8.はじめての旅路
「ホタル、あれ見てあれ。にぎやかな鳥さんだね!」
興奮気味に叫ぶミィの指差す先には大きな極彩色の鳥が空を飛んでいた。
私が同じ意見であるとミィに伝えると、ミィの笑顔が輝く。
馬に引かれてカタカタと揺れながらゆっくりと進む乗り物――馬車にミィとエリザベータと私が乗っており、外には馬に跨ったワーズをはじめとした護衛の兵士たちが馬車を護るように囲って歩いていた。
私たちは今、ミィの実家――王城のある王都シアータへ向かっている。
ホティタに3か月の滞在を終えたミィとエリザベータが王都へと戻るのである。
一応エリザベータとワーズについてくるかと聞かれたが、私はもちろんミィにどこまでもついていくつもりであり、その事をミィにから伝えてもらおうとすれば、ミィは上機嫌でワーズとエリザベータに「ホタルとぼくはずっといっしょなんだからね!」と宣言していたのはいい思い出だろう。
のんびりと馬車に揺られ、時折ミィが何かを発見するとエリザベータがそれを見て微笑み、私もはじめて見るそれらのものに少し興奮してミィへと話しかける。
そんな穏やかでゆっくりとした旅路は、ワーズの硬い声によって中断する事になったのだ。
「殿下、エリザベータ様。窓を閉めて私がいいと言うまでここから出ないようにしてください」
緊張した面持ちでワーズがそう言うとエリザベータとミィは頷き、左右の窓を閉めて鍵をかけ、扉の方についていた鍵もしっかりとかけた。
それを待っていたかのように、馬車の外ではドーンという爆発音が聞こえ、ワーズや護衛の兵士たちではない男たちが雄叫びをあげて襲いかかってきている。
ワーズたちも剣や槍を掲げて叫び、襲いかかってくるその男たちと戦いはじめた。
…これはつまり、盗賊に襲われている…というものであろうか。
たしか、人間を人間が襲ってその資産を奪い、時に殺し合う。盗賊とはそう言った者たちだったはずだ。
なるほど。なんか馬車の進行方向に武器を持った男たちがウロウロしているなぁと思ったら、そういう事だったのか。
人間の行動は奥が深いなぁと思っていると、その先に無視できないモノを見つけた。
盗賊の大半は兵士たちと剣を交えていたが、その向こうに火のついた矢を構える盗賊が3人。
狙いはこの馬車のようである。
盗賊たちの狙いに気付いて私は焦る。
≪ミィ、エリザベータに抱きついてくれ≫
不安そうにエリザベータと手を取り合っていたミィは、私の言葉に首を傾げた。
盗賊たちの弓は限界までひかれ、狙いを外さないようにしっかりとこちらを見据えている。
≪早く! 抱きついてくれないと守れる自信がない!≫
私が焦っている事に気付いたミィは頷くと一度エリザベータの手を放すと、椅子の上に膝をついてエリザベータの頭を抱え込むような体勢をとった。
ミィのその行動に不安をひっこめて不思議そうな顔になるエリザベータ。
ミィとエリザベータを守るのだと強く想うと、体の奥から力が湧いてくるような感覚があった。
今まで感じた事のないソレであったが、使い方は何故かわかる。
――大丈夫。ミィもエリザベータも守れる!
火の矢が放たれ、ワーズたちがそれに気付くもそれは遅く、カンカンカンという音と共にその矢は馬車へと刺さった。そして瞬く間に火が馬車を包み込む。
その火に焼かれ馬車を引く馬たちの手綱が焼け切れ、馬たちは驚いて逃げたところを奥で火矢を放った3人の盗賊に捕まえられていた。
「ホタル、ははうえ!」
「ミーリィリアル!」
ミィとエリザベータはお互いの名前を呼びあい、抱き合う手に力をこめた。
ぱちぱちと馬車の燃える音と一緒に、馬車の中へとそのにおいと煙が漂い始めたのだ。
それらの様子は見えているが、今は集中しなくてはならない。
心を静かに、湧き上がる力を紡ぎより合わせ、自分の望む形へと作り上げて、外へと放つ。
少し抵抗される感触があった事で、火は魔法によって着けられたモノだとわかる。
しかし、そんな抵抗は力を込めれば、あっという間に砕けて消える。
ジュウっという火の消える音が聞こえ、におい残っているが煙は焦げた隙間から外へと逃げていく。
とりあえずの危機――ミィとエリザベータが丸焼きにされる事は防げたようである。
心の中でホッと息を吐く。
「ホタルはお外が見えてるの?」
エリザベータをギュッと抱きしめていたミィが、体勢はそのままで私に聞いてきた。
二人は焼け焦げた部分のある――しかしそれ以上は燃える様子のない馬車の中を不思議そうにきょろきょろと見回していた。
≪その通りだ。広くはないが、一定範囲内であるならば“視えている”≫
「けむりを…、火を消してくれたのもホタル?」
≪その通りだ。火矢には魔法がかかけられていた。消すのに少し時間がかかってしまった≫
ミィは私の言葉に目を丸くし、すぐにそれをエリザベータへと告げた。
二人は私を見て、感謝を伝えてくる。
私にとって二人を守ることは当たり前の事であったが、二人の感謝に悪い気はしない。
≪…ミィ、外もそろそろ片付いたようだ≫
悪い気はしなかったがどう反応していいかわからなかった私は、外のワーズたちの様子に気付いたのでそう言った。話をずらそうとか、そんな事は考えていない。偶然だ。
それを告げた瞬間、コンコンというノックする音と共に「殿下、エリザベータ様、もう開けても大丈夫です」と言うワーズの声が聞こえた。
盗賊たちは全員縄で縛られ、盗賊に奪われかけた馬たちも取り戻せたようで、御者をしていた兵士が荷物の中から新しい縄を取り出して馬車と馬をつなぎ直していた。
扉を開けるとそこにワーズが居て、安心したのかミィはワーズへと跳び付き、ワーズを含めた兵士たちの無事を喜んでいた。
それを微笑ましげに見ていたエリザベータも、その目の端にうっすらと涙が浮かんでいたのは気のせいではないだろう。
そして私は、今回の事でひとつ学んだのだ。
野生の獣ではなくても、武器を持った人間がうろうろしていたら、気をつけねばならない! と。