体の召喚獣が戦闘不能させられたヒメアンドロ殿下に、もう新たな召喚獣を召喚することはできないのだ。
オレは宙を舞い、ぼうぜんとするヒメアンドロ殿下を尻目に自陣へもどりながら、
「ぴゅ~いっ!」
と、お仲間のヘルゴルゴートへ鼻を鳴らした。
E級召喚獣ヘルゴルゴートは鈍色の甲冑を身にまとった勇壮で巨大な黒山羊である。口まわりと脚元だけは白く、太くねじれた2本の角がそのまま兜かざりになっていてカッコイイ。
オレはヘルゴルゴートへ「おわらせよう」と合図したつもりだったが、ヘルゴルゴートはブルンと首をふって四肢を踏んばった。ヒメアンドロ殿下にのこされたE級召喚獣ステゴセンザンの攻撃にそなえているらしい。幼いヒメアンドロ殿下に攻撃の機会をあたえているのだ。
ヘルゴルゴートがだれかは知らんが、皇族の気まぐれ模擬戦闘にガッツリつきあうとはよい性格をしている。あるいは単なるヒマ人か?
「どうしたっちゃ、ヒメアンドロ? もうおわりけ?」
お姉さんのアレストリーナ姫が挑発すると、ヒメアンドロ殿下が気丈に吼えた。
「ま、まだだに! ステゴセンザン、センザンサンダンス!」
ヒメアンドロ殿下の命令にステゴセンザンがこたえた。
E級召喚獣ステゴセンザンはその名の通り、センザンコウが素体となった召喚獣である(ちなみに、センザンコウとは大きなウロコ状の外殻に身を固めたアリクイだと思ってもらえればよい)。
召喚獣ステゴセンザンの尾は実際のセンザンコウほど長くないが、ステゴザウルスのように背中から尾にかけて割れたガラスをぶっ刺したようなヒレ状のトゲが2列つらなっているのが特徴である。ヘルゴルゴート同様、体高は2m以上、体長も5m近くある巨獣だ。
そのステゴセンザンが上体を起こして仁王立ちすると、前脚を水平にかかげたまま左へ2歩、右へ1歩ステップを踏んだ。……これってマイケル・ジャクソンの『スリラー』っぽくね? どうやって調教したんだか?
ステゴセンザンが太い後脚で石の床を踏みしめると、背中のヒレがビリビリと帯電した。オレはステゴセンザンの攻撃をさけるべく、ヘルゴルゴートの身体の下へもぐりこむ。
「ブモウッ!」
ステゴセンザンが前脚をふり下ろすと、ヘルゴルゴートの頭上で雷撃がはじけた。閃光で目がくらみ、カミナリが近所に落ちた時みたいにドズゥン! とすさまじい爆音がとどろく。
「やっただにか!?」
そう云うフラグの立つ時はたいがい「やってない」ことをヒメアンドロ殿下はごぞんじないらしい。
横綱相撲でステゴセンザンの攻撃を正面からうけたヘルゴルゴートも、さすがにノーダメージでフィニッシュと云うわけにはいかないが、反撃する余力は充分にある。
「ヘルゴルゴート、バジョーフラワー!」
アレストリーナ姫の言葉にヘルゴルゴートの双眸が赤く光ると、ステゴセンザンの周囲に無温の黒い炎が上がった。




