茶番―決意あらたに―
「落ち着いた?」
アイシアの部屋の寝具に二人で腰をかけながら、アイシアの背中をさすった。
先ほどから小さくしゃっくりを上げているもののだいぶ落ち着いてきているようだ。事情を聴きたいところだがおそらくは家庭問題の関係だろうな、アベルもああいってたし……なら、余計な詮索はしないで彼女自身に任せたほうがいいかな。
時々、アイシアは何かを思い出したかのように頭をグリグリとあててくる、かと思うと今度は力一杯抱きしめてくる。
ああ、彼女ができたらこんな感じなのかな。
「ダイチさん……もう少しこのままでお願いします」
「僕でよければいいよ」
まあ、現状じゃ長い付き合いになりそうだし……わがままはできるだけ聞くようにしよう……人付き合いもRPGの基本だしな。アベルにも任されてるし。
なんだかんだでアイシアはそこから二時間くらい僕にくっついていた。
「よし!もうだいじょーぶです」
そして唐突に立ち上がり、ガッツポーズをした。その瞳は前よりも輝いているような気がする。
アイシアは慌ただしく、着替えると「さっ!行きましょうダイチさん新しい冒険の旅へ!」と言って僕の手を引いて急かしてくる、まったく自分勝手な魔導師様は大変だ。
部屋を出ると、何者かが叫びながら突っ込んできた。
「ねええさまああ!」
アイシアより小さく見えるそれはアイシアの体を巻き込んで吹っ飛んだ。
なんか、「グゴォ」って声が聞こえた気がするけど気にしない。
「姉様!姉様!お戻りになられたならなぜ一番にわたくしにお教えにならないのですか!!」
小さい物体はアイシアを締め上げるように抱きついて離れそうにない。
頭をグリグリと押し付けている、気のせいだろうか鼻息が荒いのは……
「ルイシア様、やめてください。は、な、れ、て!」
アイシアはそれを引きはがそうと一生懸命に頑張っているが、体勢のせいかそれとも筋力に差があるのか全くはがせそうにない。
仕方がないので僕が二人を簡単に引きはがす。
「いやだああああ」
世話の焼けるお嬢さんが増えた、説明によると第一王女の妹……つまり第二王女である「ルーテシア・アルラスカ」……しかし、こいつは問題児だ。
「ルイシア様、こちら私の護衛をされているダイチさんです。ほら自己紹介しましょうよ」
「いやだ、こんな奴……力づくで、わたくしと姉様の仲を裂こうなんて」
はあ、なんだここの王族……過度のシスコンとレズがいるとか将来大丈夫か……あとはあっていないのはルルって第一王女と塞ぎこんでいると噂の女王様か……まあ、関わり合いは避けたほうがいいな。
どうやら、アイシアに説得されて自己紹介するらしいな。別にいいのだが。
「はあ、わたくしはアルラスカの由緒正しき王家の第二王女!ルーテシア・アルラスカ。あなたのような平民の成り上がりに本来なら名乗ることなどないのですが……姉様の頼みなので仕方なくですよ。ごみさん」
ん?なんか聞こえた気がするな……まあ、いいよ。
なんか自由の国って説明を受けた時はおお!とも思ったがテンプレート通りのこういう子もいるんだな。第二王女だし、母親は訳ありだし、父親も問題ありそうだし、しかも王族を継ぐのは分家……コンプレックスまみれだろうな。
しかし、この自己紹介で変な火がついた人がいた……
「ルーテシア様、ダイチさんに向かってそのような口のきき方……私の命の恩人なのですよ。その方にそのような口を聞くということは私にも同じような気持ちを抱いていたと言う訳ですね。分かりました、今後一切ルーテシア様とは関わらないことにいたします。失礼しますね……ルーテシア」
アイシアは僕の手を引いてそそくさとその場を後にしてしまった。
先ほどの言葉にルーテシアはポカーンと口を大きく開けたまま、その場で立ち尽くしてしまっている。いいのかな……
アイシアに耳打ちすると「良くあることですか」と怖いくらいの笑顔で答えてくれた。本当に怖い。
少し、彼女は僕に対して信頼というか、僕という人間を過大評価している気がする。まあその行動はすっきりしたから否定はしないけどな。
「そう言えば、これからどこかへ向かう前に、書物庫によりませんか?サファドの王立書庫に比べれば貧相なものですがそれでも普通に調べるよりは充実してます」
そう言えば、そんなこともあったな。僕としてもここまで高待遇になるとは思ってなかったしな。
僕はアイシアの提案に乗ってアルラスカの書物庫へと向かった。
書物庫は使わなくなった本や、大事にしまってある本、この国の歴史が詳しく記載された、記憶本があるそうだ。
アイシアは自分なりに調べると言って、本を読み始めてしまった。
僕も自分が気になることを自分なりに調べ始めたのだが……読めない。
言葉は理解できるのに読めないって怖いな、なんとなく分かる単語はいくつかあるが、どうも僕のいた世界とこの世界で共通するような言葉はなんとなく理解できる。しかし、それ以外はそもそも字自体が読めない。
これじゃ書物は無理だな……ん、英語か。
なんで、英語の本があるんだ……しかも、記憶本だ。これなら読めそうだな、英語は苦手だけど。
なるほど、この世界の成り立ちというかおとぎ話みたいだな。
この本の著者は……アルト・テイラーか、聞いたことない名前だ……
ん、もう一つ名前がある……これは漢字?ニとシと土か、擦れてちゃんと読めないが確かに土って書いてあるな。
あれ……このカバー外せるぞ、背表紙に……これはギルドカードと同じ……
「ダイチさん!ありましたよ」
アイシアがうれしそうにこちらに走ってくる、危ないだろ……
俺は持っていた本を元に戻して、アイシアのほうへと向かう。
危なっかしいな「いやあ」と声を出して本に躓いた。
ばたーんと音が立ったが怪我はなさそうだ。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫です」
僕が出した手をアイシアが掴んで立ち上がる。
うーん、ハーレム主人公だったら妹キャラはアイシア決定だな。
「お兄ちゃん」と言ってるアイシアを想像したら……うーん、これはありか……アベル辺りなら発狂しそうだ。
「で、なにが見つかったの?」
「これですよ、これ!」
なにかの切り抜きかなのか、しかし読めない。
仕方ないので、アイシアに音読してもらった、内容としては今から百年ほど前にも同じように別の世界から飛ばされてきた少年がいたらしい、その少年は数多の困難を乗り越え、竜族の血と女神の涙を使って、ゲートと呼ばれる門をくぐり元の世界へ戻ったらしい……がこれはどう見てもおとぎ話である、さすがにこれは実行できないだろう。
「ダイチさん、早速、竜と女神を探しに行きましょう!」
「いや、これはさすがに無理じゃないか」
いくらこの世界が魔法やら魔族やら普通に存在していても竜やら、神様ってのはさすがに難しくないか。僕の世界だって色々な神話が存在していたがそれはどれも夢物語みたいなものだったしな。
「ダイチさん!ちゃんとこの世界の歴史を読みましたか。このアースガルはその昔、竜族が支配をしていた世界なんですよ!しかも、えらーい神様が各地を統治して、今の安定した世の中があるんですよ!」
「つまり?」
「つまり、大陸各地をしっかり調査すれば!竜族の手掛かりやその女神様の手掛かりがあるかもしれないのです!」
そんなものか……もし、この話が夢物語ならそれこそとんでもない無駄足になってしまう。さすがにそこまでの徒労をするのは僕だってごめんだ、もとの世界には帰りたいけどな。
「アイシアはどこまで着いてくるつもりなの?」
多分僕はこれほどの笑顔の彼女をみることはしばらくとないと思うほどの笑顔で。
「もちろん!どこまでもお供しますよ!ダイチさん」
とにかく行くあてもないし、まずは人族の生活範囲内で調査をすることになった。しかし、すぐ行くにしても万全じゃないし何よりまだ僕自身の性能を把握していない。
アイシアももっと役に立つ魔法の勉強をします、と息巻いてるしアベルは剣術を指南する気満々だ。
僕としても騎士としての勉強もしなければいけないし、この世界の言語をもっと理解する必要もある。
やらなければいけないことはたくさんある、面倒だとは思うがVRやサバゲーの感覚でやればなんとか乗りこなせるだろうか……しかし、残機は一しかないけどな。