5.生態と性質
説明回です。
ウィルオウィスプ――通称ウィスプ。
地面から浮いており、丸い形をした光る…しかし触れないモンスター。
魔力を持った人が死に無念からモンスターと化したのか、亡霊が長い間魔力を浴びてモンスターになったのか、はたまた人とは全く関係なく魔素から自然発生したのか。神による使徒という説もある。
そんな、研究者の数だけ発生理由の説があると言われている不思議なモンスターであるウィスプだが、わからない事も多いが、わかっている事もそれなりにあるのである。
たとえば攻撃。
攻撃手段は基本的に魔法一択。
……稀に物理攻撃を使うウィスプも存在するらしいが、その記録が少ない為に本当か嘘かわかっていない。
ウィスプには物理的な攻撃は効かず、魔法攻撃も基本的に全て吸収し、その吸収した魔法攻撃の持つ魔力をウィスプ自身の体力や魔力を回復させる手段としてしまう。
しかし、そんな無敵に思えるウィスプにも実は弱点属性がひとつだけあり、その属性を持った何かしら――魔法でも物理的な手段でも――で攻撃されるとあっさりと消滅する。
たとえばその生息域や行動パターン。
強力なモンスターが多く人が踏み込めないような物語の中でしか確認されていない世界の果てや、未発見未発掘の古代遺跡。稀に神殿や深い森の奥等にも生息している。が、人が生活している区域にはまず見かけない。
人(二足歩行で言語を有する種族全て)を発見次第、殲滅行動へ移る。
しかし、人以外への攻撃はせず、むしろ人によって傷ついたモンスターや野生の獣等の傷を回復魔法で癒していたという報告も少なくない数ある。
その為、ウィスプは何かを守っていてソレを害する、もしくは奪取できる存在である人を敵と認識して行動しているのではないか。もしくは魔神の遣いで人を狩り、その魂を捧げて魔神の復活を目指して活動しているのではないか。
……まあ、それも諸説あるのだが、とにかく「何かしら目的があって行動し人を害している」というのが今の研究家たちの結論である。
なので、見かけたら攻撃される前に逃げるか、速やかに魔法攻撃を片っ端から叩き込んで弱点属性を発見し消滅させなければ危険なのだそうだ。
危険なのだそうだが、
≪ワーズは手で追い払おうとしていなかったか?≫
私がミィにそう言うと、ミィも「そうだね」と頷き、ワーズを見る。
ワーズはそれで何を言われるのかわかったらしく苦い顔をして言った。
「殿下に攻撃を当てる訳にはいきませんでしたし、属性武器も持っていませんでしたからな。効果がないのはわかっていても、それでもなんとか追い払わねば…と手が出てしまいました」
まあ、普通はそうだろうな。私もそういう危険なモンスターがいると知っていて、大切な子供がその近くにいると知ったら同じことをしたと思う。
だから納得できたし、ミィの護衛としてワーズを認めていたのだが、ミィは違う感想を持ったようだ。
「だめだよワーズ! オバケさんはぼくのたいせつなおともだちなんだから!」
怒ったように頬を膨らませてワーズを見て「めっ」と言うミィは、今日もかわいい。
出来るならばそのふくらませた頬をつんつんとつつきたい。
……私に手がないのが悔やまれる。
それは置いといて、ワーズはミィを護る事が今の仕事であり、私を警戒したそれは責められるべきものではないのだ。
だから私はミィに言う。
≪ミィ。君を護ろうとしての行動だったのだから、ワーズを責めてはいけないよ≫
その言葉に、ミィは私を見て、それから困った顔をしたワーズを見た。
膨れた頬が少し萎んで、眉毛が困ったように少しだけ寄る。
ミィは頭がとてもいい。今の私の言葉の意味もわかったのだと思う。
それでも彼はまだ子供で、だからこそ感情を理性で止める事がなかなかできないのだろう。
うーんと頭をひねりながら小さな腕を組んで、首を左右に振って、それからミィはワーズをもう一度見上げる。
「ワーズがぼくのためにうごいてくれているのは知っている。とてもかんしゃしているんだ!」
だからと、何かと葛藤するように口を噤んで黙り込んでしまったミィに、ワーズもエリザベータも……その後ろに控えていた使用人たちも少し驚いた顔になり、そしてやさしい顔になった。
ミィが何と葛藤しているのかがわかったのだろう。
「ミーリィリアルが優しい子に育ってくれて、私はとても嬉しいわ」
「……そのようなお言葉をくださるとは、私は幸せ者です。ありがとうございます殿下」
微笑ましいような、喜ばしいような、そんな声でエリザベータがミィの頭をやさしくなでる。
感動して言葉も出ないというような顔と震える声で頭を垂れる護衛の騎士――ワーズ。
ミィも、ミィを取り巻く大人たちも、とても優しく丁寧でやさしい。
ミィと出会ってすでに数日経っていたが、その感想がくつがえる事なく、むしろ良い方へと進化していた。
☆ ☆ ☆
そんなワーズとエリザベータによる「ウィルオウィスプについての勉強会」だったのだが、内容の半分はすでに出会ったその日にワーズから聞いていたので、メインは残り半分の私の攻撃手段や弱点についてだろう。
ミィの側から離れない――離れるつもりもないけどね!――いざという時の為に私への対抗策をミィに教え、そして私にはミィを本当に害さないのか試す意味とミィを害しようとすれば排除する用意はあるのだという牽制を兼ねたものだったんじゃないかな、と思う。
なぜならば、ほぼ無敵なのは理解したが今後の為にも弱点属性を知りたいと思った私がミィを通じて「ミィから離れるから属性攻撃魔法を片っ端から私に放ってくれないか?」と告げた時、エリザベータが困った顔になったのだ。
何でも、ウィスプはほぼ無敵に思えるが体力が著しく少なくて一番弱い魔法であってもかすっただけで消滅する可能性があるのだとかなんとか。
たしかにそれでは試せない。消滅してしまってはミィを護れない。それは困る。私はミィの成長を見守りたいのだ。
そして、だからこそ、その勉強会が私を試した上での牽制だと気付いた訳だ。
「ウィスプさんは普通のウィスプさんと違うようですから、全てが当てはまるという訳でもないと思うのですけれど……ウィスプと遭遇した者は全滅するか、1人か2人くらいがやっと生き残れるかのどちらかなので、情報自体がとても少ないのです。」
エリザベータが困った顔のまま続ける。
「遭遇した者を殲滅させるという性質から、今まで調教を成功させた者はいないという事もあって、ウィルオウィスプに知識や知恵があるのか、その行動の根幹にあるものは何なのか、誰も知らないのです」
調教とはモンスターや獣を手なづける為の――魔物使い独自の技術の総称である。
その調教の手法は魔物使いの家系それぞれで違うらしく公式には秘匿されているそうだ。
≪…という事は、ミィはウィルオウィスプの調教の初成功例って事になるのか≫
私が思わずそう洩らすと、ミィが不思議そうに私とエリザベータを見比べた。
「ぼくはおばけさんをテイムしたの?」
「……そうなりますね」
エリザベータが私を見、そして少しだけ首を傾げて続ける。
その姿や雰囲気はやはり母親なのだろう。ミィにそっくりである。
「普通のウィルオウィスプとは違うようですから、もしかしたら違う種類のモンスターかもしれませんけれど……、そういえば私の可愛いミーリィリアル」
「なんですか、ははうえ?」
「ウィスプさんのお名前は何と言うのですか?」
エリザベータの質問にミィは私を見、私もミィに意識を向けた。
そういえば名乗っていなかった――その前にそもそも名前がない事に気付いた。
私は私としての意識があるが、うん。たぶんない。私に名前はない。
「オバケさんのお名前は、なんていうの?」
だからミィのその問いかけに答える事ができず、ついそっけなく「ない」の一言で済ませてしまった。
もしかしなくても名前がない事がショックだったのだろうか、私は。
ミィは私のそっけなさに気付くことはなく、そのまま目と口を大きく開いて私を見ていた。
なので私は言葉を繰り返して、それから少しだけ付け足した。
≪ない。呼び方に迷うのであれば今まで通り、オバケさん、で良い。≫
しばらくミィはそのままの状態で私を見ていたが、何かを良い事を思いついたように顔を輝かせる。
そしてひらいた口から出た言葉に、私もちょっとだけ驚いた。
「ないなら、おばけさんのお名前、ぼくがつけてあげるね!」
にこにこと笑顔でミィはそう言う。
名前をミィにつけてもらう。それはとても魅力的な言葉で、それはとても良い事に思えた。
胸……はないが、なんとなくここが胸なんじゃないかなっていう部分がポカポカと暖かい。
しかしこれをこのままミィに告げるのは少し恥ずかしい気がした。
≪ミィが望んだ名前なら、それはとても良い名前になるだろう≫
照れ隠しに告げた言葉だが、私自身にもちょっと意味がわからない。
私にわからないのだから、ミィにもわからないのではないかと思った――実際、ミィも笑顔の中にクエッションマークをいくつか浮かべていた――が、とにかく私の名前をミィがつける事を了承した事は理解したらしく、私が了承した事が嬉しいのか、こぼれそうなくらいに嬉しそうににこにこしている。
この数日後、私はミィから一生の宝物をもらうのである。
ワーズの話し方が定まらず、予定よりしゃべらせてあげられなかった今回。
というか、説明会になってしまった orz