EXITIS
どうも、Make Only Innocent Fantasy代表の三条 海斗です。
連載二話目となります。まだまだ稚拙な文章も多いですがおつきあいを。
一週間以内がどれだけ無謀かを実感しました……。
「そんな馬鹿な! 俺はイギナミラ症候群にかかったことがないんだぞ!!」
「ちょっと待ってくれ……。それは本当かい?」
「ああ。」
医者はすこし考えているようだった。
その時、俺の声が聞こえたのか、由紀が来た。
「どうしたの?」
「ああ、すまない。血液検査の結果が出たんだ。」
「どうだった?」
「彼はイギナだ。それも不思議なことに“イギナミラ症候群にかかったことのないイギナ”だ。」
「そう。」
由紀は最初から確信していたのか驚きはしなかった。
「それでどうするんだい?」
「それは聞いてみなくちゃわからない。」
目の前でされる会話についていけなくなった。
「どうするってどういうことだ?」
「ついてきて。」
「またかよ。」
そう言いつつも、俺は素直に従うことにする。
なんだか、怪しげな契約をされそうな雰囲気だ。
去り際に医者が俺を呼び止めた。
「なんか変化があればすぐに来てくれ。私も“イギナミラ症候群にかかったことのないイギナ”を診たのは初めてなんだ。」
「わかった。えっと……。」
「杤井だ。」
「すまない。なにかあれば来ることにするよ。」
そのまま、俺は由紀の後に続いた。
長い廊下が窓から差し込む光に照らされていた。
一番近いエレベーターに乗り、最上階を目指す。
その間、ずっとあの言葉が響く。
“イギナミラ症候群にかかったことのないイギナ”。
一体、どういうことなのだろうか。
考えても答えは出ない。
先ほどの杤井も言っていたが、初めて聞く。
それが自分だということに実感がわかなかった。
「もうじきつく。」
由紀がそう言うと、エレベーターが最上階に到着したことを知らせる。
開いたドアの向こうには先ほど打って変った、絨毯張りの廊下が広がっていた。
「いかにも社長室に続いていそうな廊下だな。」
「この廊下の一番奥。」
由紀が指さした方を見ると、確かに扉があった。
不思議なことに、この階には扉はそこしかなかった。
由紀の先導にしたがい、扉の前まで行く。
重々しい扉が妙に大きく感じる。
由紀が扉を開けた。
その向こうに一人の男が立っていた。
「初めまして。“桔梗 怜二”君」
男は俺を見てそういった。
歳は俺より少し上といったところだろう。
若い。
それが最初の印象だった。
「由紀から話は聞いているよ。地下では大変だったね。」
「大変だったってもんじゃないさ。……それで、俺をここに連れてきたのは?」
「その話なんだけどね。その前にいくつか聞いてもいいかな。」
「答えられるならな。なんでイギナなのかとか俺だって知らないぜ。」
それじゃあ、さっそくと前置きして男はリモコンを操作した。
すると、俺の目の前にモニターが出現する。
空中投影と呼ばれる技術だったはずだ。
天井に投射機があった。
「君の生まれは?」
「知らない。」
「知らない?」
「孤児なんだ。生まれた時から孤児院にいて、そこで育った。」
「そうか。なら次の質問だ。武術の経験は?」
「少しだけ。昔、剣道をやっていた。」
「ほう。」
「それで、この質問は一体何なんだ?」
「簡単なアンケートだと思ってくれればいいさ。」
男は立ち上がり、俺の前に来る。
既にモニターは消えていた。
「本題に入ろう。」
俺の前で止まり、俺の目を見る。
「EXITISに入るつもりはないかい?」
「……は?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「ふざけているのか? 俺にテロ組織に入る理由がどこにあるっていうんだ。」
「ここはテロ組織じゃないんだけどね……。」
男はすこし悲しそうな顔をしたが、すぐに先ほどの表情に戻った。
「でも、君にとってデメリットばかりじゃないと思うよ。」
「なにかメリットがあるっていうのか?」
男は少し微笑んだ。
しまった。
こいつの言葉に乗ってしまった。
「一つ目に、定期的に健診ができるということ。……イギナミラにかかったことないんじゃなくて、発病していないなら? そうだった場合、ここでその対応ができる。」
「……。」
「二つ目に、ここでは朝昼晩の配給が出る。一応、勤務というか雇用という形になるからね。給料も出るよ。」
少し心が動いてしまった。
ときどき飯がない生活を送っていたからだろうか。
「最後に君の生活を保障しよう。ここは個人に部屋が割り振られてね、好きなように使うといい。」
「ほう。だが、雇用ってことは働かなきゃいけないんだろ? 一体、何をするんだ?」
「それはこのEXITISのことを説明しなくちゃいけない。」
男は先ほどの席に戻ると、リモコンを操作した。
モニターが俺の目の目に現れる。
「EXITISは僕を起点とした木構造になっているんだ。」
画面の中で“代表”という文字から線が出て、技術部と軍事部の二つにつながる。
そこからまた、それぞれ3つほどの線が出た。
「まずは技術部。」
男がリモコンを操作すると、技術部という文字が大きくなる。
「ここではEXITISに関するすべての道具、武器、機械を作っている。軍事部の武器はここで作られてるよ。この中には整備、製造、設計の三つがある。きっと、一番世話になる部門じゃないかな。」
男はもう一度リモコンを操作した。
「続いて、軍事部。要するにEXITISの戦闘部隊だ。由紀もここに所属している。ここは支援、戦闘、救護の三つがある。支援部が立てた作戦を戦闘部が実行、けがをした場合は救護部が治療する。作戦中は支援部がオペレータを務める。」
男がリモコンを操作すると、今度は画面が変わる。
「技術部と軍事部はそれぞれイギナのタイプで分かれているんだ。」
「イギナのタイプ?」
「ああ、まずはそれを説明しようか。」
そういうと男はリモコンを操作する。
こういうものまで用意しているのかと感心した。
「イギナには三つのタイプがある。力やスピードに特化した戦闘タイプ、集中力や動体視力に特化した集中力タイプ、体力などほかの二つ以外に特化した身体能力タイプの三つがある。戦闘タイプは由紀で、身体能力タイプは僕だね。君のタイプはどれかな……。」
男は考えているようだった。
俺は自分がイギナであることを知らなかったから、タイプといわれてもいまいちパッと来ない。
「由紀、どう思う?」
男が由紀にそう問いかけた。
「……集中タイプだと思う。少なくとも戦闘タイプじゃない。」
「なるほど。集中タイプは少ないからね、僕らも断言ができるわけじゃないから。」
「別に気にしちゃいないさ。配属先がそれで分かれるだけなんだろ。」
「それがね……まあ、その話に戻そうか。」
男がリモコンを操作し、先ほどの画面にする。
「それで、技術部は身体能力タイプが配属される。軍事部には戦闘タイプが多く、救護部に身体能力タイプが配属される程度かな。」
「ちょっと待ってくれよ。それじゃあ集中力タイプは一体、どこに配属されるんだ?」
「それが決まっていないんだよ。どっちもできるから。」
「どっちもできる?」
「集中力タイプはね、精密作業もできれば、狙撃とかの集中力が必要なこともできる。いわゆる万能タイプなんだよ。だからこそ、特出したものが身体能力とは関係ない場所なんだ。それでもイギナであることは変わらないから力とかはすごいんだけどね。」
「集中力か……」
「まぁ弾丸を避けるくらいはできるだろうね。あとは世界が止まったように見えることもあるとか。すごいときは“音が見える”らしいよ。」
「ほう、集中力タイプがいるのか。」
「正確にはいた、だけどね。」
男の顔に少し陰りが見えた。
あまり詳しくは聞かない方がいいだろう。
そんな感じがした。
「それで、君はどうする?」
「どうする?」
「EXITISに入るのか、入らないのか。」
男の口調は少し強めの口調だった。
それこそ真剣そのもので。
「……少し時間をくれ。俺だって今日は疲れてるんだ。いきなり答えられるものじゃない。」
「そうか。明日、またここに来てくれ。部屋はこっちで用意しよう。少し待っててくれ。」
男はそういうと電話をかけた。
「如月だ。部屋を一つ用意してくれ。」
如月はそういうと、電話を切った。
「あとでこちらから連絡しよう。この無線機を持っていてくれ。」
手渡してきたのは携帯電話のような無線機だった。
「使い方はわかるかな?」
「ああ、大体わかる。」
「部屋の用意ができたらこちらから連絡するから、離さずに持っていてくれ。」
男がそういうと、由紀が扉を開けた。
どうやら話は終わりらしい。
俺は部屋から出ていった。
妙に扉が閉まる音が大きく感じた。
* * * * *
息抜きに外へ出た。
やはり開放感が違う。
だが、こうして普通に出歩いているあたり普通の人間ではないのだと実感する。
すこし建物の周りを歩いていると本当に、手入れがされているんだなと思った。
ふと、前を見るとベンチがあった。
そこに座ると、目の前の景色がよく見える。
建物の裏から少し離れたところに花壇があった。
そこには彼女がいた。
「花壇の世話でもしてるのか?」
後ろから声をかけると由紀は振り向かずにうなずいた。
花壇をみると白いきれいな花が咲いていた。
「へえ、きれいな花だな。」
「これはイキシア。花言葉は誇り高い。」
「イキシアっていうのか。」
由紀をみると地下で見たときの顔と違って年相応の顔が見えた。
「大切に育ててるんだな。」
「うん。」
すこし花を見ていると由紀が振り返った。
「それで、どうするの?」
「入るか入らないかって話か?」
由紀は黙ってうなずく。
「ここに連れてきたのは私だから。やっぱり知っておきたい。」
「まだ決めていない。……もしかして責任を感じてるのか?」
「……」
図星のようだ。
「責任を感じる必要はないぜ。あのまま地下にいても殺されるだけだったからな。」
むしろ由紀がいなければ逃げ切ることはできなかっただろう。
「まっ、明日までゆっくり考えるさ。」
「そう。」
そういうと由紀は花壇へと向き直る。
その直後だった。
無線機がピーピーという音を出す。
俺は無線機を手に取ると、通話ボタンを押した。
「桔梗君、聞こえるかい?」
相手は如月だった。
「ああ、聞こえている。」
「部屋の準備ができたよ。案内役が迎えに行くから本部の入り口にいてくれ。」
「わかった。」
そこで通話を切ろうとすると如月が何か言い始めた。
「あと、案内役はちょっと癖が強いかもね。」
俺が聞き返す前にブツンという通話を切った音が聞こえた。
癖が強いとはいったいどういうことなのだろうか。
俺は由紀に別れを告げると、入口へと向かった。
入口にいてくれと言われたが、どこにいればいいのだろうか。
とりあえず、中に入って待つことにした。
待つこと5分。
「桔梗 怜二様ですね。」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、長い髪をした少女が立っていた。
「確かに俺が桔梗 怜二だが……案内人ってことか?」
「はい。案内役を仰せつかりました、メイアと申します。」
ぺこりと頭を下げる仕草がどこか似合っていた。
「それではお部屋へとご案内します。」
彼女が歩きだし、その後ろについていく。
エレベーターに乗り三階へ。
その一番奥。
そこに案内された。
「こちらになります。」
部屋はきれいだった。
ベットや机など基本的な家具はそろっているらしい。
後ろでバタンと扉が閉まる音がする。
振り返るとメイアが中に入っていた。
「まだ何かあるのか?」
「いえ、私は怜二様のお世話も仰せつかっていますので。」
「はあ? 一体なにを考えてるんだ、あいつは!」
「何かありましたか?」
「はぁ……。」
なんだか少し疲れた。
如月が言っていた癖が強いとはこういうことなのだろうか。
いや、これは彼女がどうとか、というよりは如月に対してだろう。
「それでは何かありましたらお申し付けください。」
そういうとメイアは部屋の一番奥に立った。
そこにあるものに俺は見覚えがあった。
「もしかして……お前……」
地下都市でよく見ていた。
だからこそ見間違えるわけがなかった。
「アンドロイドか?」
「はい、そうです。」
「……!」
驚いたな。
これほどまで人間に近いアンドロイドができていたとは。
しかし、これは……。
「まるで人間だな。」
思わず本音が出てしまった。
「そういわれましても私はアンドロイドですので。」
「そうか。」
細かいことは気にしない。
彼女がアンドロイドと言っているのならばアンドロイドだ。
今はそう思うことにした。
ベッドに横になると睡魔が襲ってくる。
朝から動きっぱなしで疲れているのだろう。
初めて銃も撃った。
初めて銃を突き付けられた。
精神的にも身体的にも疲れているのだろう。
その睡魔に抗うことはできなかった。
* * * * *
どこか温かい感触がする。
ずいぶん前にも同じようなことがあった。
だが、それがいつかは思い出せない。
しばらくその感触に浸っていたかったが、その感触はだんだんと離れていく。
俺はそれを追いかけるように目を開けた。
「おはようございます。……といっても夜なのですが。」
「この布団は……?」
「私がかけました。……ご迷惑でしたか?」
「いや、すまない。ありがとう。」
「いえ。」
「そうだ。何か食べるものはあるか?」
「食べ物ですか? 少しお待ちください。」
そういうとメイアは部屋から出ていった。
どうやら部屋にはないらしい。
帰ってくるまで少し時間がかかるだろう。
俺は窓を開けた。
夜風が冷たいが、眠気を覚ますにはちょうどよかった。
空を見ると月が見えた。
雲もなくこの建物から出る灯りも少ないのか、星空がよく見えた。
「お待たせしました。」
その声で我に返る。
意外と見ていたようだ。
メイアが机にトレーを置く。
トレーにはご飯や、みそ汁などがあり、湯気が立っていた。
それを見ただけでもおなかがなる。
やはり腹が減っていたようだ。
「いただきます。」
そういうと味噌汁を飲む。
ほのかな塩味がちょうどよく、夜風にあたって冷えた体にしみこむ。
ご飯は本当においしかった。
地下での食料は無理やり作った野菜や合成タンパクといった人工的に作った肉のようなものを食べていた。
それに比べるとこの食事は贅沢だと言えるだろう。
10分もしないうちに食べ終わってしまった。
「ごちそうさま。すまないな、こんな時間に。」
「いえ。では片づけてきますね。」
そういうとメイアはトレーを持っていく。
一人になった部屋は妙に静かだった。
今は何時くらいなのだろうか。
時計を探すと、壁の上の方にかかっていた。
時刻は20:00といったところ。
意外と長い時間寝てしまっていたらしい。
そろそろ本格的に考えなければならない。
EXITISに入るか、入らないか。
ここに来た時は入るつもりなどなかったのだが、いまはどうだろう。
悩んでいる自分がいることに驚いた。
どうしたものかと考えているとメイアが帰ってきた。
意外と近いのかもしれないな。
メイアは俺の方を見ると何か悟ったのか、「どうしましたか?」と聞いてきた。
本当にアンドロイドなのかと疑いたくなる。
「いや、EXITISに入るか入らないかを考えていただけだ。」
「なるほど。……それで答えは出たのですか?」
「まだ考え中だ。何を基準に考えればいいのかさっぱりわからない。」
「基準……ですか。」
「ああ。なにせ、初めてのことだからな。」
「でしたら、基準をほかのところに変えてみてはどうでしょうか。」
「基準を変える?」
「ええ。たとえば、EXITISに入る入らないではなく、何をしたいのか、それをここでできるのかなど、いろいろと変えることができます。考え方の問題になりますが、怜二様が考えることを基準にしてみてはどうでしょうか。」
なるほどと思った。
だが、何をしたいのかも何がしたいのかも全く思い浮かばない。
その時だった。
建物全体に警報が鳴り響く。
それに合わせて建物の中にいた人が動き出した。
「これは一体……!?」
「警報です。軍が攻めてきたのでしょうか。」
「なに!?」
軍が攻めてきたということはあの中に地下で戦ったあの男がいるのだろうか。
それならば並大抵のイギナじゃ太刀打ちできない。
あいつの強さは破格だった。
「やつもいたら……」
「やつ?」
「ああ。地下であったイギナの軍人だ。あいつは由紀よりも強い。」
「……!」
警報が鳴りやみ、今度はモーターの動く音がした。
どうやら、出撃したらしい。
その中には由紀もいるだろう。
「ついてきてください。」
メイアはそのまま部屋を出ていく。
俺はあわててついていく。
なんだかついていってばかりの気がする。
エレベーターに乗り、今度は地下へと向かった。
「この建物、地下があるんだな。」
「ええ。技術部が使っています。」
「なるほど。」
あまり換気のよくない場所では薬品を使った作業はやらない方がいいが、たぶんそれ以外の作業をしているのだろう。
設計や整備は別にそういった制約を必要としない。
案の定、エレベーターを降りても独特のにおいはしなかった。
そのまままっすぐ進むとオレンジ色の光に包まれた広い部屋が見えた。
部屋というよりそこはもう工場だった。
小さな機械がところどころにおいてあり、机の上には設計図らしきものが散乱していた。
「おお、メイアじゃないか。どうしたんだ?」
一人の男がこちらに気付いて近づいてきた。
眼鏡をかけた物腰柔らかそうな男だった。
歳は40前後だろう。
「この方に武器を。」
「この方って、こいつか?」
男は俺をじっと見る。
「ええ。」
メイアは淡々と答える。
「ちょっと待ってくれよ。俺は前線に出てもまともに戦えやしないぞ。」
「前線に出なくてもできることはあるぞ。」
「なに?」
「俺たちだってここで戦ってるんだよ。一人一人の武器を整備したり、新しい武器や防具を開発したりしてな。なにも武器もってドンパチやるだけが戦いじゃない。戦う方法は人それぞれだ。俺たちは俺たちなりの戦いをするだけだ。お前にもできることはあるはずだ。」
「……」
「まぁ無理をする必要もない。自分のペースでやればいい。……それで、メイア。こいつのタイプは?」
「集中です。」
「なるほど……そうなると、ライフルだな。」
「ライフル?」
「訓練をしてやれる暇はなさそうだ。少しこっちにこい。」
男は俺を連れて工場の一番奥へと連れていく。
そこにはいろんな武器が置いてあった。
「お前、名前は?」
「桔梗 怜二だ。」
「桔梗な。俺は斎藤っていうんだ。よろしくたのむ。」
「よろしく。それで、いまから何をするんだ?」
「ライフルの設定を行う。それとお前に合わせた調整もな。」
斎藤はスナイパーライフルと呼ばれるライフルを取り出した。
「構えてみてくれ。」
適当に構えてみる。
すると、スコープに何やら映像が浮かんでいた。
“虹彩登録を行います。そのまま動かないでください”という文字が出たと思うと、なにやら光が瞬いた。
その次には“登録完了”の文字が出た。
「お前の名前とかがデータベースになかったってことはお前まだEXITISに入っていないんだろ。だから手動で登録する必要があるから、すこしこっちに。」
俺はライフルを手渡すと、斎藤はなにかケーブルをつなげていた。
銃にしてはハイテクだと思った。
見たところ、あの銃はコンピュータが搭載されているらしい。
認証だけなのか、それとも他のこともやってくれるのか。
それはまだわからなかったが、少なくとも銃には高度すぎる技術だった。
「よし、できたぞ。」
時間にして30秒もかからなかっただろう。
斎藤がライフルからケーブルを外すとこちらに手渡してくる。
「これでこの銃はお前のものだ。」
「俺の銃……。」
「これで戦うかどうかはお前が決めるんだ。俺たちはそれを強要する権利はないからな。」
「……」
俺は、斎藤に礼を言うとメイアのところに戻り、エレベーターに乗る。
「なぁ、ここから戦場を見えるところってどこだ?」
「8階のベランダになります。」
「8階だな。」
「いいのですか?」
「撃つかどうかだ。撃てる自信があるわけじゃない。」
メイアは黙ってエレベーターの8のボタンを押す。
エレベーターがどんどん上に登っていく。
その時間が妙に長く感じた。
覚悟を決めなければならない。
エレベーターが8階に到着し、扉が開く。
まっすぐにベランダを目指すと、街灯もない暗闇が広がっていた。
かすかに目を凝らすと、遠くの方で小さな灯りがところどころにある。
軍が本部のテントでも建てているのだろう。
「予想よりも距離があるな。」
「大体、1kmといったところでしょう。」
「なるほど。」
俺はスナイパーライフルを構える。
「ここから狙撃するつもりですか?」
「もともと、そのためにここに来たんだろ。」
スコープを覗くと“認証完了。セーフティロックを解除します。”という文字が浮かんだ。
その文字が消えるとスコープに映像が映った。
見たところ、あの男がいるような感じはしなかった。
何人か撃てば軍は撤退を始めてくれるだろうか。
「……」
集中する。
キュインという感覚がした。
その時、世界が静止する。
軍人一人に狙いをつける。
どうやらこのコンピュータは照準の自動調整をやってくれるらしい。
点が軍人に定まる。
「……!」
トリガーを引くと、バチンという音とともに弾丸が放たれた。
この銃がレールガンになっていることに初めて気が付いた。
どんどん進んでいく弾丸は軍人を貫いた。
「次!」
俺はその軍人のそばに寄ってきた軍人に狙いをつける。
そのままトリガーを引く。
弾丸は軍人を貫く。
鮮血が舞うと、軍はパニックになっているようだった。
集中を解くと音が大きく聞こえる。
その音の中にはざわめきや銃声があった。
「この距離で2発命中させるとは……。」
「まぐれだ、まぐれ。」
実際に狙撃をするのは初めてだ。
それにコンピュータの支援があってのたまものだろう。
だんだんと音は小さくなっていく。
どうやら撤退を始めたようだ。
あの男がいなかっただけ幸いだろう。
俺は部屋へと戻る。
手には引き金を引いた感触が残っていた。
* * * * *
翌朝、俺は如月のところに来ていた。
「それで、答えは出たのかい?」
「まぁな。」
「それじゃあ、聞かせてもらおうかな。君の答えを。」
如月は微笑みながら言った。
「EXITISに入ってやる。」
「えらく上からだね。……歓迎するよ、桔梗 怜二君。」
如月はそう言うと立ち上がり、どこかへ電話を掛けた。
電話を終えると、如月は嬉々とした表情になった。
これは、失敗だったなとすこし後悔した。
「地下の技術部は知っているよね。そこに行ってくれ。」
「どうしてまた?」
「行けば分かるさ。」
どこか含みのある言い方だった。
だが、言ってみないことには始まらない。
如月の部屋を出ると真っ直ぐに地下へと向かった。
一体、何があるというのだろうか。
エレベーターを降りて技術部へと向かう。
技術部は慌ただしかった。
「おお、桔梗じゃないか。」
そう声をかけてきたのは斎藤だった。
「ここに行けと言われたんだが……」
「ああ、ちょっと待っててくれ。」
そう言うと斎藤は奥へと入っていく。
しばらくして持って帰ってきたのは白い軍服だった。
「これがお前の軍服だ。」
俺はその軍服を受けとる。
その軍服が妙に重く感じた。
「すぐそこに技術部の更衣室があるから着替えてくるといい。」
「わかった。」
俺は更衣室へと向かう。
軍服のズボンをはく。
俺のサイズぴったりで驚いた。
上着を着ようとしたとき、うちポケットの部分に"桔梗"と刺繍がしてあった。
これが俺の軍服か。
ボタンをすると、身が引き締まる感じがした。
「似合ってるじゃないか。」
ちょうど着替え終わったときに斎藤が入ってきた。
「白い軍服だ。誰にだって似合うだろう。」
「まぁそう言うな。その軍服は防護服にもなってるから。防弾機能に防刃機能を搭載してる。」
「この軍服にか? それにしてはやけに軽いし、動きやすいが。」
「それがここの技術力よ。いままでのケブラー繊維よりも軽く、丈夫な繊維を使っている。軍服自体は綿などを使い、無駄な生地を一切なくし、動きやすさを追求した。」
「努力のたまものってわけか。」
「そういうことだ。すこしは見直したか?」
斎藤は冗談っぽく笑う。
「そうだな。」
「それじゃあ、俺の役目はおしまい。次はもう二階下の作戦準備室に向かってくれ。」
「作戦準備室?」
「ああ。入口で由紀が待っていてくれるだろう。出たところの階段を使うといい。」
「わかった。」
「なにかあればまた来てくれよ。」
「ああ。」
そういうと、俺は更衣室を出た。
白い軍服にわずかながらの違和感がする。
さっきまで私服だったからまだ慣れていないだけだろう。
階段を下りながらそんなことを考えていた。
カツンカツンと乾いた音が響く。
赤い文字で“B3”と書かれた扉を開けると、由紀が立っていた。
「よう。」
由紀にそう挨拶をしたのだが、由紀はじっとこちらを見ていた。
「どうしたんだ?」
「……本当にいいの?」
「EXITISに入ることか?」
由紀は黙ってうなずく。
「無理やり連れてきた感じがするから。」
「まぁ、そこは否定しないけどな。でも、決めたのは俺だ。後悔なんかしちゃいないさ。」
「そう。」
「まっ、よろしく頼むぜ。」
俺はそういうと手を差し出す。
「……」
由紀は手をじっと見つめたままだった。
「ほら。」
俺は半ば手を突き出すように由紀へと差し出す。
「……よろしく。」
やっと由紀は俺の手を握った。
「そういえばここに来いと言っていたんだが、何をするんだ?」
「ついてきて。」
由紀はそういうと、歩き出す。
なんだか由紀とはこんな感じが多いなという気がする。
そのままついていくと、大きなスクリーンにたくさんの机といす。
「ここが作戦室。さっきいたところが、作戦準備室。」
「どこが違うんだ?」
「ここは作戦を立てたり、説明したりするところ。作戦準備室は私たちが戦闘に出るために準備するところ。」
「なるほど。つまりはここで作戦を聞いてからさっきの準備室で準備をするわけだ。」
「それであってる。……こっち。」
由紀はどんどん奥へと進んでいく。
奥にはもう一つ扉があった。
「長官室?」
俺のその問いに由紀は答えない。
由紀が扉をノックする。
「どうぞ。」
部屋の中から男の声がした。
「失礼します。」
由紀がそういい、扉を開ける。
俺も由紀に続いて部屋の中に入った。
部屋の中には大きな男が一人、立っていた。
その男の目の前に立つ。
「由紀か。ということは貴様が桔梗 怜二だな。」
「そうだが?」
そう答えた瞬間だった。
俺の腹にこぶしが突き刺さった。
「がっ……!!」
ドンという大きな音を立てて、俺の体は壁に激突した。
「上官に向かってその口の利き方はなんだ!!」
「す、すみません……。」
俺はまだ痛むからだを無理やり動かしながら上官の前に立つ。
「……貴様の上官になる黒田だ。ここは主に前線部隊の作戦を行う。近接戦闘は由紀がやってくれるが、後方支援はお前の仕事になる。心してかかれよ。それと、貴様のロッカーは042番だ。そこをつかえ。規則として銃火器はここに保管する決まりになっている。まだ、自分の武器を持っていないのなら技術部から支給してもらえ。」
「りょ、了解です。」
やはり先ほどのダメージが抜けきっていないらしい。
おもわず吃ってしまった。
「次からは返事はしっかりしろ。……もう下がっていいぞ。」
「了解。」
由紀がそう返事をする。
俺もすかさず同じ返事をした。
今度はちゃんと言えたと思う。
さすがにあの突きを二度はくらいたくなかった。
* * * * *
「は? 日本刀?」
「ああ。……ないなら、ないでいいんだが。」
「ないわけじゃないが……。」
「狙撃メインでも近距離に入られて武器がありませんでしたじゃ元も子もないだろう。一つくらいあってもいいと思ってな。」
「……わかったよ。由紀と同じのはないが、似たようなのを用意しておこう。スナイパーライフルはロッカーのなかに入れておいた。」
「わかった。すまないな。」
「気にするな。それが俺たちの仕事だ。」
斎藤は笑って答えた。
斎藤に別れを告げると、俺は部屋へと戻った。
さすがにあの突きをくらった後じゃ体が重い。
俺は部屋の扉を開ける。
「お帰りなさいませ。」
メイアがいた。
「忘れてた……。」
「お休みになりますか?」
「そうさせてもらう。……上官のこぶしは意外に重かったからな。」
「了解しました。」
そういうと、メイアは部屋の端に立つ。
なれないなと思いつつも俺はベッドに横になった。
案の定、睡魔はすぐにやってきた。
それに逆らうこともなく俺は深い眠りについた。