試験―期待を胸にいざ―
ほぼ説明と描写しかないです。
さて、アベルの訓練とアイシアの魔法指南ですでに二ヶ月くらいたった。
騎士見習いの試験まで、もうあと少しと迫ってきた。
アベル曰く、試験は余裕で合格をとれるはずだと言われた……自信はないが、それでもやらなければならないことだ。
アイシアとの修行は正直上達はない、だが魔法についての知識を知ることできた。お陰でまだ魔法を使うことはできないが、その対処法を学ぶことはできたのは大きいと思う。
魔法は、その規模が大きくなればなるほど発動までに時間がかかる。
俗に言う詠唱というやつだ、詠唱中は無防備になるし、他の魔法を出すこともできない、もちろん魔導師はそれを理解してくるし多種多少な妨害魔法を使ってくるし、高度な技になれば姿を消したり、瞬時に移動したりもできるそうだがそこまで上位の技をポンポンと出せる魔導師も世界に数人いるかいないか……それよりも古代魔装具を持っていたり、魔性石を隠し持っていたりしたほうが厄介だ。詠唱が必要そうな、技を瞬時に使ってきたり、それこそいきなり大技で取り返しのつかない……なんてことにもなる。
魔導師は実に厄介だが、その魔導師の上位に位置するアイシアから指南を受けれたことはとても幸運だと思う。
ゲームでいえばいきなり大手ギルドで効率のいい狩りを教えてもらえるようなものだしな。
「ふう……」
「お疲れですね」
僕が一息ついて椅子に腰かけると隣にアイシアが座ってきた。
最近、薬草研究にはまっているらしく、疲労回復の薬を飲みものにして良く持ってきてくれる。
まあ、味はあれだが効果は絶大だ……
「明日か……」
ついに試験が明日に迫っていた。
あっちの世界で言えば大学受験みたいなものだ……それもかなりレベルの高い。幸い、関所の入出が制限されている今は人数も少ないからチャンスは普通よりも高いがそれでも緊張するし自信はない。
「不安……ですか?」
アイシアも僕の様子を察してか不安そうな顔をしている。
「不安がない……と言えば嘘になる」
前の僕ならここまで頑張ろうとも思わなかった。非日常に直面して、こんなにやる気が出るなんて思わなかった……たしかにこっちの世界に望んできたのは僕だが。それでもあきらめなかったのはアイシアのおかげだ。
「でも、二人に教えてもらった事は確実に僕の力になっている。だから確信していえる」
僕はアイシアの顔を……目を見てしっかりと言う。
「大丈夫だと」
「はい、応援してます!」
そう言ってまた飲み物を追加してきた。
「明日に響くといけませんから」と言っているがつらいぜ。
そしてその時は案外早くきた。
多くの騎士見習い志望の若者が並ぶ中、不格好に正装を着る僕の姿。
この国に仕える者がきる、騎士見習いの服を志望者は全員着ることになっている。もうすでに試験は始まっているのだ。
試験はほとんど実践を主体としたものが多く、身体テスト、模擬戦闘、乗馬訓練となかなかの曲者揃い。
そして締めは筆記試験と意地の悪い試験内容だ。
もちろん、試験開始は国王さまのありがたーいお言葉を聞き、大臣さまの試験の説明を長々と聞き、そして試験が始まった。
正直こう言った試験は学生時代から苦手だった。
ぐうたらと言い訳をつけて勉強しなかったからだ、でも今は違う……
確実な目標を持ってこの二ヶ月しっかり勉強してきた。
それに……アイシアのためにもここで躓くわけには……
最初の身体テストはほとんど簡単だった。
学校でもやる体力測定のようなものに基準値が設定されており、それを超えると合格と言ったふうだった。
この日に向かって鍛え上げられた僕はどれも悠々と合格することができた。
しかし、上には上がいるもので長年騎士に仕える家系の奴だったり、天才的な身体能力を持った奴がいたりと目立つ奴は多かった。
先に乗馬テストをやらされた。
内容は馬にのって決められた地点を回るというものだが、案外この国の地形は馬には厳しいようで結構、振り落とされたり、迷ったりと多くの者が脱落していった。もちろんここで脱落したからと言って騎士見習い自体にはなれるがいざ騎士を目指したときに障害となることは間違いないとアベルには事前に言われていた。
僕はこの試験はかなり集中してやることにしていた、事前に馬に乗って練習もしたしこの国の地形もある程度は頭に入れておいた。
もちろん目標の地点は毎回ランダムだったが以外にもすんなりと合格できた。
次は模擬戦闘だったのだが、これが一番の問題だった。
いくらちょっとばかし身体能力がいい僕でも何年も訓練しているであろう、奴らとまともに戦わなければいけない。
確かにアベルとの戦いはうまくいったが、あれがたまたまだった感も否めい。
僕の最初の相手は普通に騎士家系のご子息さんだった、というか普通になんどか顔を合わせたこともある。
強敵なのは間違いないがそれでも知らない相手よりはやりやすい。
「まさか所詮で君とあたるとは、不思議なものだな」
「僕もそう思いますよ」
この世界は長剣と呼ばれる細長い剣を用いるのがほとんどだ、もちろん他の剣も使用できるが模擬戦闘でこの剣とやり合うのは部が悪い。
細く取り回しが早い上に突きが主体の戦いかたは他の剣では対応しずらいからだ、そのせいかこの剣の使用率が一番高いため模擬戦闘でもほとんどこればかりだ。
相手と僕が二人で対峙する、抜刀からが試験だ……気は抜けない。
相手も同じだろうか額に汗を浮かべている。
試験官が無言で構えに入った、ここから試験官のタイミングで合図がでる。
もちろん、先手を取ったほうが有利だ、少しでも早く合図を聞くために僕は聴くことに集中する。
「はじめえ!」
その合図が聞こえた瞬間、カーンという音が響き、相手の剣はどこかに吹き飛んでいた。
勝負の世界は一瞬なんて言うが本当に一瞬だった。
「それまで!」
どちらかに剣先のペイントが接触するか得物がなくなるまで続くのだが、今回は得物がなくなるのが早かったようだ。
今も手は震えている、冷静に相手と向き合い礼をする。
頭で理屈は理解できているのだ、これはアベルの受け売りなのだが良い剣術師ほど最初の一撃は胸か腹に集中するのだ、これは一番防御がしずらいところだからだ、目で見えていても中心は反応しずらいのだ。
もし反応できても剣先が届く場合がほとんどで大体間に合わずにべっとり新品の服が汚れてしまう。
だから逆手にとってあらかじめ自分の中心付近へ最速で剣を振り上げるのだ。すると突きで伸びた腕では勢いの着いた一撃を防ぐことはできないし、仮に防げたとしても得物を放さぬよう勢いを殺すため腕を大きく逸らすことになる。どっちにしても型にはまった剣術師ほど、脆いそうだ。
だから相手を見て、やれそうなら実行するといいと言われた。
僕は知っている相手だからこそ綺麗に勝てたと言っても過言ではなかった。
二戦目は、相手の出方を探るため、あえて抜いて距離をとった。
この剣は長いためかなり距離を取らなければならないのだが、アベルに訓練された僕には造作もないことだ。
もちろん、剣が届きそうになったとしても不意に後方へ下がった相手に無理やりあてようとすればどうなるかなんて簡単に予測できるのだが……
三戦目は、強敵だった。なぜかこの場に合わない巨大な得物を掲げて目の前にやってきたからだ。
その剣は、人をキルにはでかすぎる……その男の身長ほどある、剣は分厚く、模擬用だから刃はないのだがとても鋭くみえる。わざわざ模擬用に用意したのだろうか、それでも異様だった。
相手の男も、とても騎士を目指すようには見えない……荒くれものといった風貌だ、背丈も僕より高い……僕だって百八十はあるのだそれより高いとなると下手すれば二メートルはあるんじゃないか。
「よろしく」
「……」
男はまるでこちらは眼中にないように別なものをみている。
その視線の先を僕にはみることはできないが、何か憎しみや恨みといった感情が見て取れた。
「はじめえ!」
試験官の声が響く、僕はその得物の大きさを見越して、それこそ他の剣術師がテンプレートのようにする突きを放った。
しかし、男はその大きさに似合わぬ速度で僕の剣を剣の腹で防いだ。
確かにそれだけ大きいならばそれも可能だろうが……それにしても早すぎる。
正直この剣速で振り回されたら僕に勝ち目はない、だから僕は攻め続けるしかなかった。
おそらく周りの目には僕が一方的に攻めているようにも見えるだろうがこの細い得物じゃどうあっても不利だ。
相手の得物を吹き飛ばすことも相手に一撃いれることも難しい。
じりじりと僕のほうが消耗していく、相手の攻撃も体ごと捻って剣でうまく受け流すことで精一杯だ。
普通の実践なら剣が折れているところだろう……模擬であることに感謝しつつも猛攻を止められない。
もちろん大きな得物との戦いもアベルは想定して教えてくれたがここまで取り回しが早いのは完全に想定外だ。
相手の攻める回数が多くなる、なんとか間一髪で避けるがいくら後ろに飛んでも剣先はどこまでもついてくる。
僕はすべての力を振り絞って、男の一振りを受けた。鍔迫り合い……になっているのだろうか、ギリギリとこちらが押されていく、この体勢は圧倒的にこちらが不利だ……
それでも負けたくなかった……
意地だった……
応援してくれたことに応えたかった。
全身を使い剣を押し戻す、相手も僕の粘りかたに一瞬だけたじろいだ。
その隙に、渾身の力で剣を弾き飛ばした。
相手は大きく仰け反り、物凄い隙ができた……だが……
「そこまで!」
試験官の無慈悲な声が響いた。
僕は昂った心を落ち着けながら冷静に手元を見た……
ないのだ、あるはずのない剣が……
手が震えている、負けたこともそうだが疲労の感覚がないのだ。
そのせいで、勢いのついた自分の攻撃に手が腕が耐えきれなかったのだ。
こうして僕の模擬戦闘は終わった。