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出会い 

同人サークルMake Only Innocent Fantasy代表の三条 海斗です。

今回は連載小説を執筆させていただきました。

時間の都合上、不定期の連載となってしまいますが、遅くても一週間ごとに投稿できるように頑張りたいと思います。

稚拙な部分もあり、読みづらいところもあると思いますが、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

アラームが鳴り響いていた。

ピピピという電子音は耳に障る。

俺はまだ眠い頭でそのうるさいアラームを止めた。

時刻は8時。

目を開けると、セラミックの天井が目に入った。

ここには朝日が入り込むことも、さわやかな風が入ってくることもない。

淀んだ空気が充満する部屋の中、布団から出て、洗面所へと向かう。

パチッと電気をつけると、薄暗い洗面所にある歯ブラシを手に取る。

今日は清掃用ロボットの整備だったな。

時々、ごみにまみれて動物の死骸が入っている時があり、異臭が半端じゃない。

まだ、臭いがしなければマシだったのだが、それを何個もやっているとさすがに吐き気を覚えてくる。

思い出すだけでも、鼻がつんとする。

俺は支度を整えると部屋から出た。

ショッピングモールのようなセラミックの床を歩く。

ここは部屋の外だが、上を見上げても青い空は見えない。

空が落ちてきたあの日から世界は変わった。

流星群の襲来、それに伴う大量の放射線汚染。

地球はもう人が住めるところではなくなっていた。

残った人類は放射線から逃れるため地下深くへと避難。

空が無くなって久しい。

地下のシェルターで出させる合成食料はうまくはなかった。

それから2年たたずに統合政府が登場。

地下都市は一つの大きな国家となった。

そこからは早かった。

宇宙船の発射、コロニーの建造。

とあるロボットアニメのような展開が目の前で起きていた。

だが、世界はそれほど甘くなかった。

金持ちは宇宙へ、貧乏人は地下へ。

文字通り、月と鼈の差があった。

空には大きな銃口が地球に向けられていた。

そう、俺たちは文字通り地下に閉じ込められたのだ。

重力に縛られた俺たちに、まるで狙ったかのように発生した新病・イギナミラ症候群。

その病気でなくなった人はもう……ひどい有様だった。

体中にできる水ぶくれ、吹き出す血、骨は歪み、顔はぐちゃぐちゃだった。

だが、その病気を克服した人間もいた。

超人的な身体能力を得て、見た目は普通の人間と全く変わらないその人々は病名の頭三文字をとって”イギナ”と呼んだ。

イギナにはイギナミラ症候群の絶対的な耐性と放射線を無効化するマテリアと呼ばれる物質を体に持っていた。

彼らはこの放射線にまみれた地球に適応した人類といっても過言ではないだろう。

だが、強すぎる力は軋轢と傲慢を生んだ。

イギナによる事件、イギナの迫害。

軍はこれを何とかせんとゼウスの雷を建造し、イギナを滅ぼさんとした。

軍の尽力で、イギナの最大規模の暴力団・サーフェイスを一か所に集結させ、ゼウスの雷で葬った。

これをよしとしなかったイギナ達によって反政府武装集団・EXITIS(イクジス)が結成。

EXITISはイギナの圧倒的な力で瞬く間に勢力を拡大。

そして、コロニーの統合政府に対して宣戦を布告する。

いまでも地上では軍とEXITISの戦いが続いているだろう。

そんなことを考えていると、セラミックの床が妙に固く感じた。

それだけ、今日の整備が嫌なのだろう。

別に動物の死体を見るのが嫌なんじゃない。

異臭が嫌なんだ。

いやでも歩みを進めていると俺の仕事場につく。

ここは会社ではなく、政府の公共団体に近い。

この地下都市は清掃ロボットを放ち、床の清掃をしている。

その整備が月に一度行われ、それが今日というだけだ。

それ以外にも電化製品などの整備もしている。

働かざるもの食うべからず。

この世界では働かないものには食料の配給がない。

ただでさえ少ない食料を分けるのだ。

人はそれほど慈悲深くない。

だが、地下都市によってはこういった公共団体を設け、給料は安いが、配給を得られるようにしてくれるところもある。

「おはようございます。」

自動で開くドアを通って、中へ。

「おう、来たか。さっそく始めてくれ。」

俺の上司がそういうと、俺は自分の作業場へと向かう。

そこには大量の清掃ロボットがあった。

形は円盤型のものと、スクエア型がある。

円盤型はほこりや、細かいごみを吸い取り、スクエア型は大きなゴミを吸い取る。

そう”大きな”。

それには動物の死骸も含まれ、よくねずみの死体が入っている。

そのネズミがごくまれに腐っていてそれが異臭の原因となっていた。

この状態でもすこし臭う。

だが、これをしなければ明日の配給にかかわる。

俺はマスクをつけると、作業に取り掛かった。

結果、ネズミは2匹だった。

「お疲れ様でした。」

ちょうど終わったところで終業時間になり、俺は帰路に就く。

嫌な作業は終わったというのに、セラミックの床は固く感じられた。


 * * * * * 


週に一度の配給。

それは宅配で届く。

いつもならこの時間くらいにチャイムが鳴り、扉の向こうにはコンテナを抱えた宅配員がいるのだが、今日は全く来ない。

おかしいと思いつつも配給が来るまで家から出られない。

だが、予定の時間よりも2時間遅れはおかしいと思う。

俺は外の様子を見ようと、扉を開けた。

「うっ……。」

立ち込める臭い。

これは昨日嗅いだ臭いに似ている。

血の匂いだ。

「どういうことだ……」

俺は配給のことなんて忘れて様子を確認しようと外に出た。

部屋を出てすぐのところ。

そこには血だまりと死体がころがっていた。

「なんだよ、これ……」

軍人でもなく、EXITISの特徴的な白い軍服でもない、それは真っ赤な鮮血の中にいた。

「くそっ! 一体、何が起きているんだ!」

正常ではなかった。

むしろ異常に近いそれは、地下都市中に蔓延していた。

血の臭い。

いつも嗅いでいる臭いでも、場所が違えば感じ方も変わると言うものだ。

通路を走っていると、軍人とぶつかった。

「うわっ」

「おっ」

どちらも寸前のところで避け、ぶつかりはしなかったが、軍人はじっとこちらを見ている。

しばらくすると覚悟を決めたようにこちらに銃を向けた。

「なに!?」

そのまま無言で引き金を引く。

何発もの弾丸が真っ直ぐ、こちらに向かってくる。

その瞬間、世界が静止する。

弾丸は止まり、宙にその姿をとどめていた。

「これは一体……」

よく見ると、弾丸はゆっくりと進んでいる。

俺は弾丸の進路を避けた。

その瞬間、世界が動き出した。

「何だと!?」

軍人は信じられないような顔をしている。

「いきなり撃ってるんじゃねえよ!」

俺は軍人の顔面を思いきり殴る。

軍人はごきっという音と共に飛んでいった。

「これは一体なんだ? これは明らかに……」

異常だ。

まるでイギナになったかのようだった。

だが、すぐにはっとなる。

今ので軍人が集まってくるかもしれない。

すぐに逃げなければ、囲まれる。

先程は避けることができたが次も避けられるとは限らない。

俺はその場から駆け出していた。

いつもより早く走れているような、そんな感じがどこか消えなかった。


 * * * * *


地下鉄へたどり着くと軍の包囲網が敷かれていた。

「くそっ! 軍の目的は何なんだ!!」

EXITISが攻めてきたとかそんな話ではなく、まるで軍が掃討作戦をしているかのような感じだ。

どれだけ考えても、軍が地下都市にいる人間を掃討する理由が思い浮かばなかった。

「ここで何をしている!!」

「……!!」

不意に後ろから声をかけられる。

そこには軍人がいた。

「トウヨウニホン地区の人間だな。」

「だったらなんだっていうんだ。」

「ここで死んでもらう!!」

その一言で隠れていた軍人が出てきた。

壁に追い詰められた俺は逃げ場を失い、囲まれてしまった。

「くそっ……」

「恨まないでくれ。これも任務なんだ。」

「だったら目的を聞かせろ。」

「それを知る権利はお前にない。」

その言葉で、軍人が一斉に銃を放つ。

やられる!

そう思った瞬間、また世界が静止する。

体感で、15分。だが、現実では1秒にも満たない時間。

俺はすべての弾丸を避けきった。

「なんだと!」

「はぁ……はぁ……」

動悸が激しい。

どうやら想像以上に体力を使ったようだ。

「くそっ! こいつ、イギナか! 一斉掃射、放て!!」

今度はバラバラではなく全員が同時に放った。

逃げ道がなかった。

もう終わりだと思った瞬間、目の前に降りてきた一人の少女。

その少女は深紅の目をしていた。

「……!!」

彼女は腰にさした刀を鞘から抜く。

淡い虹色の光を放つその刀は飛んでいる弾丸をすべて切り払った。

「赤き閃光だと!!」

上官らしき軍人のその一言で、軍人全員がざわつく。

「赤き……閃光……」

その名は聞いたことがあった。

EXITISの白い軍服が真紅に染まるほど軍人を斬り、その速さから閃光に例えられたEXITIS最強のイギナ。

その本人が俺の目の前にいて俺のことをかばったのだ。

簡単には信じられなかった。

「……!!」

彼女は地面を強く蹴り、軍人に飛んでいく。

一人、また一人と軍人はどんどん少なくなっていく。

「くそっ!」

「……」

彼女はためらいもなく、刀を振り下ろし続ける。

数秒満たないうちにあたりは静かになった。

「大丈夫?」

「ああ。すまない、助かった。」

「いい。それよりあなた……・」

彼女はこちらをしっかりと見つめる。

その眼は深紅ではなく、普通の黒い瞳だった。

「イギナでしょ。」

「俺はイギナじゃない。イギナミラ症候群には罹ったことないんだ。」

「でも、さっき……・」

やはり見られていたか。

「自分でもわからないんだ。銃で撃たれそうになった経験はないからな。」

冗談っぽく言ったつもりだが、彼女はクスリともしなかった。

「だけど、一緒に来てもらう。どのみちここにいても軍にまた襲われる。」

「軍の目的は一体、なんなんだ?」

「後で話す。今はここを出ることを考えて。」

「出るって言ったって地下鉄はすでに軍に抑えられてるんだぞ。どっから出るっていうんだ。」

「ついてきて。」

彼女はそういうと、軽く走り出した。

その軽くでさえ、常人のスピードを超える。

俺は遅れないようについていく。

だが、距離は狭まるどころか開いていくだけだった。

「……。止まって。」

彼女は壁に張り付き、物陰から様子をうかがっているようだ。

彼女の隣に立つと、俺は耳を研ぎ澄ます。

すると、軍人の会話が聞こえてきた。

「あとどのくらいだ?」

「市街地の方は8割がた終わったらしい。あとは住居内にいる住民をやるだけだ。」

俺は集中を解くと、彼女に向き直る。

「何か聞こえた?」

彼女はわかりきっているかのような、そんな声で尋ねてきた。

「8割がた終わって、あとは住居内の住民のみ……だとさ。」

「他には?」

「聞き取れたのはそれだけだ。」

「わかった。」

彼女はここにいるように俺に言うと、通路にいる軍人に向かって走っていった。

銃声が聞こえたが、それも一瞬。

すぐに彼女は戻ってきて、「もう大丈夫」とだけ言った。

通路に出ると、先ほどの軍人だろうか、壁にもたれかかるように事切れていた。

俺はその軍人に近づくと、ホルスターを探す。

「なにしてるの?」

「武器をな。さすがに何もないんじゃ、いざというときに対応できない。」

案の定、腰に拳銃があった。

それを手に取ると、俺はセーフティロックを見る。

軍の銃には登録者のみしか使えないようなロックがかかっていることがある。

もし相手に奪われたとき使われないようにするためだが、それが導入されたのはごく最近のことで、まだそれが備わっていない銃の方が多い。

この拳銃もそのタイプだった。

少し型は古いが、使えないこともない。

よく見ると使い込んだ跡があり、この軍人がこの銃をどれだけ大切にしていたかが伝わってくるようだった。

「すまないが、これをもらっていくぞ。」

聞こえも、答えもしない相手にそうつぶやくと、俺は立ち上がる。

そして、彼女の方に向き直ると、彼女は「行こう」とまた走り出した。


 * * * * *


「現状を報告しろ!」

軍の本部。

日本刀を携えた青年がそう叫ぶと、すぐに軍人が来た。

「報告します! 現在、作戦の8割が完了!」

「被害は?」

「EXITISによって一個小隊が壊滅! ほかにも通信が途絶えた小隊がいくつも……」

「もういい。」

青年は刀を抜き、報告をした軍人を切り捨てる。

ざわつきが起こったが、青年が睨むとすぐに収まった。

「俺が出る。赤き閃光といえど、イギナであることに変わりはない。」

青年はそういうと、笑みを浮かべた。

面白いおもちゃを見つけた子供のような無邪気な笑顔とは程遠い、畏怖すら覚える笑みだった。


 * * * * *


「……!!」

突然、彼女が後ろに飛ぶ。

「一体、どうしたんだ?」

彼女にそう問いかけても、彼女はまっすぐ前を睨んだままだった。

その視線の先には、一人の青年が立っていた。

「貴様が“赤き閃光”だな。」

「……」

彼女は刀を抜き、戦闘態勢を整える。

「隠れていて。」

そういう彼女の目は黒から深紅へと変わっていた。

既に戦闘態勢のようだった。

「……わかった。」

戦いに関しては素人だ。

素直に彼女の言葉に従った方がいいだろう。

俺はすぐわきの通路にある壁に隠れ、様子をうかがった。

「初めまして、というべきかな。」

青年はそう言いながら刀を抜く。

淡い虹色の光が、刀から放たれる。

「……その刀は……!」

「さて、始めようか。赤き閃光。」

そういうと青年の目は橙色に変化する。

「……!!」

彼女は驚いたような顔をした。

しかし、青年はそれに構わず地面をけり、彼女へと飛ぶ。

「はぁっ!」

「くっ!」

キンと刀同士がぶつかる音が響き、激しいつば競り合いが起きる。

その状態が長く続くように思えたが、だんだん彼女の方が押されていた。

「くっ!」

彼女が刀を払い、青年と距離をとる。

「はぁっ!」

間髪入れずに、彼女は青年に斬りかかる。

だが、青年はそれを難なく避けると、憐れんだような顔を浮かべた。

「おいおい、赤き閃光と呼ばれたお前がこの程度か?」

「はあっ!!」

彼女は青年がしゃべっていることなど聞いてもいないように斬りかかる。

その斬撃は素早く、普通の人間は避けることができない。

それほど速い斬撃を青年は刀で払う。

その顔には余裕の表情が浮かんでいた。

彼は強い。

そう直感的に感じることのできる、そんな強さだった。

「こちらからも行くぞ!」

青年は彼女に対して斬りかかる。

彼女も青年に対して斬りかかる。

払っては斬りかかり、払われては払いの繰り返しが高速で行われている。

キンという音が一回聞こえるたびに彼女たちはそれを4回繰り返していた。

それほど速い動きをしていながらも、勢いが衰える様子はない。

しかし、どんどん彼女の方が青年に押されてきているようだった。

「くっ!」

「はぁっ!」

青年が彼女の刀を強く払う。

彼女は一瞬、0.5秒にも満たない時間、無防備になった。

その一瞬の隙でさえ彼女たちにとっては致命的だ。

青年は刀を振り下ろすところだった。

やばい!

そう思ったときには手が自然と動いていた。

バンという音が手元から響く。

鉛の塊はまっすぐ、青年の刀へと向かっていった。

「っ!!」

キンという音がしたときには刀は青年の手から離れていた。

「はあっ!!」

その隙を彼女は見逃さなかった。

態勢を整え、刀を振り下ろす。

その直後、鮮血が滴り落ちる。

「ぐっ!」

どうやら直撃する既の所で回避したらしい。

だが、完全には避けることができず、軍服の袖に真っ赤なシミを作っていた。

青年はこちらを睨むと、足元に落ちている刀を拾い上げ、こちらへ跳んできた。

しまったと思ったときにはすでに目の前にいた。

「はあっ!」

青年が刀を振り下ろす。

俺はその刀を間一髪のところで銃で受け止める。

すこしでも、力を緩めれば俺の顔に刃が当たる、そんなところでの攻防だった。

「……! お前は……!!」

青年は俺の顔を見て驚いた表情をした。

だが、次の瞬間には彼女の気配を感じ取ったのか俺から離れた。

その直後に彼女が、青年がいた場所に刀を振り下ろしながら飛んできた。

「大丈夫?」

「ああ。だが……」

俺は青年の方を見る。

青年は笑っていた。

「そうか……そうか……」

「一体、何がおかしい!」

「いや、何でもないさ。」

青年は刀を鞘に納める。

「今日のところはこれで退いてやる。いずれ、また会う運命だ。」

青年はそういい残し、立ち去った。

堂々と歩きながら。

俺はその様子を見ていることしかできなかった。

なぜかどこかで会ったことのあるような懐かしい感じがしたからだ。

もちろん、そんなわけがないのだが、どういうわけかその感覚が消えなかった。

「助けてくれてありがとう。」

そんなことを考えていると彼女から礼を言われた。

「何、さっき助けてもらった礼だ。」

「そう。でも、銃を使ったことあるの?」

「いや、ないが……。」

「そう。」

彼女は少し考えるようなしぐさをした。

何を考えているかはわからなかったが、すぐに俺に向きなおった様子を見ると、それほど深く考えることではなかったようだ。

「行こう。出口までもう少し。」

「わかった。」

その返事を聞くと、彼女はまた走り出した。

先ほどの戦闘を感じさせない、素早い動きだった。


 * * * * *


たどり着いたのは厳重な扉の前だった。

「ここが出口なのか?」

「そう。」

彼女は扉の横にある操作パネルといじっている。

どうやら、扉の開け方を知っているようだ。

彼女がパネルの操作を終えると、重々しい音を立てながら扉がゆっくりと開く。

扉の向こうはエレベーターになっていた。

「これで地上まで上がるのか?」

「そう。早く中に。」

彼女にせかされ、エレベーターの中へ入る。

工事現場にある昇降機のようなエレベーターは金網だけで、他には何もなかった。

彼女が乗り、ボタンを押すと扉が閉まりエレベーターが動き始める。

ウォンというモーターが動き始める音がやけに大きく感じた。

ゆっくりとエレベーターは地上へ向かって登っていく。

地上まで300mという距離を昇っていくエレベーターだ。

地上につくまで時間がかかるだろう。

俺はゆっくり座った。

その瞬間にどっと疲労が押し寄せてきた。

自分でも気づかないうちに体力を消耗していたようだ。

「大丈夫?」

彼女がそう問いかけて来る。

「ああ。すこし疲れたみたいだ。」

「まだ時間がかかる。少し休むといい。」

「そうさせてもらうよ。」

ゆっくりと動くエレベーターの中で、少し休む。

エレベーターの中は無言だった。

「なぁ。」

「何?」

「名前、なんていうんだ?」

彼女に助けてもらってから俺は一度も名前を聞いていない。

名前くらいは聞いておきたかった。

「如月 由紀。あなたは?」

「俺は桔梗 怜二っていうんだ。」

「怜二ね。」

それきり会話は続かなかった。

エレベーターの中にモーターが動いている音だけが響く。

ゆっくりと地上の出口に近づいてきた。

チンというベルがなると扉が開く。

目の前一杯に青い空が広がっていた。


 * * * * *


地下に乾いた笑いが響く。

腕から血を流しているが、その傷はすでに治りかかっていた。

ゆっくりと、堂々と歩く様がどこか不気味だった。

死をまとっているような、けれどなにもないような。

ありそうでない。なさそうで、ある。

ただ、彼は笑っているだけだった。


 * * * * *


放射線汚染があれど、地上は自然が豊かだった。

風が吹き抜け、雲が浮かぶその景色は十八年前に人類が失った景色だ。

「行こう。この先にEXITISの本部がある。」

由紀はゆっくりと、歩き出す。

逃げ切れたんだなと、ようやく実感できた。

息苦しい淀んだ空気ではない、空気を吸い込む。

本来ならばやってはいけないのだが、無性にやりたい気分になった。

昔から空に憧れていた。

地下は見上げてもあるのはセラミックの天井があるだけだった。

どこでも、いつ見ても同じ景色しか見えない。

もう一度、見上げると雲が先程と変わっていた。

楽しいと無邪気に思えた。

ふと前を見ると由紀と距離が離れてしまっていた。

俺は慌てて由紀の後を追う。

柔らかい土の感触が妙に心地がよかった。

少し丘を上ったところ。

前を見ると、遠くに大きな建物があった。

あれがEXITISの本部か。

見た目はどこかの研究所のようだ。

だが、規模が違いすぎた。

近づけば近づくほど、その姿は大きくなっていく。

門の前に着いた時には、見上げるほどの大きさになっていた。

まるで一流の病院のようなその外見は白いその壁を輝かせていた。

「すごいな。」

「入って。」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ。俺はEXITISに入るつもりはないぞ。」

「それも後、先に中に入って。」

「一体、何をするんだ?」

「検査。」

「検査だぁ?」

「そう。あなたがイギナかそうじゃないのか。調べる必要がある。」

「俺はイギナじゃないって何度言えばわかるんだ。」

「それを証明するだけ。」

そういうと、由紀は門を開ける。

「あなたがイギナかイギナじゃないか。それを知るだけ。」

彼女は門の向こうで俺の目をまっすぐに見つめる。

ただそれだけなのに、つよい力がこもっていた。

「……ったく、わかったよ。それだけだからな。」

俺は門をくぐる。

そこにはのどかな花畑が広がっていた。

「行こう。」

由紀は俺の隣に立つと、俺の顔を見てそういった。

「ああ。」

ゆっくりと歩き出す。

このどれもが放射線を帯びているとはいったい、だれが思うのだろうか。

目に見えない脅威は人を地下に閉じ込めた。

それに拍車をかけるように建造されたゼウスの雷。

空を見上げればぽつんと見える大きな銃口。

一体、誰が、どこで、何を、間違えたのだろう。

その答えが出ることはない。

気が付くと、すでに入口まで来ていた。

中に入ると、白い軍服を着たイギナが忙しそうに動いていた。

「こっち。二階の一番奥。」

由紀の先導に従い、ついていく。

階段を上り、一番奥まで行くまでに何人かにこちらを凝視された。

どうやら、外部の人間がいるのが珍しいらしい。

そのせいで妙に疲れてしまった。

一番奥の部屋には検査室という看板があった。

由紀がノックをする。

「どうぞ。」

その声で由紀が扉を開けて入っていく。

俺も後に続いて入るが、その部屋はまさに病院だった。

「おお、由紀じゃないか。今日は一体どうしたんだ?」

医者のような人物がそう問いかける。

「彼の検査をしてほしい。」

「そっちの?」

じろじろと見られる。

まるで値踏みをしているようだ。

「簡単な血液検査だ。心配することはない。こっちにきてくれ。」

呼ばれていった先は腕を置く台座があり、ゴムチューブとからの注射器が置いてあった。

「利き手は?」

「右だ。」

「じゃあ左手出して。」

俺が左手をだすと、医者は袖をまくる。

その後、ゴムチューブで腕を縛る。

慣れた手つきで、注射器を準備する。

「それじゃあ、行くよ。」

俺がうなずくと、医者は注射器を指す。

かすかな痛みを感じたが、それもすぐになくなった。

「はい、おしまい。少し待っててくれれば結果が出るから。」

医者は血液を試験管のような容器に入れながらそう言った。

別段やることもなかったので、俺はその場で結果を待つ。

5分が立ったところだろうか、医者が一枚の紙を持ってきた。

「はい。これ結果。」

そこには赤血球がどうとか白血球がどうとか普通の血液検査の結果が書かれていて、その一番下の行に“血中マテリア数”と書かれていた。

「血中マテリア数?」

「初めて聞くでしょ。そのマテリアと呼ばれる物質がイギナにはあるんだ。君の値は……10000だね。普通のイギナの倍以上ある。」

「は……?」

「つまりね……」

医者は少しためて言う。

その言葉には妙に重々しい雰囲気が感じられた。

「君はイギナなんだよ。」

その言葉が妙に反芻して聞こえた。

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