表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/95

第一章 召喚獣のささやかな日常。〈9〉

挿絵(By みてみん)


「はよーす」


 オレと瑞希(みずき)が教室へ入ると、壁際の席に鳩首(きゅうしゅ)する女子たちがこちらをふりかえった。


「おはよう、瑞希(みずき)ちゃん。カオルくんも」


「おはよう」


「おはよう、菜々美ちゃん」


 女子たちにまざっていた菜々美ちゃんの挨拶に瑞希(みずき)とオレも応えた。至福の一刻である。


 (せん)の一件以来、オレと菜々美ちゃんは毎日挨拶をかわすようになった。どう云うわけか1対1だと上手に会話をつづけられないが、瑞希(みずき)がそばにいるとちょっとだけ会話がはずむ。


 オレはさりげなく(たず)ねた。


「なにしてんの?」


「夏休み中の部活のスケジュールとか見てたの」


 菜々美ちゃんは吹奏楽部のクラリネット奏者だ。文系だと夏休み中の部活なんてあってなきがごとしものだが、吹奏楽部は弱小運動部の応援とか吹奏楽のコンクールなんかがあってタイトなスケジュールであるらしい。


「1年はまだレギュラーじゃないからアレだけど、まるまる休みってなるとお盆くらいしかないんだよね。……瑞希(みずき)ちゃんは夏休みなにしてんの?」


「特にない。……あれ? アメリカいきはいつだ?」


「おまえの予定をオレに()くな。8月上旬だろ」


 瑞希(みずき)から聞いたわけではない。美奈代さんから「一緒にいかない?」とさそわれたので知っていただけだ。親戚同然のつきあいとは云っても、親子水いらずの海外旅行へついていくほど野暮(やぼ)ではない。無粋(ぶすい)ではない。


「え~、瑞希(みずき)ちゃんアメリカいくの? いいな~」


「しかたなく」


 うらやましげな嬌声(きょうせい)をあげる菜々美ちゃんたちとは対照的に、瑞希(みずき)がいつもながらの冷めた口調で応じた。


 瑞希(みずき)のアメリカ旅行は『観光』ではなく『講演』がメインだ。


 NASAおよびさまざまな権威ある大学でムツカシイ宇宙論の講演をおこない、学会へ出席するのが目的である。ただでさえ英語の苦手なこのオレが、そんな旅行に同伴してもヒマをもてあますだけだ。


「……カオルくんはご両親のとことかいかないの?」


「いやいや。この時期、熱帯のジャングルはキツイって」


 オレは(かぶり)をふって否定した。避暑地ならまだしも、遠路はるばる日本より蒸し暑くて虫とか多くてウザいところへいくなんて狂気の沙汰だ。ごめんこうむる。


「前期の夏期講習もあるし」


 オレは教室掲示板に貼りだされた夏期講習の日程表へ顔を向けた。


 ウチの高校では希望者と成績のかんばしくない者向けに夏期講習がおこなわれる。オレは後者で英語の夏期講習をうけねばならない。


「カオルくん、夏期講習うけるの? それじゃ夏休み、学校で会えるかもしれないね」


 く~っ! 菜々美ちゃん、なんと云う罪深い一言! その無邪気な言葉と屈託(くったく)のない笑顔にどれだけの男子がありもしない期待に胸おどらせ、心ときめかすことか!?


 うぬぼれるなオレ! 真にうけるなオレ! 菜々美ちゃんは夏休みもオレに逢いたいとか「夏休み一緒にどこかへいきたいな」とか「夏休み一緒にどこかでお泊まりしたいな」と言外にほのめかしているのではない!


 純然たる可能性を示唆(しさ)しているだけであって、決して他意など恋慕(れんぼ)の情など……期待しちゃおっかな。


「なにをひとりで百面相している?」


 瑞希(みずき)の言葉でわれにかえった。内心の葛藤(かっとう)が表情にでていたらしい。


 気がつけば、菜々美ちゃんは机にひろげられた吹奏楽部のスケジュール表へ向きなおり、ほかの女子たちときゃいきゃい云いあっていた。……フッ、みじけえ夢だった。


「あ、ねえねえ! 30日って弁天川で花火大会あんじゃん! あれみんなでいこうよ!」


 スマートフォンで7月のイベント情報を検索していた吹奏楽部員・園丘(そのおか)の言葉に女子たちがわきたった。


 一瞬、蚊帳(かや)の外へ置かれた瑞希(みずき)に気づいた菜々美ちゃんが声をかけた。


瑞希(みずき)ちゃん、アメリカは8月だよね? もし予定なかったら、瑞希(みずき)ちゃんも一緒にいかない?」


 そして、その視界の隅へ(うつ)りこんだオレにも気づくと、菜々美ちゃんはおずおずと云った。


「あ、……よかったら、カオルくんもどう?」


 ……やってきました、大どんでんがえしっ!


 瑞希(みずき)の金魚のバーターにして圧倒的社交辞令ではあれど、菜々美ちゃん(その他大勢)と花火大会へいけるプラチナチケット入手(ゲット)と云う幸運に、オレのテンションは舞い上がった。


「え? オレも? う~ん、それじゃ……」


 あんましがっついてる感がでるのもどうかと思い、オレが菜々美ちゃんへの返事をちょっともったいつけた刹那(せつな)、頭上から場ちがいにあかるい声がひびいた。


召喚(コーリン)ッ!』


 なにそれ!? ちょっと待て!? このタイミングで召喚ってウソだろ!? 聞いてねえし!?

 

 教室の天井へオレにしか見えない緑色の呪法陣(じゅほうじん)があらわれると、右尻の呪印(じゅいん)が反応して赤くうかび上がるのがわかった。


 オレは自分の身体が透明(ステルス)化していくのを感じながら呪法陣(じゅほうじん)へと吸いこまれ、目一杯うしろ髪ひかれる想いで異世界へと召喚された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ