3.オバケの正体
「殿下! ご無事でしたか!」
大きな声に少年が振り返るとそこには大きな熊……ではなく、服の上からわかるくらいの筋肉質を持った大きな人間だった。髭がもじゃもじゃしていて怖い顔なのに、その目は情けないくらいに下がっている上に涙目だ。
そんな大きな人間に少年は駆け寄る。
「…ワーズ!」
「どこか怪我はしていませんか? 大丈夫ですか?」
なるほど、この大きな人間はワーズというのか。
ワーズは駆け寄る少年を受け止めると、そのまま少年と視線を合わせるためにかがみこんだ。
そして少年の肩の上辺りで浮いている私に気付き、声をあげた。
「…小さいがこれはウィスプ!? 殿下に何を……いや、そもそもなんでこんな所にウィスプがいるんだ!? 殿下から離れろこの亡霊め!」
ワーズは警戒と驚きの混ざった声を上げ私を見ると、少年の肩の上にいる私を手で追い払おうとする。
当然といえば当然なのだが、さっき少年が私に触ろうとしても触れなかったのだ。それと同じでワーズも私に触る事はできないようで、空振りに終わる。
「ワーズ? だいじょうぶだよ。おばけさんはぼくをたすけてくれたの」
少年はそんなワーズの様子に慌ててワーズの手をとり、そう訴える。
ワーズは少年に手をとられてもなお私を追い払おうとしたが、少年が懸命に大丈夫と訴える事と、あとどうやっても少年の肩の上にいる私を追い払えない事に気付いたのもあって、しぶしぶとわかりましたと頷いていた。
☆ ☆ ☆
私と少年がどうやって森を抜けたかと言えば、実は簡単である。
仕組みや理屈はよくわからないが、少年と私が言葉を交わせるようになり、少年に何ができるのかを聞かれた私は素直に答え、それを聞いて少し考えた少年の出した案を受け入れたのである。
つまりどういう事かというと、
「オバケさんが木の上まで登ってくれて、そこから街のある方角を教えてもらったんだ!」
オバケさんすごいよね!と少年がえへへと笑うと、ワーズはそんな馬鹿なとか何とか呟きながら青ざめた顔で私を見た。
私は変わらず、少年の肩の上で小さく光り、浮いている。
そう、私は浮けるのだ。その範囲に限りはないようで、浮こうと思えばどこまでも昇っていけるらしく――少年に聞かれるまで空を登ろうとか考えていなかったから気付かなかったのだが、おかげで街の方角がわかり、幸いにも野獣と出くわす事もなく、無事に街へとたどり着けたのだ。
「ワーズ、どうしたの? さむいの? オバケさんにあたためてもらう?」
少年は青ざめた顔で何かをつぶやくワーズを心配そうに覗き込み、そして思いついたように提案する。
オバケさんにあたためてもらう?という言葉にワーズはギョッとしたようで、慌てて少年に答えた。
「いえ! 大丈夫です。少し…、そう、少し驚いたのです」
「びっくりしたの? どうして?」
ワーズの答えに少年が首を傾げる。
ワーズは私をチラッと見てから、息を大きく吸ってから吐き出した。
「殿下のその肩に乗っているその光の玉の事です」
「オバケさんのこと?」
こほんと咳をひとつして歩みを止め、少年と視線を合わせてその場にワーズは屈みこむ。
少年は不思議そうにワーズを見ている。
「その光の玉は亡霊……ウィルオウィスプと呼ばれる魔物の一種であり、人を見れば攻撃を仕掛け殲滅し、その死体を食らう凶悪なモンスターなのです」
「オバケさんは、ぼくをたすけてくれたよ?」
「はい。ですから、不思議なのです。なぜこのウィスプは殿下を害する事をしないのか、そもそもウィスプは人の多い地域には出現しないはずなのですが…」
それも含めて驚いたのだとワーズは言う。
なるほどなるほど。普通は人里から離れた場所にしか出現しない…それも出会えば攻撃してくるはずのモンスターである私が少年を害するどころか助けたのだから、 そりゃ驚くなという方が無理である。
というか、私はウィルオウィスプという種類のモンスターだったのか。
生き物ではないと思っていたので、種族名があった事に驚いた。
「なら、オバケさんはいいオバケさんなんだね!」
首を傾げるワーズの前で少年はにこにこと嬉しそうに肩の上の私を見てそう言った。
私も少年を害するつもりはない……というよりむしろ少年を助けたいという気持ちが大きいので、少年のその認識は大歓迎である。
ワーズは首を傾げながら立ち上がり、そうですなと頷き――疑問は残っても少年を害する事がないならとりあえず置いておこうとでも思ったのかもしれない――少年の手を取って、再び歩きはじめた。
そして街の中でも特に立派で大きな屋敷の門の前に着き、門番らしき男にワーズがひとこと話しかける。
話しかけられた門番は少年を見て頷き、口を小さく動かした。
すると軋む音と同時に門が開き、その先にはスーツを着た紳士とメイド服を着た女性が十数人並んで立っていた。
少年とワーズが門の中へ一歩入るとその並んだ人たちが一斉に口をあける。
「「「おかえりなさいませ!」」」
ワーズは困ったような顔で、少年はにこにこと嬉しそうに、ただいま、と言い、そのまま玄関へ向かい、大きな屋敷の中へと入っていった。