魔法―流れゆく不思議な感覚―
「それじゃあ、いつまで経ってもいい騎士にはなれないぞ」
アベルの鍛錬を受け始めてから数日、なんとなく基礎は理解できてきたがそれでも付け焼刃だ。
彼が天才だというのはすぐに分かった、アベルは飛びぬけた洞察力と反射神経それと剣術が好きということにおいて右に出るものはいない。
しかも、剣だけではなく魔法や地理に対しても深い理解をしている。
本当の意味で天才だし、努力を怠った姿もない。それ故か周りから重圧や嫉妬の目もあり、妹のことも気にかけてやれないと嘆いていた。
分家と本家の違いもあり、それが妹にも迷惑をかけているとも……
だから妹が信頼を寄せている、僕に対してついつい期待しているらしい。
いい迷惑なのだが、僕にしかできないと言われれば悪い気はしない。
しかし、厳しすぎるのはいかがなものかと……
「いいですか、ダイチさん。魔法は過程の構築が重要なのです、見ててください」
アイシアの手の平から火がボワッと上がる。
そして、そこから火は上に上昇してくるくると輪を描き最後には消えてしまった。
「これが魔法です」
ふむ……何が言いたいのか全く理解できない。
アベルもそうなんだが基本的な部分は感覚でやっている節があるからな……兄妹揃って天才肌だし。
「この間も、言いましたが魔法は小さいころからコツコツ体に慣れさせないと使えません、ですが!」
アイシアは僕の手を取って目を輝かせながらいった。
「ダイチさんならやれてしまう気がします!」
「なにを根拠に……」
そこからは剣術の基礎練習、魔法を体に慣れさせる練習、言語の勉強と毎日、毎日飽きずにやった。最初は面倒だと思う時もあったが、少しでも達成できるとそれが楽しくて仕方がなかった。
剣術がやっと上達してきた頃、やっとある程度文字がよめるようになった。魔法はまったくダメだったが、寒い時や暑い時の体温調整ぐらいはできたようになった。
さっそく、この世界の住人が生まれて最初に贈られるという「楽しい魔法の教科書」を読むことにした。まあ、僕の文章の理解能力もその程度だし……
「魔法とは、身近にあるものですが誰しもが使えるものではありません……しかし、この本を読み続ければ誰でも魔法を扱えるようになります……と」
あれこれって、いい商売かな……著者は魔導師協会?初耳だな、あとでアイシアにでも聞いてみるか。
「えーと、まず基本一……規則正しい生活と正しい食生活、そして正直に生きることが大切です。そしてお父さんとお母さんの言うことはしっかり聞きましょう。基本二……魔法は人を傷つけてしまうことがあります、人に向けて撃ってはいけません。基本三……魔法は楽しく学びましょう」
はい、分かりました先生!……なんてな。
「魔法訓練基礎。目を瞑り精霊の声を聞きましょう。精霊の声が聞こえたら、今度は精霊に呼びかけてみましょう。精霊との信頼が結べれば魔法を使うことは簡単です」
おいおいおい、無理だろう……目を瞑っても、なにも聞こえないよ。
ふむ、あまりに初級すぎるのは理屈が書いてなくて難しいな、普通の一般向け書物を見るか。
ああ、これだよこれ。魔法向上技術指南書……これなら分かりそう、えーと著者は……頭文字だけか、誰だかわからないな、出版協力は……これまた胡散臭い教会か、本の出版体制はこっちの世界に似ている。やっぱり人間の文化は同じような道をたどるのか。
「えーと、魔法は魔力を媒介にして発生させる奇跡の技と言われています。最初に魔法が発見されたのは人族ではなく、竜族だと言われています。竜族は体内に高濃度の魔力を所持していたと考えられており、精霊の助けをなしに魔法を発生させることができるとされています」
ほうほう、魔法はドラゴンが最初に使っていたのか。それが流れに流れて人族や他の種族に伝わったのか。しかし、ドラゴンは精霊の力を借りてないんだろ……じゃあ、これは誰が考えたんだ。
「随分と勉強熱心なんですね」
突然声をかけられて体が跳ね上がった、驚いた。僕は恐る恐る振り向くと長いウェーブがかかった金髪に上品なドレスをきた、優しそうなお姉さんが立っていた。誰だ……あれか噂のルルさんか?
「どうかしましたか、私の顔に何かついてますか?」
「あ、いえ。初対面なので戸惑ってしまって……失礼ですがどちらさまでしょうか?」
「ふふ、名前を尋ねるときはまず殿方からよ。本当に失礼な方ね」
「す、すみません。僕はダイチです」
「あらあら、あなたが噂の。いつもアイシアがお世話になってます」
「こちらこそ……アイシアさんにはお世話になりっぱなしで……」
「ふふ、自覚があるなら早く力をつけてね。ダイチくん」
なんなんだこの人は!!さっきから遠慮なく言ってきやがって!
事実だけどな、全部。いや、分かってんだよでも僕の努力も分かって……
「そ、それでお名前を伺っても?」
「あらあら、そんなに私のことが気になるの?困ったわーアイシアに悪いわー」
「いえ、ならいいです」
「あらそんなあっさり?本当は気になってるんでしょ?」
そう言って、このお姉さんはぐいっと顔を近づけてくる。
近い、近すぎる……
「うーん、やっぱ似るのねー」
似るってどういうことだ、いまいち掴めない。怖い。
「いやあああ、母様!なにしてるんですか!!」
母……様……?
母親?このお姉さんが母親?
ええ、だって二十代って言われても通じるぞ。
「あらあら、見つかっちゃった。折角、娘のお気に入りをいじめてたのに」
「もう!母様はまたそうやって……」
「ごめんなさいって、もうしないわ」
あーこれは反省してない顔だ、いたずら好きの顔している。
アイシアの母は「ごめんなさいねーダイチくん」と言って手を振りながらどこかへ言ってしまった。
アイシアの母親は昔から自由な人で、特に人をからかったりするのが好きらしく、アイシアはそのたび頭を抱えていた。別に悪いことをしている訳じゃないので最近じゃ放置しているそうだ。またあっても真面目に取り合わないようにとアイシアにくぎを刺された。
「ところで、ダイチさんはここでなにを?」
「ああ、そうだアイシアに聞こうと思ってたんだ」
僕は先ほど本を見て疑問に思ったことを色々と聞いてみた。どうも魔導師協会っていうのは、サファドに本部を置いた魔導師育成を掲げた組織で数少ない魔導師を集め次世代の魔導師を育て上げようとしている。というのが一般的な魔導師協会の活動らしい。実際は魔法を餌にお金儲けをしているってのが事実なのだが、それなりに実績もあるようで……サファドはそのおかげか魔導師国家とも言われている。
アイシア自身はあまり良い印象は抱いていないが、それでも魔導師が増えることは喜ばしいことだと言っていた。
事実、魔導師はなることも難しいがなったところで優遇される面は少ないらしい、確かに戦闘においてのその存在はとても重要だがいなくても困ることはないと言われ、別にそこまで魔法を極めなくても簡単な魔法はだれでも使えるし、わざわざ自分の子供を稼げない魔導師にしようとする親もいなかったそうだ。
しかし、魔導師協会により魔導師の立場が確立されるとその存在も一般的に浸透するようになったし、魔導師協会と呼ばれる一国家組織の後ろ盾があればパーティにおいても簡単に信頼を得られるようになり、その評価は一変したそうだ。昔は国に仕える、国営とよばれる仕事……騎士や兵士、大臣のような職業、その次に商人、その次に冒険家、その下に魔導師といった風に稼げる職業がきまってしまっていたが、今では商人よりも安定した収入を得られるようになったとのこと。
サファドではその能力が認められれば国営と同じ収入を得ることも夢じゃないらしい。
それに今のように昔と比べ魔物やその他の生物が活発化してきているため護衛役や狩りの一員として需要も上がってきたそうだ。
それでも魔導師自体はとてもなるのが難しく、今では供給のほうが追いついていないそうだ。
アイシアも宮廷第一魔導師を務めているが他の国お抱えの魔導師なんて四、五人しかアルラスカにはいないそうだ。
足りなければサファドから派遣してもらえばいいし、国総出で魔導師がそんな十数人も必要となる事態なんてそうそうらしいし。
だから魔導師協会の存在は今ではなくてはならないそうだ。
「複雑ですけどね、色々と……」
アイシアは最後にそう言っていた。
それと、魔法の由来が竜族というのは竜族がこの世界を支配しているときその圧倒的力が魔法のように思えたことから、竜族が魔法の発祥ではないかと言い伝えられているそうだ。
事実は違うそうだが魔法のでところは不明とされている。
竜族が発祥と言ったり神がもたらしたという説もあるらしい、だから奇跡の技と言われるそうだ。
この世界の成り立ちを紐解いていくとおそらく何百年とかかってしまう、だから誰もこの世界の真実を求めようとしないそうだ。知らなくても生きていけるそうだし、好奇心よりも日々の生活が大変ってもあるそうだが……
とにかく、深い歴史をすべて知るには人間には無理な事は確かだ。
「でも、ダイチさんは変わってますよね。普通ならそこまで考えようと思いませんよ、やっぱり凄いですよ」
そうかな……人間なら普通な気がするけどな、ネット社会だった僕の世界なら分からないことはすぐ調べるし、誰しも信憑性のない情報はそのでどころを追及したし。
知るっということは、人間にとって大事なことだと思うが……まあ暇な人間が多いの確かだがな。
「アイシアは精霊の声って聞こえるの?」
「はい、今でも普通に聞こえますよ。精霊さんにも一人一人に意思があって楽しいものです」
「ふむ、見えたりはしないの?」
「はい、声は聞こえますけど。精霊さんは小さな粒なので集まらないと見えないのです」
それが魔法か……分子みたいなものか魔力に呼応して精霊……分子があつまり火や水を形成しているのか……もしかしてこの世界は分子ではなく物体は精霊によって構成されている可能性が……まさか。
「そもそも、俺に魔力があるのかも分からないしな……」
どこかで魔力はどんな生物にも存在している、と見たがこの世界で言う生物じゃない僕は例外なんじゃないかと思う。
「大丈夫ですよ、手を出してください」
僕はアイシアに言われるままに手を出した、彼女はその手を包むようにとると力を込めて掴んだ。
すると僕の体の中を何か不思議なものが駆け巡る感覚を覚えた、その感覚はアイシアの手から僕の全身を通ってまたアイシアに戻っていくような。
なにかむず痒い感覚がするが、不思議と嫌な感覚じゃない。
「これが、魔力です」
アイシアは満面の笑みで微笑んだ、無邪気なアイシアの顔はとてもかわいかった。
結局その日は一日、アイシアと魔法について語り合っただけだった。