最愛―愛しい人と愛らしい娘―
なつかしい部屋の扉に手をかける。
心が……鼓動が速くなってきた……息が苦しい。
アベルは業務に戻ったし、アレスターは故郷に帰ってしまった。
確かにこれは僕とアイシアの問題だが、一人になるとどうも弱気になってしまう。
「よし……」
意を決して扉を開ける、中は以前と変わらぬままのアイシアの部屋と……
アイシア本人が、窓の外を眺めベッドに腰かけていた。
「ア、アイシア……」
十年ぶりに声をかける、アイシアはあの頃とほとんど変わらない姿だ。
髪は伸びているし、少し大人びた感じはするがほとんどあの頃と変わらない。
反応がないのは分かっている、アベルが改善されたなんて期待させるから少しやってみたくなっただけだ。
僕は扉に鍵をかける、これは大事だった。
さもないとアイシアの母様がいきなり入ってくる時が昔多々あった。
もちろん彼女も母親だ娘が心配なのと僕を勇気づけようとしてくれているのは伝わるのだがやり方が……
「アイシア」
そう呟きながら、僕はアイシアの隣に腰かける。
「この切り方はルーテシア様か……」
こうなってもアイシアを慕ってくれるルーテシアにはいつも感謝している。
彼女も辛いはずなのだがそんな姿は見せまいと気丈に振舞っていたがいまはどうだろうか……
僕は黙ってアイシアの髪をなでる、綺麗な髪だ。
短い間だったが彼女との思い出は今でも湧き上がってくる、彼女が見せてくれた笑顔は今でも忘れない。
心が震える、なにかがこみ上げてくるが涙は我慢する、もう泣くわけにはいかないからな。
「そうだ!」
反応が返ってくるわけでもないが、僕は気分を変えるためにわざと大きな声で立ち上がる。
「見てくれよアイシア、スノフェアリーにもらった雪の谷の雫っていう結晶石だ。なんでもこれを身につけていると精霊の加護が得られるらしいぞ」
僕は彼女の首に雪の谷の雫で作ったネックレスをかける、良く似合っている。風の精霊は気さくな奴が多い、旅の帰りなどに精霊に出会うと色々お見上げをくれる、だからアベルにアイシアへ渡してくれと送ったりすると部屋に飾ってくれる。
今もしまってはあるがどこかに置いてあるはずだ。
「だいぶ時間たったな……」
アイシアのそばで十年の思い出を語っていたらあっというまだ、明日も来よう……僕ははそう決意した。
「アイシア……」
彼女の表情は変わらない、小さな呼吸に時折する瞬き……それでも彼女を愛しいと思える。そんな自分がまだ心にいてよかった。
僕は、彼女の頬にそっと指をあてる、これは昔やってたおまじないだ。
なんとなく彼女に触れることが、僕にとって励みになる。
「おやすみアイシア」
僕はそう言って、部屋を出た。
部屋の前には食事が置かれていた、おそらくメイドのエリが気を利かせてくれたのだろう。
エリは五年ほど前に僕が保護した村の子供で、身寄りがないとのことでアベルに相談したところメイドとして衣食住の提供と教養を学ばせてくれるという破格の条件で預かってもらった。当時のメイド長はきびし人だったらしいが今もその人かな……よく手紙はもらっていたのだがエリに会うのも久ぶりだあとであいさつにいかなければ……そう思いながらも自室へ足を運んでしまった……七年の間、開けていた自分の部屋。
あのころと変わり映えはしないがどこか落ち着く反面、何とも言えない気持ちが湧いてくる。
僕が後悔をしつづけた部屋でもある、それも今ではいい思い出だ。
あの頃のアイシアが聞いたら僕の武勇にきっととてもよろこんでくれるだろう……なあアイシア……
僕が感傷に浸っているとコンコンと部屋をノックする音が響く。
「いいよ」
その声に「しつれいします」とまだ幼さ残る声が聞こえた。
エリが僕の部屋へ入ってきた、まだまだメイド服が似合っていない。
それでもしっかり着こなしているのはメイド長のしつけのおかげか……明日にでも会いに行かなければ。
そんなことを考えていると、エリは僕の膝元にとんできた。
「おひさしぶりです、あいたかったです」
エリは大粒の涙を浮かべている、良く考えれば五年ぶりの再会だ。
手紙のやり取りがあったとはいえ、さすがにさびしい思いをさせたな……僕は力強くエリを抱きしめた。
「すまんな、なかなか顔出せなくて……」
「いいんです。義父さんがいそがしいのしってますから」
「よしよし、いい子だエリ。今いくつだ?」
「もうすぐ十歳です」
「大きくなったな」
我が娘の頭をなでながら、他愛もない会話をするように心がける。
エリは昔、竜の被害で滅んだ村の生き残りだ。あの頃は僕もそんなに実力がなかったために村を守ることができなかった……そのなかで唯一生き残っていたのはエリだった。
エリは青褐色の髪に、赤い瞳の少女で村で竜の巫女として生け贄にされるところだったが、逆に離れていたため竜の襲撃の被害に会わずに済んだというなんとも奇妙な運命である。
そこを保護したのが僕で、仕事で離れられない僕の代わりにメイド長に一任してお願いしたのだが……
正直、エリには辛いおもいをさせたと思う、詳しい事は僕も分からない。
エリは僕に保護される前の記憶をほとんど覚えておらず、身内もいないため引き取ったにすぎず、僕自身ほとんど接したことないエリとの会話はぎこちないものだったと思う。それでも笑顔で受け答えしてくれるエリに僕自身も救われた気がした。
「義父さんはすぐにしごとにもどるんですか?」
「いや、しばらくはここにいるよ」
エリの不安そうな顔は一瞬で明るくなった、正直ほんの少ししか付き合いのない僕にこんなになついてしまって大丈夫なのか心配だ。
まあ、この気持ちが親としての心ならそれはそれで安心できるものある……結局自分のことしか頭にないがな……
「寝たのか……」
それでも、だれかが幸せになれる手伝いができるならそれでもいいか……
その思いを胸に、僕は今日という日を閉じた。