敗北―押えられぬ感情―
若干、鬱と胸糞悪い描写がありますので注意を
筆記試験は案外簡単に終わった。
その内容のほとんどが騎士への心構えとこの国の成り立ちだったからだ、正直こう言った暗記問題は一番安心できと思えた、覚えてしまえばなんら手こずる要素はないからだ。
こうしてすべての試験は終わったのだが……
正直僕はかなり落ち込んでいた、確かに自信はなかったがそれでももっと自分はやれると思っていたし、実際最初はかなりうまくいっていた……だがまた勝てなかった。
こっちの世界に来て、戦いというものはいくつも経験してきたし一つ一つすべてが手の抜けない戦いだった……にも関わらず僕はなんども負けた。
確かに死ぬような負け方じゃない、だが勝てなかったことは事実だ……もし同じ状況で命のやりとりがあったならもうここに僕はいなかったはずだ。
アベルさんもアイシアもとっても褒めてくれた、上達ぶりには目を見張るものがあるとも言ってくれたがそれじゃ意味がないんだ……
まだ、僕は強くならなきゃいけない……本当の意味で。
後日、合格の通知が届き、僕は晴れて「騎士見習い」となった。
「一つ目標達成ですねダイチさん!」
「そうだな……」
アイシアにそう言われても素直に喜ぶことができないようになってしまった。
昔ならゲームで負けても勝つまでやってやると息巻いていたが今の僕にはそれができない。
僕の様子をみてアイシアもかなり落ち込んでしまった……ここ数日は頑張って励ましてくれていたが今ではだいぶ彼女も滅入っている。
だめだと、頭では理解できているのだが気持ちがついてこない……
このところ、勉強も頭に入ってこないし……剣術もアベルが抜け出せないから自主練習なのだが身が入らない。
正直、俺が頑張らなくてもいい気がしてきた。
だってもうもとの世界とかどうでもいいし、わざわざ負けるための旅なんて……
この世界もだれかがどうにかしてくれる、俺である必要はない。
いっそ、この場で……
「なあ、アイシア……」
「ど、どうしました?」
一応、僕の近くで本を読んでいたアイシアがびくりと体を震わせ僕のほうを見る、その瞳は僕の様子に怯えているようだ……
「アイシアはさ、僕のことどう思ってる?」
その言葉にアイシア、歯切れが悪そうにくちをもごもごさせて目を逸らす……たぶん、引いているんだろうな。
僕を傷つけない言い訳を考えているんだ……できればどこかに消えてほしいと……そう思ってるはずだ……
「キャッ」
僕はアイシアを床へ押し倒した。
両手を押えて足を拘束する、僕より小さなアイシアの動きを封じるくらい簡単なことだ。
アイシアは驚いたように目をパチパチさせている。
現状を受け入れられていないのか……またはこれから自分に降りかかることに恐怖しているのか……
「ど、どうしたんですか。ダイチさん……きゅ、急にこんな事……」
アイシアの言葉は僕の耳には入っていなかった。
ただ僕は僕の中で渦巻く感情を他人にぶつけたかった、それは戦いではなく別の形で……
昔からコンプレックスだってあった、こういった経験がないこともその一つだ……
おかしくなってしまった僕はコンプレックスの一つを解消することで自分はまだ大丈夫だと、自分はまだ他人に劣っていないと、勝手に救われると勘違いした。
もちろん、そんなことしてもなんの解決にもならないし、逆にアイシアとの信頼を失うことでさらに自暴自棄になることは目に見えていた。
それでもいいと……
その場で渦巻く感情を爆発させようとした……
「ダイチさん……辛いなら泣いてもいいんですよ弱音を吐いていいんですよ……言ったじゃないですか。私はずっと傍にいますから、強がらなくていいんですよ。全部背負い込んでも仕方ないです」
彼女は意を決したようにまっすぐ僕の目を見ていった。
いつも僕を見ている、まっすぐした目……決して偽りのない純粋な目で……
僕の爆発しそうな感情は……彼女の言葉ですべて涙に変わった。
こんなに泣いたのはいつ振りだろうと言うぐらい泣いた。
僕が離れると彼女は僕を力強くだきしめた。
「今度はダイチさんが泣く番ですね」
彼女はそう言った。
「あれ……」
いつの間にか寝てしまったようだ。
ベッドではアイシアも小さく寝息をたてている……僕は眠る前の一連の出来事を思い出し、とても恥ずかしい気持ちになった。
数回の負けを重ねたぐらいで自暴自棄になって、他人を傷つけてしまうところだった。
努力した結果が実らないのは誰にでもあることだ、それが今回僕だっただけで……それを……
取り返しのつかない事にならなくてよかった……
僕はどうやらアイシアを支えてるつもりでいたがアイシアに支えられていたようだ。年下の女の子に慰められるなんて……悪い気はしないけど。
でも、良かった。
僕はアイシアの頭をそっと撫でた。
「だいち……しゃん……魔法はおいしいですか……そうですか……エヘヘ」
どんな夢を見ているのか……激しく気になるところだけど今はそっとしておこう。
僕ももう一眠りといきたいところだけど、久々に訓練しないとしばらく怠けてたからな……
僕はアイシアを起こさないようにそっと、部屋を出た。
久々の訓練というか自主練習だが腕は衰えていないようだった。
アベルのアドバイスで長剣以外の得物も扱えるように練習しはじめた、実践じゃどんな得物になるか分からないし、壊れたり、拾ったりするかもしれない。それに魔法と同じで使い方が分かっていれば対処法もわかるかもしれないとのことだ……
実践に考えすぎはないって言うのがアベルの口ぐせだった。
そんなアベルもいい加減、外交関係やら魔族の動きやらですっかり王宮から出てこれなくなったが……立場的に時期王様じゃ仕方がない。
それより、これからのことだ……もちろん当初の目的通り、情報収集のために世界を回る……うん、これだけ聞くととんでもないな……
となりのメディクトに行くだけで数日かかった、それだけでもやばいがそれがさらに広くなるのか……馬、という手もあるが正直前のように襲われたら馬なんて役に立たなくなっちゃうしな……
RPGみたいに乗り物を召喚できたりすれば困らないんだが……これもアイシアに相談か……
鍛錬を終えて部屋に戻るとアイシアは起きて机に向かっていた。
僕はなんて声をかけていいのか分からなかった……いや、声をかけていいのかもわからなかった。だからその場で動けなくなってしまった。
アイシアへの態度を考えれば、僕は今すぐ追い出されていいはずだ……
こちらに気付いたのかアイシアは振り返って、こう口にした。
「あ、おかえりなさいダイチさん。また薬草ジュース飲みますか?」
いつもと変わらないアイシア、なぜだろう。怒っていないのか……?
「その……あの……」
歯切れが悪い僕をアイシアは笑顔で待っている。
「ごめん……」
やっと口に出せた言葉……たったこれだけ。
「いいんですよ」
これだけを彼女はしっかりと受け取った。
「でも……」
「何を謝ってるんですか。もう、済んだ事ですよ」
もう、僕からはなにも言えなかった。
「さて、これからの事なんですが……エルフの里にお邪魔しようと思います」
「エルフ……?」
エルフってあのおとぎ話とか神話に出てくる耳長族のことか……
そんなことより、この世界エルフっていたんだな。
「そうです、エルフですよ。実は数週間前に友達のエルフに色々と聞いてみたんですよ……そしたら」
いつのまに……ずっと王宮に引きこもって僕の後を付いてくるだけじゃなかったのか。
しかし、エルフに友達がいるなんて交友が広いな……ってきりエルフなんて言うから多種族との交流はしないとか思ってたけど。
「ジャジャーン!これを見てください」
アイシアは机の引き出しから一枚の古ぼけた地図を取り出した。
「なにそれ?」
「ふふん、驚かないでくださいね……これは神様の眠る場所を示した地図なのです!」
「神様……ってあのおとぎ話の?」
「おとぎ話じゃなくて事実だってことですよ。きっとこれがダイチさんがもとの世界に戻ることと関係があるはずです」
なるほど、確かにもとの世界に帰るためには竜の血と女神の涙がいるんだっけか……
神様が寝る場所を捜索すればいずれは女神にたどり着く……でも。
「で、それどこまでいけばいいの?」
「えーと、アースガル全域ですね」
何言ってんの?
「え、何言ってんの?」
「長旅になりそうです!」
さすがに僕でもこれは引いた。